時々、ふと我に返ることがある。しかしその時にはもう事が終焉していて、正に咀嚼或いは飲み下している最中であることのが多い。偶にそれすら終焉していることもある。
今回は丁度咀嚼している途中だったみたいだ。口が止まる。が、特に何が可笑しいとかいう根本が分かっていないので停止に意味が伴うのかは分からない。



「ん、どうしたんだよ神童」



口が止まったのを不思議に思ったらしい。心配されてしまった。ゴクンと燕下してしまう。安心してくれ。停止してから沈黙を経て発狂する、なんてことは起きないから。こんなことを思い付くところを見ると、俺は冗談を言うのが得意ではないようだ。
霧野はまだ不可思議に首を傾げながらまた唇を押し付けられた。上手く反応出来なかったからか先程より格段にぎこちなく唇を開く。スルスルと、まあるい糖質が舌によって受け渡された。
あ、今度は味が違う。



「……これはあれだな、歯磨き粉味とかいう」
「違うって、それはハッカ。俺嫌いなのに当たったから」



なかなか理不尽な理由で口移しされた。人に自分の嫌いなものを食べさせるなよ。まだまだあどけないなあ、霧野。
コロコロカツカツと口内を転がるハッカとやらがヒヤリと感じて舌がおかしくなりかけてきた。
ああ、そうだ。



「なあ霧野」
「んー?」
「前々から思ってたんだが、『これ』ってちょっと可笑しくないか?」



カツンと、霧野のエナメルとメロン味の飴玉がぶつかる。霧野は回線が繋がらないぞとばかりに思考に頭を働かせた。



「あのな神童、出来るなら異常な点も明確にしてくれた方が嬉しいな」



要は引っ掛かる節が無いと言いたいわけか、そうか。何となく霧野の将来に靄が掛かってきた様が見えた。
誰かに騙されたりするなよと言うと、お前がなと歯を見せて陽気に笑われた。



「何が可笑しいって、そりゃこれだよ」
「これ?指示語じゃ分からん」



俺が唇を指でなぞって示してもピンとしてくれない。其処まで深く入り込んでいるのか。
感心していたら、がむしゃらに霧野が唇に唇を押し付けてきた。



「何、これが欲しいの?当たり?」
「…丁度いい。これってのは今霧野が俺にした奴だよ」
「ああー!…あ?何が可笑しいんだ?」



やっと議題に辿り着いたところで議論に入る。(霧野は何でもエンジンがかかるのが遅い)



「これはキスじゃないか」
「え、そうなの?」
「唇と唇を重ねるって定義で考えるとそうなるんだ」
「でも小さい頃からやってたじゃん。何も言われなかったろ」
「小さい頃っていうブランドがあったからだろ。」
「ふうん」
「まあそれはいいとして、キスってのは普通恋人とするものだろう?」



霧野がガリッと飴玉を砕いた。その表情を表すとしたら『へえ!太陽って地球よりデカかったんだね!?で、どれくらいデカいの?あれ、そもそも太陽って太陽系に入ってるの?太陽系なんだから入ってるに決まってる?そうなんだあ』みたいな。
やっぱり俺にはセンスが無いらしかった。もう足掻くのは止めにする。



「俺達男じゃないか」
「…その前に恋人同士じゃあないだろ」
「…じゃあこれ何だよ?」
「…口移し?」



斜め上をいった返しに思わずそんな解答を投げてよこした。が、どうしてか納得出来ない。確かに行為の形だけ見ていれば口移しと言われるのは一般的だ。しかしそこに感情的な話が加わってくると何だかすっきりしない。今度は俺達の胸に靄が掛かってきた。



「キスと口移しって何が違うんだ?」
「……、あれだ、相手が恋人かそうじゃないか」



霧野が胸部の服を粗雑に掻き毟って気分悪そうに吐き捨てた。



「そうだな」
「そうだろ」



俺も無性に胸が熱くなるまで掌を擦り付けていた。口では納得したような形だけの肯定を吐くくせに心臓はちっとも納得していないのだった。
摩擦熱に触れていると唇にメロン味が押し付けられていた。仕方ないと口を開いて受け入れて甘ったるい唾液を飲み込んだ。俺としてはブドウが良かった。



「神童はこれ嫌なの?嫌い?俺のこと?」
「嫌なら今のを受け入れるわけないだろ。嫌いじゃないよ」



寧ろ好きだ。まだ少し残ったハッカの味を噛み締めた口が、そう紡ぐことはなくて、代わりに濡れて生暖かい舌に舐められた。



「だよな。俺神童に嫌われたら寝込むわ」
「大袈裟だぞ」
「キャーシン様素敵ー」



そんなからかいを耳に入れて抱き締められながら思う。

このままいってしまうんだろうか?
こんな滑稽な関係のまま、俺達二人続いていってしまうのか?

そんな靄を抱えながら、今日も俺の口は霧野の口とくっついた。














御代に呼吸を頂きます

伽々様へ捧ぐ相互文章
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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