俺は不思議と走っているのに、風を感じなかった。そんなことよりも、今起こっているん『だろう』事態を把握するのに神経を集中させていた。自分でも気付かないくらい、無意識に。

さっきから耳に入ってくる声から推測する。どうやら、さっきの声は南沢さんと別クラスの三人組らしい。何やら学年一位やらなんやら言っていたから、多分成績とか内申の話だな。それから声色から見て、穏やかな話じゃないのも一目瞭然だ。寧ろ悪い。



(南沢さんいつもだな…)



南沢さんは嫉妬の対象になりやすかった。だって、勉強は出来るし内申も良い(らしい)し、オマケに部活では10番を背負ってる。これは嫉妬するだろーな。だから南沢さんはこういうことには慣れていた。そんな内容が書き殴られた紙切れを見つけては無視して、見つけては無視して。俺はよくそんな風に割り切れるなあと思っていた。だけど今は…

さっきより喧騒が五月蠅くなった。俺は更に加速した。試合並みに走った。もしかしたらそれ以上かもだけど。何でかは、分からない。

…やっぱり聞こえないか。




はあはあと、自分の荒い息が耳に入ってくる。無計画に走り過ぎたからだ。でもそれさえも今は、右から左だった。



「南沢…さん…、」



体育館裏に南沢さんが丸くなっていた。何かを覆い隠すみたいに。名前を呼ぶと、南沢さんが気怠げに此方に顔を向けた。前髪が乱れて目が片目しか見えなかった。



「倉、間」



掠れた声で俺の名前を呼んできた。何故か嬉しそうに。
片目の横が切れて血が滲んでるクセに。やっぱりこの人分かんねえ。



「…またっすか、あんた」
「は、俺何もしてねぇ、よ」
「でしょうね」



俺は足早に南沢さんに近付いて体を起こさせる。微かに南沢さんの眉間にシワが寄った。



「…あー、目元に掠り傷、鳩尾に四発、脇腹に足はいって、それから脛に強烈な一蹴り。それから理不尽な罵声?」
「お前、こわ…」
「あいつらスッゴい心ん中で蹴り一発はいったとか五月蝿かったんすよ。馬鹿っすね、ホント」
「ホントに、な…」



南沢さんが自嘲的に笑う。何であんたが。俺は顔をしかめた。だってそんなの可笑しい。



「……傷」
「…は?」
「口、切れてます」



さっきは隠れて見えなかったが、よく見ると口の端が切れて血が伝っていた。



「…ああ、これか」



力無く南沢さんがそれを制服の袖で拭おうとした。すかさず俺はそれを南沢さんの腕を掴んで遮った。



「…は…」



不思議そうに此方を見る南沢さんを無視して、口の切り傷に舌を這わせた。ベロリ。



「っ!?」



傷にしみた痛さといきなり舐められた驚きで、南沢さんの表情が強張った。俺の口内に鉄独特の味が広がった。



「…不味い」
「そりゃ、そう、だろ…」



顔をしかめながら舌を出して言うと、やっぱり南沢さんは自嘲的に、何処か嬉しそうに笑ってた。
俺は南沢さんの手を引いて、保健室行きますよと言い放った。南沢さんはヨロヨロしながらも、大人しくついて来た。
やっぱり何も聞こえない。
















硝子の靴の破片が刺さって痛いの
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