ねえ先輩。『見ている』ってどんな感覚だと思います?



「は?」



だから、



「いやそこは噛み砕かなくたって分かるよ。それより見ている感覚ってのが訳わからん。」



えー。



「えーってなんだよ…」



だってそれ以上噛み砕けないんだもん。そのままだよ、霧野先輩。そう告げても先輩は口をへの字にしたままだった。何その情けない面。



「見ている感覚って…普通に自分の目で、自分の視覚神経で対象を見る。それの…現在進行形。そういうこと?」



まあ半分当たり。それは言葉の意味を噛み砕いただけだね。まあそう考えると当たりですよ。でもねえ。俺がゆらゆらと揺れて近付くと、霧野先輩は手を伸ばしてきた。俺はその手を掴まずに薬指に一つキスをした。それからちらりとスカイブルーを一瞥した。
相変わらず宝石のようで。



「愛しい存在を『見ている』感覚はね、少し違うんですよ」
「…」
「俺の場合は、余計にね」



さあさあと霧雨が鳴く。霧雨って意外とよく濡れるものなんだよなあ。まあ今の俺には関係ないけども。
フワフワとさせて先輩の周りを回ってみた。先輩のスカイブルーは、最後までは追い掛けてはくれなかった。まあ得策だよね。



「俺は、先輩を見ていることしか出来ないからさ」
「…ああ、そう……だな。どっかの大馬鹿の所為で」
「霧野先輩痛いとこ突くねー」
「何処が。正論だよな」
「えへへ」



うん。
うん、うん、うん、うん、うん、うん、うん。
大正解、だよ。あんたが正しいよ。そう、だよ。脳内で肯定を続けたまま、誤魔化し笑いの口はまた抜かす。



「そうですね。でも目の有り難みが分かりますよ」
「よく言うぜ。いつまたこうして話せるか分かんないっていうのに」
「大丈夫です、今は梅雨ですから」
「過ぎたら夏だぞ」
「意地でもあんたの所に降ってきます」



呆れた。そう言いたげな先輩が其処に在った。それから、泣きそうな先輩も。
女みたいに綺麗な指先が薬指をさする。まるで俺の口が触れたのを忘れないと言うように。そんな訳、ないのに。



「だからちゃんと傘は差してください」
「差さない」
「風邪ひくでしょ、先輩馬鹿じゃないんだから」
「濡れたいんだ」
「馬鹿じゃないですか?」
「馬鹿だよ」



俺もお前も。
霧野先輩は懲りずにまた手を伸ばして俺の心臓に当てた。それから其処に在る血液のポンプの形をなぞる。
サアサア。雨はまた鳴く。
ピンクの髪が吸水しきれなかった水滴を幾つも落とす。この人がそうなっても髪一本として拭わなくなったのは何時からだったか。先輩は覚えてるのかな。愚問だと言われてしまうのか。
先輩の手が探す温かいものは、無い。



「柄じゃないですけど、俺先輩には幸せになってほしいです」
「同じことを何回言われたと思う?」



びしょびしょな体が俺に抱き付いた。華奢だがまあまあ筋肉の付いた体が冷たい。きっと冷たい。こんなに長く雨に当たってるんだ。きっとそうなのだ。俺の背中に這わす手はどう力を込めればいいのか分からないらしかった。



「そんなんだったら降ってくるなよ…」



掠れきって濡れた声は小さい。
抱きしめ返してあげたかった。それにきちんと口にキスしてあげたかった。でもそうしても無意味に先輩が凍えてしまうだけだから、何もしない。見ているだけ。こんなに俺を愛してくれている霧野先輩を、見ているだけ。形の無いキスをあげて、降ってくるだけ。
先輩に身を寄せても何にもならない。



「自然の摂理だから、」



雨は降ってくるものなんですよ。
そうして啜り泣く先輩はやっぱり馬鹿でした。
それから追伸、俺も馬鹿だった。














エンドレスとおせんぼ

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