*注意



















いつも通り。
いつも通りにぞわぞわと楽しみに奮える体を携えて、いつも通り持って行く甘い果物が潰れたりしてないかを確認する。いつも通り、鼻歌を歌いながら歩いていく。それからいつも通りに、おはようでもこんにちはでもこんばんはでも何でも良いから声を掛ける。最近テレビを騒がせている殺人鬼のニュースを聞き流す以外にはいつも通り!
だから俺はいつも通りに病室の扉を開けるだけなんだ。



「こんにちは太陽!」



真っ白な世界が広がった。それから病院特有の冷たいような匂い。それから白の中、持ち前の輝くオレンジ色の髪を映えさせる存在。
太陽は此方を見ないまま、こんにちは天馬と明るく言った。視線を追いかけてみるとテレビを見ていた。サッカーのかなと思ったけど違う。



「最近そのニュースばっかりだよねー」



液晶に映っていたのは、本日二度目に聞く殺人鬼のニュースだった。なぁんだ、今日見たよ。太陽がサッカー番組以外に見るものが想像出来なくて気になったのに。ニュースなんて嫌でも一度は耳に入る。頭に残る。俺は何だか拍子抜けしてしまって持ってきた桃の入った袋を置いた。
と思ったら置けなかった。いや、いやいや。感覚としては、置けてなかった。
音も何もしてないのに何時の間にか袋が落ちてて、次に認識したときには桃のまあるい形が歪んでた。果汁が滲んで甘い香り。
うぅうん?こんなのいつも通り?いや、いやいや…違う。病室から甘い香りはしてなかったもの。
カタカタと、白が蔓延るベッドが揺れた。誰が、揺らしてる?そんなの決まってる。



「太陽?」
「…んふふふ」



やあ太陽、何だか楽しそうだね。何があったのかな。そんなに足をぶらぶらさせて、どうしたの?
確か足をぶらぶらさせるのは、太陽の癖だ。



「たいよ、」



言わせてもらえなかった。不安になって呼んだのに意味が果たせないじゃんかと文句を言えなかった。何処からか鋭い音がして、何だか臓器だけが冷めていくのを感じながら慌てて体を逸らした。意識していない、無意識の反応だ。
俺、今どんな顔してるんだろう。



「……太陽」
「なあに?」
「俺今、どんな顔してる?」
「んーそんなに驚いたような感じではないかな」



何かを此方に投げた手が此方を見つめているようで、狙っているようだった。太陽はやっと此方を見て名前に負けない暖かい太陽みたいに笑った。そんな顔出来るようなこと、君してないけど。
俺は桃を拾うことはせずに、白い白い壁に刺さったナイフを抜いた。ナイフというよりも包丁といったレベルの大きさ。ねえねえ太陽、こんなの投げるものじゃないと思うけど。
太陽はそんな俺の思いを知ってか知らずか、はあ、と熱っぽい吐息を洩らした。
ああ、成る程!そういうことなんだね。ニュースのお姉さん、ああ、成る程成る程。確か殺人鬼は『ナイフ』を



「使って、殺しちゃうんだったね」
「流石天馬!君なら避けられると思ったよ!」
「信じてくれてたんだ、一応ありがとう、かな?」



そんな会話が出来る状態ではないのに、俺は『いつも通り』の会話をした。
いや、いやいやいや、いやいや。何が。何処が。そんなの頭じゃ分かってるのに上手く作用されない。
俺達は『いつものような調子』で会話を弾ませる。弾むような話題?そんな筈が、ないよ。



「そっかそっか、太陽って『あの』殺人鬼なんだ」
「ごめんね天馬、でも君には殺す気は起きないんだ」
「ふうん?どうして?」
「僕はね、人殺しが楽しくて仕方ないんだけどさ」



世間話みたいに繰り出される会話じゃない。でも太陽も止めないし、俺も奇妙なことに止めるつもりが無かった。
太陽の、暖かいだけだった笑顔に何か違う匂いに混ざり込んだ。でも俺は特に驚くようなことはしない。けど、皮膚の皮膚がぞわぞわと嫌な感じを感じ取っているのは確かだ。
太陽の三日月の口が横に伸びる。



「大好きな人と会えないとか、触れないとか、そんなのは嫌なんだよ、分かる?」
「…まあ、そうだね」
「ありゃ、反応薄くない?」
「まさか!内心滅茶苦茶動揺してるよ!」
「そうかなー僕の目にはそんな天馬はいないよ」
「へー」



だからニコニコしながらされる会話じゃないんだってば。でも不思議と言う気にはならない。寧ろ『これが正解』、みたいになっている。つまり俺はそんな予感がしながら太陽のお見舞いに来てたのかな。自覚してしまった以上、もう確かめようの無いことだけど。
ふと、聞いてみる。



「ねえ、二つ質問していい?」
「んー警察行かない?ってのは無しね」
「…考えてなかったや」
「天馬は優しいね」
「そうかな?まあいいや、話戻すよ。…病気だっていうのは嘘なの?」



太陽はまるで今のこの状況を額縁の中の事にしてるみたいだ。興奮気味に話す様は兎に角綺麗な絵画を見詰める子供だ。とてもとても『無邪気』で『あどけない』。



「んー病人っていうのは相手を油断させる為って言ったらどうする?」
「…嫌だなあ」
「あははっじょーだん!まあ『一般人』じゃないけどびょーきってのはホントだよ」



太陽はごうごうと入り込む風に遊ばれる真っ白なカーテンを目で追いながら答える。白い世界の片隅にいるのは太陽なわけだけど、確かに太陽は其処にいるわけだけど、其処には『雨宮太陽』がいるわけだから『殺人鬼』がいる。そんな感じは無かった。



「じゃあもう一つ。俺『は』殺す気無いんでしょ?じゃあ何でナイフ投げたの?」



これはある意味太陽の根本を抉る質問なような気もするけど、一番気になったことだった。一番気になった?いや、ちょっと引っかかったって言うのかな。だったら投げなきゃいいじゃない。そういう話だろ。



「んもーそんな単純な理屈じゃないんだって!まあ聞いてよ」



いや、聞くけどさ。
おどけたような太陽が少し柔らかい表情になって、少しドキリとした。そのまま俺を狙っていた手が太陽の胸部に当てられた。



「まあー僕としてはあんまり誰かを殺してる認識はさっぱり無いけどさ、まあザシュッと殺るの楽しいんだよね」
「さっきも言ってたね」
「大事だからさ。でもぜぇーんぜん知らない人を殺るよりは仲良しな人とかのがもっと興奮するんだよ」
「ふうん?」
「好きな人だったら余計興奮する!ホントだったら今すぐにでも天馬にナイフ入れたいとこだけど、我慢してるわけ」
「我慢で未遂なんだ。困るなあ」
「だから死ぬ気で逃げてね」
「うーん、善処するけどさ、それってかなり気持ち悪いね」



口にしてからはっと口を塞いだ。かなりはっきり言ってしまった気がする。こういうところでは不都合な体質だなあ。ちらりと太陽のミルクブルーの目を窺った。太陽は視線に直ぐ気がついてそれから甘いマスクで笑った。



「でもそれくらい、僕は天馬の事好きなんだもん。」



今さっき気持ち悪いねと言った筈だったのにその告白はすっと胸に入ってきた。
幸せそうに何処か興奮したように話す太陽はやっぱり太陽だ。でも裸足がつつ、となぞるベッド下にあるトランクが気になった。
あ、そういうこと?



「太陽」
「ん?」
「どうして君の病室だけ異常に消毒液臭いのか、よく分かったよ」
「わー天馬勘良いね!警察じゃなくて良かったー」
「頑張って死ぬ気で逃げるからさー頼むからそんな狭いところに入れないでね」



気がつくと、太陽が殺人鬼でもいいやっていう俺が頭の中を覆い尽くしていた。俺にとってはそんなに問題ないことだったみたい。














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