あの大人びたこの人が、泣いた。わんわんと、犬みたいに吠えたわけではなくて子供みたいに泣いたのだ。自分より背が低い俺の胸に顔を押し付けて泣いている。ひっきりなしに何か言っていたけど言葉になっていなくて聞き取れなかった。




「ありがと」



いつもの何となく艶っぽい声がにそう言われた。
すっかりカルボナーラは冷めてて南沢さんは疲れてるみたいだ。でも少し表情が晴れやかなように見える。気のせいかもしれないけど。幻覚かもしれないけど。



「どういたしまして」



南沢さんより小さい声になった。あれ。
確かに昨日よりも晴れたように見える表情。でもまだ。



「でも、保たないぜ」



考え付く前だった。つくづく彼は見通しの良い目を持っていると思う。



「これは言うなれば『一時休戦』だ」



嫌だ、と誰かが呟く。聞こえないと言うみたいに南沢さんの唇が剥き出した舞台の鉄骨を語る。それは所謂



「なあ倉間、明日俺は何処にいんだろうな?」



今度は此処にいたいよと聞こえた。
何処にいるのだろう。明日。次。next。未来。
今日に眠る。眠らなくとも朝がやってくる。朝には何時もの毎日をこんにちはと言わんばかりに連れてくる。日常が俺達を連れ戻そうと手を伸ばす。南沢さんの日常。この人の明日には明るさは無い。



「きっと父親は、躍起になって捜してる」
「…そうですね」



きっと南沢さんは今を一時の、と割り切っている。
俺は黙っていた。



「あーあ」



残念そうじゃない、自分を嘲笑するように投げた。



「これがドラマならさ、最スタートが用意されてるわけだよ」
「…」
「でも此処は舞台じゃねえんだな」
「此処は、現実世界ですね」
「そう、そして俺にはそんなもの用意されてなんかない」



何も言えない。けどそれで終わらせたくなくてパクパク言葉も出ない無意味な口は喘いだ。何も出てこない。



「そうだな、はは。うん、ドラマだったら、主人公がヒロインの居場所になってやるとかあるな。」
「…あ、」
「言っとくが、んなこと言うなよ。お前に負荷掛けたいわけじゃないから」



優しい。けど現実的。



「お前まだ中学生だぜ?」
「ええ」
「いくらサイドワインダーが打てようが凄いキック力だろうがまだ14歳だろ。」
「未熟ってことなんすね」
「ビンゴ」



分かってるよ。
そんな俺に釘を刺した。でもそう悟りを拓いたようにしていて心は怯えている。怖い、恐い、現在の彼と過去の彼がそうざわめいている。いや、今に始まったわけはないんだろう。
また何か言おうと、さっきよりぎこちなく開いた唇。抑えつけるようにキスをした。彼はすっかり怯えきっていた。乾いた唇が震える。



「…ん、ぅう」



肩を撫でるとまた涙が落ちた。俺は意外と泣き虫なこの人の首筋にすり寄った。



「生きづらいなあ」
「何を今更」



本当に今更だった。釣られて俺まで声が濡れてきた。
そして俺は『本題』に入る。



「ね、南沢さん」
「…ん」
「ずっと考えてたことがあるんですけど、いいですか」
「…うん」
「逃げましょう」



南沢さんの甘い匂いに包まれて言ったそれは余計に甘美だ。俺はそう思った。
甘い言葉を聞いて南沢さんの震えがピタリと止まる。驚いたのかな。呆れたかな。怒ったかな。



「お前今までの話聞いてた?」



全部だった。驚いて呆れて怒った声。
まあまあ、話は最後まで聞くものですよと、また唇をくっつけた。南沢さんは怯えが滲む顔で黙る。



「別にあんたの父親から逃げようだなんて野暮なことじゃないですよ。」
「それ以外何から逃げるって?」
「…この世界から」



この世界から逃げよう。
実はずっとずっと前からチラホラ考えてたこと。ただ一人では勇気が出なくて、『確信も持てなかった』。だけど今なら。



「もう充分だよ、俺も」



とても誰かを守りたいと言った奴の口調じゃなかった。安心したような疲れたような。でも、疲れた。怒られちゃうかなと思ったけど何も聞こえなかった。



「逃げられんの、世界相手に」
「何とかなる」
「天馬かよ」
「…ね、南沢さん」



もう嫌なんだもう嫌なんだもう嫌なんだもう嫌なんだ正しいだなんてもう嫌なんだもう嫌なんだもう嫌なんだもう嫌なんだもう嫌なんだもう嫌なんだもう嫌なんだ本音だなんてもう嫌なんだもう嫌なんだもう聞きたくないんだもう嫌なんだもう嫌なんだもう嫌なんだもう嫌なんだもう嫌なんだもう嫌なんだもう嫌なんだもう嫌なんだ人間なんてもう嫌なんだもう嫌なんだもう嫌なんだ



「俺と逃げてくれますか」



ごめんね、今の全部嘘。ごめんなさいそれから好きだ。














え、そりゃあもうオブラートが溶けてくみたいだったです。私よくみてたんです。ほら、私丁度ご主人のフォークだったですから。ええ。まあ、あの南沢とかいう殿方に使われていたですがね。そうそう、本当に消えてしまわれたです。でも幸せそうでしたよ。ならば私は何も言わない、つもりでしたの。けれど最近ご見えないけど存在してる主人達が『この世界にいた証』がどんどん持っていかれるんですの。あら、あの黄緑色ケータイさん?一番に持っていかれたですわ。何だかんだでご主人に一番に近くにいらっしゃられたものですからね。でもあのお二人はこの世界にいたです。ただちょっと人と違う環境いただけですの。だからですか、ねえご主人。ご主人達は見えないだけです。見えないまままだ此処にいらっしゃって!ああ!あまり遠くに逃げると危ないです。幸せなんですね、分かってるですよ。南沢様がご一緒ですもの。嗚呼あのお二人は確かに!きっと幸せなのでしょう!もう何も干渉しないのですから!出来ないですから!でも、皆皆ご主人達をわすれてい














星屑は優しく貴方を傷付けていく
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