*ちょっと注意



















過去に一度、自殺しようとした事がある。
別に虐めに遭っていたとか精神が病んでたとかでは無い。単にそう思った。自殺に憧れていたのだ。その憧れの自殺を自分がしたらどうなるのか、興味本位だった。
時を同じくして、自殺しようとしたこの命を掬い上げられたことも一度遭った。(此方も別に「俺飛び降りるから」とか言ったわけでも連絡したわけでもない)あのサイケデリックな髪色にぶち壊された気がしないでもないけれど、所詮興味本位なのだから少しの偶然(本人は必然だと言った)で一気に興が削がれることなんて頻繁なんだろう。



「駄目ですよ、南沢さん」
「死ぬのは」



其処からのあいつの台詞が思い出せない。








「海は、川の集まりなんですよね」
「そうなるな」
「水に含まれる塩分やらマグネシウムやらが違うし味も違うのに、何ででしょう?」
「さあな」
「そういえば死海は塩分が高いらしいですね。不味そう」
「そうだな」
「まあだから人間が軽々と浮力によって浮くんですけど」
「そうだな」
「ああそうそう、塩水の海があるなら砂糖水の海があってもいいと思いません?」
「うん」
「俺それなら溺れても甘いのが口に流れ込むだけで後味悪くないじゃんって思うんです」
「そう、だな」



おい今のは『どっち』の意味で言ったんだよ。
我ながら気怠い声で言ってはみたが、霧野は俺の手を引いてエスコートが続く。それからくるりとサイケデリックな二つ結びを揺らして此方を見ると、人差し指を唇に当てる。教えないってか。
別にいいけれど。
霧野はまた俺を導いていく。足の指の間にまで入り込む細かい粒が生々しい。裸足が長く小さく足跡を残している。歩くときには、本来しっかり足元を見つつ前を向いて歩かないと危ないところだが、今の俺は霧野の頭しか見ていなかった。
フワフワと二つ結びが潮風に揺れて、ただ俺はそれを追っている。霧野はあちら側を向いたまま口早に喋り続けている。無言でいるのも何だか気まずいから自動的に出てくる相槌を打った。霧野は特に何も言わない。



「霧野」
「はい?」



でも、呼ぶとあちら側に向いた顔を少しだけ此方に向けるのだ。きちんと喋りも止めて。きちんと、歩くのも止めて。
繋がれているわけではない握り返せない掌が、無意味に泳いだ。
逆光で見えない女顔を追いかけて、泳ぐ。



「どうして、『此処』なんだよ」
「えー意味なんてありませんって」
「言わないと一緒に行かないぜ」



そんなわけないのに。
このピンク髪は何が不安なのかこんな脅しに弱かった。そもそもそんなに弱い奴だったろうか。少なくとも、俺の記憶には無かった。
霧野は顔を水平線に向けてポツリと投げた。



「だっていくわけじゃないですから」
「…へえ」
「割と冷静ですね、そんなところも好きですよ」
「逸らすな」
「…還るんですもん」
「何処に」



に、と言い終わらない内にまたぐいっとさっきよりも強い力が俺を引っ張った。危うく裸の爪先で転びそうになった。さっきよりも、余裕が無くなった。



「俺の世界に」



俺はそれに反応出来なかった。不意打ちに足元を海水が襲う。足元なんかに気が回っていなかったから全身がビクリと強張って足が止まった。霧野は止まっていない。掴まれた腕が張った。ダイレクトに伝わる水の感覚が、自分が今何処にいて何をしようとしているのかを思い知らせた。足は動かない。



「…何か、生存本能が働いてるみたいだ」



ぐるり。
そうした霧野は、真顔だった。まるでこうなるのが分かっていたように真顔だった。何もない。
どうりで好きだと言われても嬉しくなかったわけだ。



「そう、ですか」
「…どうすんの」




おかしいなあ。わざとらしく声高に言われた。何?何がおかしいって?



「どうして俺には働かないんですかね」



お前が生きようと思ってないからだろ。
言えば霧野は手を離した。ガクンと力なく腕が胴体の脇へ振り子運動をした。元に戻る。元に戻っていく。
そんな目で俺を見つめるだなんて知らない。



「もう疲れちゃって」



自殺する際の王道な一言だった。



「恋愛するのって結構エネルギー使うんですよ」
「ふうん」
「嫉妬するのとか特に」
「へえ」
「だから連れて行っちゃおうかなって。嫉妬しなくてもいいように」



知らない知らない。俺そんなお前知らないよ。
霧野は疲れたように遠くを見て笑った。遠くを見ているくせに俺を見てる。皮だけが冷静な温度と体温の不一致が妙に鮮明で目も少し泳いだ。



「でもこれじゃ南沢さんのこと考えられてないですね」



すいませんと疲れたスカイブルーが歪んで言った。
何で謝るんだよ、お前何が悪いと思って謝ってんの。
嗚呼、ひょっとして俺ってばコイツのこと『知っているようで知らなかった』のか。
じゃあ、と手を振られて霧野がザブンと足を踏み締めた。おい、何処行くの。なあ、何処に逝くんだ。また逆戻りしそうな言葉しか出ない口が言った。返答は無いままどんどん海水の中を歩いていく。動けなかった左足が、浮いた。ドンドン波紋を作って足早に二の腕に手を伸ばした。纏わりつく水圧が邪魔だった。



「南沢さん、生きたいんでしょ?なら生きてくださいよ」
「…気が変わった。」
「そりゃまた何で」
「お前の世界、興味ある」



強いようで弱い霧野の世界。興味が湧いた。飛び降りようとしたあの時のように興味が勝った。
それを止めた筈の後輩は今や俺と立場を交代していた。妙な話だ、笑えない、こともない。



「…じゃあ還りましょうか」



霧野が疲れた感じなど感じさせない満面の笑みを零した。零した笑みが水面に映る。



『死ぬのは二人でしましょう?』



もしかしてこうなるって分かってた?















瓶の中に滔々

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