*猟奇表現あり















7分の6の一週間はつまらない。7分の6、つまり大体の日々はつまらない。月曜日、つまらない。火曜日、勿論つまらない。一つ抜かして木曜日、やっぱりつまらない。金曜日、そろそろ飽き飽きしてくる。土曜日、マシな方だがつまらない。日曜日、最高に最低につまらない。つまり退屈だ。増してや人より無駄に財力を持った家のお陰で余計に不自由がない。満ち足りている環境にあるが、断じて俺は満たされていない。俺が欲しいのは豪勢な食事でも無ければ平和でもなくて財力でも安定した将来でもない。一週間の内に6日もそんな日々を過ごさなくてはいけないだなんて吐き気がするさ!
しかし一週間にはたった1日だけ、とても『面白いもの』がやってくるのだ。
そして今日は、水曜日だ。






きっとメイド達が常日頃から丹念に掃除をしているからだろうか。人間らしくないくらいゴミの無い整備された道路を歩く。屋敷を一般道路と繋げる為だけに造られた道路は勿論うちの敷地であるから人気はない。
『何時もならば。』
俺の爪先がカツンと道路を鳴らす。歩く度やけに楽しげな音がばらまかれる。俺『だけ』が楽しい音。それが余計に俺の高まる心臓を煽った。きっとだあれも、理解などしてくれないだろうけど。そんなの、必要無い。



「やあ」



俺は興奮が滲んだ声で薄闇に揺れる『彼』に挨拶した。こんばんは、という挨拶はアドレナリンに邪魔されて出てこなかった。
彼は此方を向かない。



「…またあんたか」
「そうだ、また俺だ」



確か…名前をキチンと名乗った筈だ。互いに。でも名前さえ興味が無くなってしまったらしい俺は流暢に言った。
(嗚呼思い出した。)



「…やっぱり水曜日にこの場所なんだなぁ」
「物好きさえいなけりゃ、別の場所だ」
「それは嫌だな。是非とも俺だけのものにしたい」
「御冗談を」



剣城という男はよくニヒルに笑う。凡人である俺を嘲笑うかのように見下すかのように。別にそこに屈辱なんてものは発生しない。剣城にならそう思われても納得するから。
剣城は転がった生きて『いた』それから無造作に千切り取った。そしてそれに違和感などないように貪る。俺のとは比べ物にならないくらいに鋭い歯が、噛み潰す。



「なあ、やっぱりそれを食べないと気が済まないなら…それは美味いのか?」



剣城はギョッとした橙の目を向けた。彼は思わずエナメルで貪るのを止めてしまった。色白の口元に鉄臭い液が付いているのも構わないというように此方を向いた。それだけ、彼が貪り食っているものは本来彼の口の中に運ばれることがないのだ。



「………『食ってみたい』と、思ったのか」



色白い顔が、青く見える。それを肯定すればきっと剣城の顔は更に青みを増すだろう。しかしそういう事では無かった。



「『食われてみたい』かな」



俺がにっこりと笑んでみせるとまたかと顔を渋くした。会う度に頼んでいるのに何時も剣城は肯定してくれない。口元を拭って彼はまた諭す。



「あんたには俺が快楽殺人犯にでも見えるのか」
「見えなくもないなあ」
「見た目だけだろ。そもそもどうして関わろうとするんだ、食欲ってのは俺じゃ抑えられない」



だからこそ、じゃないか!
俺の口が歓喜に叫んだ。



「なあ剣城、早く俺を食ってくれよ」



剣城は何だかんだで見開きながらも俺の叫びを聞いてくれる。剣城になら終わらされてもいいかもしれないなあ。



「今までずっと考えてきたことだよ、今に始まったことじゃないんだ。ずっとずっと俺は俺の『素敵な死因』について考えていたんだ」
「やっと俺は、価値ある死因を見つけたんだ」



気がつくと口元が裂けそうなくらいに笑って喋り出していて、なかなか良い脚色だった。剣城はじっと噺を聞いていてくれる。ああ早く。



「死にたくなるくらいにつまらないんだよ、なあ退屈っていうのは苦痛なんだ」
「……。」
「刺激なんてものは俺に与えられないんだ」
「…おい、」
「これからもずっと、ずっとずっとずっとだ!ずっと与えられない!」



懇願するのに何時も剣城はそれを拒んだ。助けを否んだんだ。彼は俺の流れていく水分を指で払いながら何処までも、粉々になるまで優しくする。


「止めろ、あんたは食わない」
「なあ食えないのは辛いだろ苦しいだろ?ならこの苦痛だって分かるだろう?なあだから」
「神童、」



心はもうボロボロだというのに口は流暢に喋ることを一向に止めようとしなかった。それでも剣城は聞いてくれる。絶対の自信があった。



「なあ剣城、俺にとって死っていうのは甘美で美しいことなんだよ。命をそこで停止させられる、この心の臓を止められる」



美しいことじゃあないか。浅ましく生きることを終わりにできる。素敵なことじゃないか。
俺は恍惚と語ったのに剣城は悲しそうだった。



「なあ剣城、獲物がこんなに近くにいるのに食えなくて苦しいだろう?俺もそれと同じくらいに陳腐に侵されて苦しいんだ」
「………俺達は比べるに値しない。それに、死で為される救いなんて、無い」
「俺は為されるんだよ」



剣城が俺の肩を掴んできた。ガクンと引かれて期待して目を閉じた。のに。彼の口は俺を掠りもしなかった。
彼は、俺の眼前に立っている。



「…俺も狂ってるが…あんたも変わりないな」
「……勝手にお前を愛しているだけだ。死を貪るお前は美しい」
「………気味が悪い」
「こんなことを言ってくる奴なんていなかったろ」
「だからこそ俺はあんたを食えない」
「何故だ」
「自分を愛している奴を食いたくない。あんたのこと、気に入ってるんだ。」



優しい嘘だ。
『食えない』ではないくせに。
俺はよく知ってる。彼が時折トランスしたような目で俺を奪おうとしていたことくらい。お見通しだ。やっと欲を満たせる刹那なのだ、そうならないわけがない。
嗚呼、ぐしゃぐしゃにしてしまえばいいのに。俺が望んでるのに、滑稽だ。美しい滑稽だ。どうして、
俺はまだ泣き笑っている。


「…一人で死ぬのは嫌なんだ。」
「……分かってる」
「他殺がいい、自殺ではない他殺が、いい。」
「…っ」




どうして苦しそうに顔を歪めて牙と牙を噛み合わせるのか、何時も分からない。少し歪みが緩むと俺の幸せを望んだような瞳をする。お前らしくもないなあ。もし幸せを願ってくれるなら『次の世界』での幸せを願ってくれよ。



「何度だって言う。」





「『俺はお前に殺されたい』」











次に見えたのは悲しみが滲んだ微笑と、望んだ彼の尖ったエナメルだった。
俺は、笑った。
俺の体が、牙に引き裂かれていく。俺の体が、彼の中に吸収されていく。俺の血が、彼を汚す。



(『またな、』剣城)



また来週、食われに来るよ。













灰の水曜日

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