振り上げた、けど、その腕は振り下ろせなかった。




「物は、大切に扱わなくちゃ、駄目でしょう」




そう訴えるそいつの真っ黒な夜空みたいな瞳が、珍しく強く色味を出していた。




「速水…」
「…………。」




いつもならオドオドオロオロして謝るクセに、今は一向に俺の手首に骨っぽくて細い指を絡ませていた。少し痛い。速水は目を逸らさない。それどころかじっと、強く強く強く俺を見ていた。睨まれているわけじゃない。でも、威厳のあるような目を俺に向けていた。




「…何で、いるんだよ」
「今日は珍しくホームルームが早く終わったんです」
「……浜野は」
「小テストの追試です」




強い視線を向けながらも速水の声は静かだ。いつもよりも、静かで重い。段々耐えられなくなってきて速水から視線を逸らす。速水は俺を見るのを止めなかった。速水がズシリと言う。同じタイミングで速水の手に力がこもった。




「様子がおかしいなとは思ってましたけど、物に当たるとは思いませんでしたよ」
「…目敏いな」
「伊達に倉間君の友達やってませんから」




速水の手が俺の腕を滑り落ちるように離された。跡らしきものは残らない。速水の表情は真顔に近かった。




「頭は冷えましたか」




速水がポツリと聞いてきたけど、疑問文にクエシチョンマークは存在してなかった。




「……、大分」
「君なら尚更物を大切にしないと駄目じゃないですか」
「…悪い」
「ホントにそう思ってます?」
「……………。」




答えられなかった。繕いは見透かされた。俺は重い腕を動かして携帯をポケットに突っ込んだ。我ながら無造作。嘲笑。




「…南沢さんですね」
「はっ、」
「南沢さんのことですよね」




重ねられた。重ねられて言われた。というより確信されているようだった。俺は確信されてしまっているらしい。更に心中で自分を嘲笑した。心臓が嫌な鼓動を鳴らす。




「…」
「…呼び出しを受けた南沢さんを助けにいった辺りから様子がおかしいです」
「…」
「『見えないのは、聞こえないのは、怖い』ですか?」
「…」
「俺には人の本心なんて読めませんからその恐怖は分かりません」




速水が回り込んで俺と視線を合わせた。眼光はさっきと変わりなかった。夜空に呑まれそうになった。というよりもう手遅れというべきか。そう付け加えた。




「でも倉間君が物に当たるなんて、らしくないです」
「……いつもは声気にしてやれねえからな」
「盲目的にならないでくださいね」
「…盲目」
「倉間君の視界が以前にも増して狭くなってます」




速水が離した両手のひらを近付けて、狭まる俺の視界を表現してきた。表情は哀しげだ。何で。




「要は冷静になってくださいってことです。」
「…そう出来たらとっくにやってるっつーの」
「アドバイスです。」
「……取り敢えず、受け取っとく。」




速水に自分から視線を合わせると、速水は自虐的な笑みで「俺も微塵も人のことは言えないけど」と呟いた。俺は笑みを向けた。
それを作ったことに、気付かないフリをして。

無理矢理口を閉じて。
そうは言われても、未知はやっぱり怖かった。
















流れるポラリスは嫌いです
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