「………」
授業の時間は大嫌いだ。だって、担当教師が授業をしながら愚痴ってるのが聞こえてくるからだ。
今の時間は国語だった。担当は女の教師だ。なかなか美人で人当たりもいいと生徒からの人気が凄いらしい。
あーあ、そいつ等の前で大声で言ってやりたいわ。あいつタバコすっげえやってるし、相当なビッチなんだぜ?
「えーマジでぇー?うわーショックぅー俺結構あのセンセ好きだったのにー」
「確かに偶に変な匂いするなと思ってましたけど、まさかタバコなんて…」
「だろ?あれ何か匂い消すやつ大量に使ってるから気づかれてねーんだよ」
俺はニヤリと笑いながらコロッケパンをかじった。
昼休みになると、俺達は決まって屋上で弁当を食うことになっている。俺は早速浜野と速水にあの教師のことを喋る。俺は結構この二人には喋ってしまう。そういうことを一人で溜め込んでられないからだ。それでも二人とも俺と友好関係を結んでくれている。俺だからこそ分かるけど、ホントにこいつらはいい奴だと思う。心底。
「ちゅーか、倉間マジ大変じゃね?何時でも何処でもそーゆーのが聞こえてくんでしょ?」
浜野が仰け反りながら聞いてきた。俺はまたコロッケパンをかじる。美味い。
「まあな」
確かに大変だ。つーか面倒だ。でも最近、これがあったからこそ見えてくるものもあると思うようになった。いや、それは何と聞かれちまうと上手く言葉に出来ないんだけど。
「あれ、彼処歩いてるの南沢さんじゃありません?」
ふと速水が立ち上がって、眼鏡に手を添えて言った。俺と浜野も速水の傍に寄って、フェンスの向こうのグラウンドを目を凝らした。浜野が額に手をやって唸る。俺も釣られて唸る。
「「あ、」」
見つけた。特有の紫の色彩を揺らして、グラウンドの脇の道を南沢さんは足早に歩いていた。ていうか、ちゃんと飯食ったのかよ。
「あれー?何しに行くんだろ?あっちって体育館裏じゃね?」
あれー?と浜野はヘラヘラと首を傾げた。確かにあの方向には体育館裏しかない。
「…た、体育館裏っていったら…もしかすると、よ、呼び出し…されてたり、し、て…」
速水が顔を青ざめて呟いた。まさか。あの人ってそんなんは無視する人だし。内申がどーたらとか言ってさ。
俺は速水に有り得ねえよと、笑いながら声を掛ける。
気がつくともう俺はコロッケパンを完食していた。暇つぶしにと制服のポケットから携帯を取り出して、画面を開いた。
「 」
一瞬、頭が空っぽになった錯覚を起こした。
今、『何て聞こえた?』
俺は待ち受けの黒猫を凝視しながら、声を探す。浜野が怪訝そうに俺に声を掛けるのが、やけに遠く感じた。
「 」
「 」
「 」
だんだんとはっきり聞こえた。
これは、まずい。
「速水、やっぱお前の言うとおりかもしんねぇわ」
「へ」
「え?えぇ?どゆこと?」
二人の疑問に答えないまま、俺は携帯を置いて走り出した。
「バレてねぇよ」
「マジか!やっと成功かよ…やっぱアイツ内申人間じゃね」
「何でもいいっつーのォ、邪魔なもんは邪魔だ」
「これ成功したらお前テストで学年一位連発じゃん!」
「南沢の奴、ロクに勉強してねぇくせに学年一位とか…ムカつく奴だっつーの」
憎しみを帯びた男の声が、何よりもそれを真実にしてみせた。
理不尽な心だった。
赤い糸車は廻る