可能性。
事実と確信しているわけではない、あくまでも推測に終わるこの言葉。今までこの言葉に対して随分と冷めた考えをしてきた俺だったが、いてもたってもいられなかった。



(行くのか)



随分と白々しく携帯から声がした。白々しいな、ホント。んなこと分かりきってるだろうが。



「ったりまえだろ、じゃあ聞くけど此処は何処だよ」
(南沢篤志の通学路だな)
「…お前ホント、白々しい奴だよな」





南沢さんが休んでから今日で二日になった。これで南沢さんが同級生なら、この道を歩いていく俺は辻褄が合うのだが生憎俺達はちょっと度を超した先輩後輩という関係だ。プリントを届けに、というわけではない。
足が、早足になる、駆け足になる。
どうしてこれに至ったのかなんて一文で説明がつく。
『嫌な予感がしたから。』
句読点も含んで十文字。それが原動力。



「………。」



こんな体質だからか、俺の勘は、よく当たる。嫌な予感、マイナスな予感に関しては、特に。



「皮肉だな」



次に出された右足からはもう完全に疾走していた。ああ、前にもこんな事が遭ったような。






南沢さんはあまり自分の住所を人に教えることをしない。寧ろ教えたくないようだ。でもある日の下校途中、別れる場所が南沢さんの家から近かった関係でチラリと見たことがあったのだ。それを見た南沢さんの瞳はやけに濁っていたのを今でも覚えている。



「…なあ」
(?)
「扉共々鍵が開いてる玄関って、どう思う」
(…不用心だな)



白々しい!
質問をした自分を戒めながら、俺は玄関を潜る。此処は南沢宅の領域だから迂闊に走りはしない。他人の領域を侵すことがどれだけデリケートであるかをよく知っているから。

先ずは気を張らせて誰かいるのかを確認する。
玄関口に何故か靴が一つもないこと以外、特に変わったところは見られない。妙なことにリビングなんかにも気配を感じない。やけに静かで生活感、というより人間味を感じない。
そろりと靴を脱いで廊下を踏んだ。これでとうとう俺は『不法侵入者』になったわけか。
足音を立てないように細心の注意を払って、浮かせた左の爪先を下ろす。



「ん…?」



足の裏と冷たいフローリングが、噛み合わなかった。どう噛み合わないか、そのままだ。ぴったりと合わない。爪先と床に大きめの隙間が空くのだ。どうやらこの廊下は至る所が凹んでボコボコに痛んでるみたいだ。あまり心地良くない。



「っ」



奇妙に痛んだ箇所に顔をしかめていたらドンと、上の階から鈍い音が降ってきた。物体に重力をよく働かせたように、またそれを床に叩き付けるような、そんな鈍い重い音。ストンと、体温が冷えた。
まさか?
フッと意識が遠退いたと思っていたら、気がつけば俺は無造作に粗雑に開けられた部屋に飛び込んでいた。

そ、こ、に、は?



「……っ?…く、……らまぁ………?」
「!」



まるで無力が具現化したかのような南沢さんが、床に横たわっていた。眼帯と共に俺を見詰める瞳は、あの日みたいに焦がし尽くされたカラメル色に濁っている。
信じらんない、そう書かれている。
裏腹に、『横たわる南沢さんをサッカーボールと同じように扱おう』とする足を持ち合わせた男が、此方を見た。

『環境』を、理解した。



「っ!」



言葉に成らない声は、獣じみた。男が動くよりも前に駆け出して脛に感情剥き出しの蹴りを叩き込んだ。がっちりとした足だが人間は急所に弱い。怯んだ。その隙に南沢さんに駆け寄る。



(自分が何をしたいのか選びたいのか、分かったか?)



分かった、分かった。つまりはあれだ。答えは既に俺が所有してたって落ちだろ?ホント、お前ってば白々しい奴。
微動だにしない丸まった背中に手を回して、素早く横抱きにした。
薄い胸板から、虫の息が聞こえる。『生きている音が聞こえる。』
しかしそれに付け加えて男が痛みに呻く心も響いてくる。
走って走って階段を駆け下りて、俺は領域から這い出た。その流れに身を任せてアスファルトを駆け抜けて駆け抜けていった。


俺からしたら『救済』をしているはずなのに、何だか段々『誘拐』している気分が満たされた。飲み干しはしない。これがエゴだとしても。

南沢さんはというと死んだみたいに眠っていた。生きている音は止まないまま。















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