俺らの視線のベクトルは、交わらないことの方が多い。勿論サッカーは除いて。
それはそれは上手い具合に交わらない。緻密な計算でもされてんのかと疑う程に。しかし、それを無意識に成し得るくらい互いを嫌っているのかと言えばそうではない。それは過去の話だ。口煩い先輩であり、恋人同士なのだから嫌いな筈がない。本人にこそ言えやしないから此処で大々的に宣言しておく。



「狩屋ーナイスプレイ!」



天真爛漫な声がグラウンドに響いた。誰かというのは雷門イレブンにとっては愚問だ。持ち前のディフェンス能力を駆使してボールをクリアした俺は五月蠅いなあ、と唇を尖らせていながらもそのストレートな抱擁を、受けた。
ご丁寧に抱き締め返して。その際俺の金色の瞳はほんの一瞬だけ霧野先輩に向けられた。それによって伸ばされるだけ伸ばされたラインは当然霧野先輩に向かっていくのだが、あの瞳は此方すら見ていなかった。繋がる点が消えて、プツンとラインが切られてしまった。俺といえば瞳を伏せる程度で特に目立った落ち込みは見せないように気を払った。つまり慣れている。そういうことになる。




少々不満だった。もっと厳密に言ってしまえば欲求不満だった。もっともっと突き詰めてしまうと『本当に愛されてるのか』と漠然に考え込んでいる。霧野先輩は恋愛に関して淡泊な面があった。というかその通りだ。視線が交わされないこともそうだけど、キスも抱擁もそれ以上のことも本当に数える程度しかしていなくて、執着している状態が見られない。元々人を信じることが難な俺(大分克服はされてきているけど)は勿論不安になるわけで。
でもよくよく考えてみるとどうやったら愛されてるっていうのを証明するのか、それが分からない。この世に生まれてまだ13年、ろくに恋愛経験も積んでない俺に分かる筈もない。そういうわけでヤケで剣城君とかには以前よりもちょっかいを出すようになった。そうしている内にあることに気付いてしまう。
嗚呼、俺、霧野先輩に嫉妬して欲しいんだ。そんな、女々しいこと。そんな女々しいことの為に俺は今動いている。分かっていてもそれを下らないとは思いたくなかった。
ぎゅうぎゅうと抱き返していると、その長い時間が気になった天馬君が不思議そうに此方を眺めていた。生憎それに構える気力は無い。まあ取り敢えず放してやる。



「狩屋、大丈夫?」
「あーうん、大丈夫」



大丈夫大丈夫と肩を叩いたけど、逆にますます不思議そうに首を傾げられてしまった。けど彼はキャプテンだしそう長くは俺に構っていられない。天馬君は此方を気にしながらもあちらに走っていった。
また透き通るスカイブルーが気になってしまって視線をやるけどやっぱり交わらなかった。こっち向け、こっち向け、なんて思っても交わらないから泣きたくなる。わざとだったり?
仕方ないのでグラウンド外で待機している神童先輩に寄っていった。人間として割と神童先輩は好きだ。寄っていくとあのほわほわとした笑顔で瞳を俺に向けた。



「ん?どうした?最近多いな」
「ちょっと癒やしが欲しくて」
「…癒やし?」
「傷付いているもので」



そう捨てるように告げると触れて欲しくないことが分かったのか、何も言わずに頭を撫でられた。あ、余計泣きそう。あーあ、どうせまた見てないし何とも思わないんだろうな。
また霧野先輩のいる方向に半ば投げやりにベクトルを飛ばしてやった。



「狩屋あ!!!」
「…っわ!?」



イレブン全員の肩が大きく飛び跳ねた。ポンポンと頭を撫でていた神童先輩もこれには吃驚して、それから何故かソロソロと手を退けていってしまった。
俺はずっと欲しかったベクトルが差し出された癖にパッと自分のベクトルを引き戻してしまう。違う違う、こんなことがしたかったんじゃない!けど体は言うことを聞かないまま、スパイクの踏み締める音を聞いた。



「神童、ちょっと狩屋借りるな」



バキンと、先輩の華奢な掌が手にしていた缶ジュースを『握り潰した』。中身の檸檬が香る黄色い炭酸水が乱暴に宙に舞う。ちらっと缶の表記を見てアルミ缶であることにまだ安心を残せた。けれども、どちらにせよ缶ジュースを余裕で握り潰す彼氏なんて嫌だ。炭酸水が掛かったのにも崩さないとても綺麗な顔に乗った唇が言う。



「ちょっと来い」
「えっちょっ…!」



あれ、可笑しい。霧野先輩って今までこんな痛いことしてたっけ?ギリギリと指の間に食い込む指が痛い。強く引かれるのも痛い。嗚呼今度は痛くて泣きそう。
握り潰された缶が放られて、放物線を描いてゴミ箱に入った。ガコンなんて空気の読めない音がする。



「狩屋、俺が気付いてないとでも思ったか?」
「っ…は…?何が?」
「欲求不満だったのかあーそっかそっか。顔に書いてあるよ」
「え、」
「そんであれだろ?俺がキスやらセックスやらに興味なさげだからホントに自分のこと好きなのかなーとか、思ったんだろ?ん?」



霧野先輩はとても愉しそうに論破した。正にその通りな俺は口をパクパク、さながら金魚みたいになっている。格好悪い話だけど事実だから反論なんて思い付かないし、無い。



「可愛いよなあお前。ホント、だから我慢すんの大変だったよ。でもお前のこと大切にしたかったから」
「…大切?」
「大切だから手ぇ出さないって愛情表現もあんだよ」
「…なにそれ、よく分かんねえ」
「でもお前がそんなに食われたいなら喜んで」



振り向いた意地の悪い笑みにゾクッとしてしまったのが、口惜しい。














わたくしが攫いたくて仕方がないあの眼球

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