*中谷さんの設定をお借りしました















以前、修道士様に聞かれたことがある。



「貴方は吸血鬼なんでしょう?」
「…そうですね?」
「何故私からは一度も吸わないんですか。」



その質問をされたとき、思わず本能がゴクリと喉を鳴らした。慌てて抑えつけて、何てこともないようにただ気分じゃないんですよとだけ告げた。
以前とは言ったが実は新しめな以前だったりする。そんな会話をしてからはどうも以前にも増して思慮が渦を巻いてることが増えた気がする。
しかし困ったことに人間だろうと吸血鬼だろうとどうしても本能には抗えないのだ。俺は少し怖くなった。



「…大分酷いですね、それ」
「扉の釘に引っ掛かってしまいましてね、見事に破れてしまいました」



それでもかなりストックがあるのか、困ったように軽く笑うだけだった。まあ役職上そうならないと可笑しいのだが。ということは今修道士様が着ているのは真新しい部類に入るものなのだろう。



「修道士様、それはもう捨てるんですか?」
「いえ、まだ十分着れます」



修道士様の指先に摘まれた金属がギラリと、俺に光の刃を向いた。綺麗な指先はそのまま糸を通して見せた。
俺は実際それをキチンと見た記憶は無いが、その名称だけは知っていた。



「…修道士様って裁縫出来るのですか」
「まあ、それなりにですがね。所詮男が見様見真似でやる程度です」



物は大切に使わなければならないですからと、さり気なく教訓を教えられた。
黒い糸が通された銀の針が布を抜けて、見えづらいながらも黒い螺旋が一本裂けた修道服に紡がれた。それからは修道士様の指先の上で針が螺旋を描いて、綻びが魔法のように消えていった。
人間からすれば当たり前のことなのだろうが、そうではない自分はその芸当にただ感心して凝視を続けていた。



「…『裁縫』を見るのは初めてですか」
「ええ。ほぼそうなりますね」



スルリと指先がその空間で止まった。どうかしたのかと顔を窺うと、不思議な色をした右目がじっと此方を見つめていた。一方的に凝視していたつもりが、そうではなかったようだ。



「…どうかしました?」
「…。」



何だろう、何だかこの状況、デジャヴなような気がする。嫌な汗が出てきて似たような記憶を漁って当てはめてみようと、人間と変わりのない頭を回転させる。一応回転させている間にも目は逸らさないでおく。逸らすと余計良くない、気がする。
あれ、でもない。これも、違う。あのときのでも、ない。じゃあ何時のだろう。何の時のことだったかな。
とあるシーンが脳裏を掠った。



「…」
「っあ!」



思い出すのを待ってくれていたかのタイミングで針が上下運動を始めて、皮膚に刺さるのを間一髪で止めた。(割と本気でやるから怖い)
確か前はナイフだったような記憶がある。



「修道士様…だから、前にも言ったでしょう?大丈夫ですから」
「…でも、最近何からも血を吸っていないではないですか」



罰悪そうにキュッと修道士様の右目が細められた。そのまま綺麗な指先から大人しく針を置く。何時の間にか修繕は終わっていた。チョキンと黒い糸が断たれた。
その指先がナイフで左腕を切ろうとしたときにも肝を冷やされたが、針でブッスリというのもなかなか気分が良いものではないのを俺は改めて知る。
好き好んで知りたくもない味だ。
俺は瀬戸際の問い掛けに出来るだけ理性的に淡々と答えた。



「確かにそうですけど」
「…吸血鬼の本能に反するのではないのですか」
「それもその通りですが」
「…私にはこれくらいのことしか貴方にしてあげられないんです」



伏せた瞳が片目が、哀しいと言った。



「本能を抑えつけるのは辛いでしょう、でも私にはそれを和らげることも共に背負うことも出来ないのですよ。」



修道士様が言った。哀しみと優しさを含んだ慈悲が、投げ掛けられた。
修道士様がとても優しくて馬鹿みたいに綺麗で慈悲深いのは、事前知識だった筈。なのにまさかそんなことを言われる日が来るとは思っていなかった。
この気持ちを、『その程度』にしか見られていないことに少し呆れた。



「……俺は人間じゃありません。でも、特別想っている人を傷付けてまで血が欲しいとは思ってませんよ」



本心だ。
確かに本能を放出せずに留めておくのは苦しい。本来出すべきものを出さずにいるわけなのだから。しかし、だ。そんな自分の薄汚い欲の為に修道士様が血を流すことはない。そんな義務は無い。
何時まで保つかは分からないが、せめて今は大切にさせてほしい。
不思議な色の右目が見開いた。



「……化け物といえど、貴方を傷付ける行為に伴うのは、罪悪だけです」
「………では、私は貴方に何が出来ますか」



浮かぶカラメルの瞳が、何時もと打って変わって弱々しく見つめ返してきた。



「…俺達はただの無力な生き物です。出来ることっていったら…それは少ない」



俺は、修道士様の小指に自分の小指を掛けた。そのまま、曲がらない第一関節は無視して第二関節を曲げて絡める。修道士様はポカンと絡まるそれらを見ていた。



「でも、俺はあんたとこうするだけで凄く幸せなんです、あんたは違いますか」
「……違いません」
「じゃあ約束してください。俺の為に血を流そうだなんて考えないって」



愛しい瞳がやけに揺れた。
それから、
片方だけが絡まった小指が幸せそうに繋がった。













綿詰めの繭に刃物を

中谷様へ捧ぐ相互文章
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