*R15



















どういったときが、どういったことが、怖いと思うだろうか。例えば人に追い掛けられる。例えば凶器を持った人が目の前にいて、殺されそうになる。例えば大好きな人がいなくなる。例えば大切な人が死んでしまう。例えば溺れそうになる。例えば何処か高いところから落ちそうになる、または落ちる。例えば辺りが真っ暗。例えば大勢の前で恥をかく。例えば失敗しそうになる。例えば、例えば。
例えば、誰かの『大切な何か』を奪ってしまう、とか。




「…はぁ、はぁっ…は、」



健康的な肌が広がる体は弱々しく、それでいて脆そうに綺麗に俺の眼前に在った。触れるといつもよりも温かい。松風天馬はきちんと生きていることに安心した。けれども息苦しそうなのも確かで今も呼吸が早い。
自分の手の中に吐き出された白が原因だと思うと何だかいたたまれなくなってきた。



「天馬」
「…ん…?へーき、だよ?」
「何だか死にそうだぞ」
「…死なないよ」



馬鹿だなあ剣城は。
そう言いたげな顔で笑い返された。そんなことなら馬鹿で構わない。 とも思ったが、生憎俺はどうしようもなく男で、心の中ではギラギラと目を光らせた飢えた獣がこいつを欲している。欲しい、欲しい。そう吠えている。俺には、聞こえている。
ぐっと抑えてまたスルスルと肌を弄ると、可笑しそうに笑う顔が崩れてまた小さく喘ぎ始めていく。天馬は捕食対象らしく腹の部分が弱い。そこだけ舌でやたら舐めたり歯を立ててみたりすれば、白を吐き出したばかりのそこはまた起立した。それも腹の部分ばかり攻めて体を跳ねさせるのも素直だ。



「…んァ、…あ、あ、あ…」
「………。」



ホロホロと生理的な涙を浮かべて此方を見つめる天馬は可愛らしいものがあるが、それと同時に俺にはそれが責められているようにも見えた。天馬に限ってそんなことはないとは分かっていても、自信の無い俺はそうは見えないと断言できない。
黙り込んだ俺が心配になったのか天馬の手が頬に触れた。触れた途端、心の中の感情が溢れそうになったが必死に取り繕った。案外取り繕うのは苦行ではなかった。というのも俺が、単に。



「ぁ、ん…剣城、大丈夫?顔怖いよ?」
「……馬鹿はお前だな、お前の方が辛いだろ。負担…大きいんだから」



弄る手を一度止めて、甘えるように触れる手に頬を押し付けた。温かい、何処までも温かい。熱い体温が、血液が、体液が、俺を愛おしさで押し潰すのはきっと簡単だ。
けれどそれとは正反対の、また弄る手は天馬が欲しいのだ。いよいよ俺の愚かしい手が腕が天馬の腰を掴んだ。力加減が分からないまま掴んだからか天馬がビクリと体を大きく跳ねさせていた。…本当にいたたまれなくなってきた。今に始まったことではないのだが。
ぬるりと、生温かい中身が俺を包もうとしている。
いつの間にか抱えていた天馬の女みたいな足が小刻みに震えているのが分かった。この手は本当に愚かしい。



「…あっく…ん……つ、るぎ…?」



天馬はもどかしそうに碧眼を向けたが、俺がどんな顔をしているのかに気がつくと丸い瞳をさらに丸くした。それからふるふると痙攣した両手で俺の両頬に触れる。生温かい、どころの話じゃない、火照った掌だ。そして俺の頬もきっと同じくらい熱いのだろう。
自分でもなんて際どい体勢だと思った。思ったが、踏み込めない。



「…は、天馬…」
「……。」



天馬は涙が反射するサファイア色を苦しそうに細めて『自ら』、口付けた。キラキラと涙の乗った睫毛が眩しくてますますいたたまれなくなる。
直ぐに離された唇は、間を置いてこう言った。



「…剣城、京介は、何が怖いの?」



何が。何が?
何が怖いのか。そんなもの、愚問だ。告げるのは言い表すのは簡単だ。



「お前の『初めて』を奪うのが怖い」



男相手に『初めて』と形容するのは可笑しいのかもしれない。それでも伝えたかった言葉がそうだったからそのまま告げた。
告げた口の形がサファイアに映った。天馬はじっと俺を見つめ返す。



「はっきり知ってるわけじゃないが、こういうこと、は、お前の人生の中、で、大切なことだろ」
「…、そうだね」
「大きなこと、だろ」
「うん」



本人は自覚などしていないのだろうが、妙に艶めかしく足が擦り寄せられた。嫌悪する艶めかしさでは無くて、俺は同じように擦り寄った。



「それに、」
「……うん?」
「俺で、いいのか、って、」



またサファイアが丸く磨かれた。天馬はゆっくりと、震える手でポンと俺の髪を撫でた。



「馬鹿だね、剣城。」
「…っ、そう、かよ」
「ん…そん、な、マイナスに考えないの。…俺…、剣城『だから』してるんだ、よ?嬉しくて仕方ないんだ。だか、ら…心配、しな、いで」



それでももどかしいのは拭えないらしく、途切れ途切れに無邪気を語る唇が告げた。手は未だに俺を撫でている。正直、これは可笑しい、と思った。では聞こう。この行為ではどちらに負担があるだろうか?間髪入れずに分かる、天馬だ。それなのにこいつは、それでも



「…………、そうか…」
「…う、ん」
「…そうか、」



考えて声を出したが、それしか言えなかった。
嗚呼、俺はとんでもない奴に愛されて、そんな奴を好きになったのだなと。そんな思いがポツポツと零れ落ちた。



「お前は、優、しいな」
「それは、違うだろ」



天馬は困ったように笑うがそう言わずにはいられなかった。こいつの言葉が、どうしようもなく嬉しかったのだ。
俺は手を天馬のそれに重ねた。



「…いくぞ」
「ぁ…、いい、よ」



幻想ではない天馬のサファイアが嬉しそうに光った。














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