*猫又パロディ



















俺はあなたを綺麗と言った。あなたは俺を悪くないと言った。
あなたは懲りなく全てを知っている癖、何も知らないのだと思った。



「南沢さーん」



さわさわと風に吹かれる度嗅ぎ慣れた甘い匂いが通り過ぎる。南沢さんはこの匂いが堪らなく好きなんだと。この世界に生まれた瞬間から嗅いできたからその感覚はよく分からなかった。すると南沢さんはぶすくれて贅沢、と罵ってきたのだった。



「なあーに、くーらまくん」



ガサガサと青々茂る檸檬の木から南沢さんが真っ逆さまに上体を晒して見せた。俺は木の真下にいたからその不意打ちに飛び上がってしまった。情けねえ。
尻餅までついてしまった哀れな俺を南沢さんは面白げに見ている。



「…心臓に悪いんですけど」
「其処にいるとは思わなかったんだよ」
「人間の寿命はあなた達より遥かに短いんですから、これ以上縮めないでくださいよ」
「悪いねぇ」



勿論悪びれてなんか無い。
それでやけに艶っぽく囁いてそのままスルリと俺にのし掛かってくるから、こういうところでやっぱりこの人は猫だったんだなと思う。悪びれもしない顔でのし掛かってきたクセに二つに分かれた尻尾は嬉しそうに揺れる。要は素直じゃないんだ、この人。
それから、とても綺麗なんだ。



「んー…」
「こら。あんまりのし掛かんないでくださいよ、重い」
「倉間良い匂いー」



スリスリと頬に擦り寄られるのは何時まで経ってもくすぐったく感じられる。最初なんか人間呼ばわりだったのに随分と懐かれたよなあ。もう過ぎたことを考えながら南沢さんの大胆に晒された真っ白な喉を撫でた。南沢さんは喉を撫でられるのが大好きだ。だからよくこうして撫でてとばかりに擦り寄ってくる。
もしかしたら何百年と生きてきた反動なのかも、と最近考えるようになった俺だった。



「ホーント、贅沢なものだな。人間って」



ぼんやりとした目で南沢さんが言った。俺の手は何故だかピタリと止まってしまった。それに気づいた南沢さんはお前は例外だと小さく笑いかけてくる。俺は何も言わない。返せない。



「人間ってどうしてこんなに美味い物があるのに肉だのブランドだのを選ぶんだ?ブランドって偉いのか?」
「…偉く、は、ないと思いますけど」
「そうだろ。人間ってば本当自分勝手で、嫌になるよ」



その話を人間の前でしちゃうのか。
俺の心は配慮を恋しがった。
もう少し、もう少しだけ配慮をください南沢さん。只でさえあなたが乗っかってて逃げ道も無いのだから。
なんてことをこの妖怪様に言えるはずもなく、それは大人しく口の中に還った。
暫くは何も喋れない気がしてきた頃、南沢さんはニンマリと笑って俺の眼前に綺麗な顔を晒した。不意打ちにとことん弱い俺は還った本音の代わりにうお、なんて情けない声を転がした。



「何お前がそんな罪悪タラタラなお顔してるんだよ、お前は例外なの」
「いや、でも…人間は人間ですし」
「誰が何と言おうとお前は違うんだよ」
「…じゃあ」



何が違うんですかと、少し意地悪をしてみた。
口にしたことがコツンと当たって、南沢さんの頭の三角の耳が二三回動いた。案の定筋道立てずに喋っていたようで、頭の中が一瞬空っぽになったような顔で俺を見ている。一体どんな顔して見詰め返せばいいのか分からなくて兎に角見詰め返した。そんな俺をつゆ知らず南沢さんはぺたんと座り込み、指折りを始めた。
一本。また一本。指を折り込んだ。
一体それは何の数ですか。ねえ。



「他の人間と倉間の違うところだよ、これ」



不思議な光り方をしながらもみずみずしい長い時間を閉じ込めた目は言った。言いながらもまた指を折る。折られた指の数はそろそろ10を迎えようとしてはいたけど、俺はそんなもの当てにならないと思ってしまっていた。



「お前は自分勝手じゃないし、俺を化け物とも言わない。ましてや俺を捕まえて見せ物にするわけでもなく家の仕事は手伝うし、礼儀は弁えてる。」
「……あ、」
「それに、お前は優しい」
「…、……」
「お前は正しいなあ」



反論したかった。が、本音達は怯えて口の中から出て行こうとしない。
俺はそんな立派な人間じゃない。所詮は、所詮はあなたのいう『人間』と変わりなんてないのだ。あなたは、人間を嫌った故に直接的な人間の嫌なところしか知らない。見えないところで小さくそれは芽吹いていく。あなたはそれを知らない。俺にもそれは通用することもだ。その事実を拾い忘れてしまったのだろう。それにあなたは気付いてない。



「期待でもしてるんですか」
「いいや、これは事実だろ?」
「…そうですか」



南沢さんはすっかり勝ち誇った気分に浸って満足げだった。それから猫なで声で俺を呼んでまた甘えた。チロチロと頬を舐める舌が、腕に絡む尻尾が、愛しい。



(…重いなあ、その夢)



そんなに期待しないでほしい。俺だって最初はあなたを捕まえて…なんて考えた。自分勝手じゃないなんてのは単に見せないだけ。
でも反論しないのは結局



「南沢さんは甘えたがりですね」



あなたに嫌われたくない浅ましい人間だから、なのか。
そういう意味であなたは綺麗なんだ。














お帰り、花盗人さん

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