「…しまった…」
目が、覚めた。
この一文でなら何てことはない。もう一度寝るなり何なりすればいい。しかし、そうもいかない。
「…夜中の三時って」
凄く困る。困った。迷った。判断し難い。
まだ四時だとかなら起きるし、一時やら十二時ならば寝ることを選択する。が、三時となると話が別だ。夜中の三時と言うか朝方の三時と言うか、物凄く曖昧な時間だ。因みに俺はどちらが正しいのか知らない。
粗雑にカーテンを引っ張ると、薄暗い絵の具がぶちまけられた景色が広がる。ますますどうすればいいのか分からない。
と、突然鳴り出すこの絵の具の色彩に似つかわしくない電子音。時間にも似つかわしくない、違和感だらけの着信音。手に取る指先は迷わない。
「ん、もしもし?お前狩屋だろ」
「…いや、何でそれが第一声なんですか…」
やや引かれてしまった。
「何だ、お前も目が覚めてたのか」
「あれ、先輩もなんだ?」
「ん、なんかな。何すればいいのか考えてたとこだ」
「わあい、尚更丁度良いですね」
ちょっと外出ませんか?
またしても俺の足は迷わない。指先も迷わずパーカーを掴んだ。
「何だ、宛て無いのかよ」
「うーん、ナイデスネー」
「片言かよ…」
宛ては無かったらしい。二人してフヨフヨ漂って、結局近所の公園に来た。そんなに時間は潰れていないみたいで、まだ、薄暗い。その絵の具がブランコやベンチに滲んで、シンプルという感想をモノクロというのに塗り替えられた。勿論、俺らを除いて。
「まだ街灯点いてますもんねーそんな時間に宛てがあるっていう方が違和感ですよ」
狩屋が煩わしそうにコツンと街灯の柱部分を鳴らす。鉄パイプと同じ音がする。ジリジリとした電気が焚かれる音が、止まない。やっぱりまだ夜中みたいなものなんだろうか。
一本の街灯が、ぽっかり光るスポットライトに見えた。
「…狩屋、踊ろう」
「はあ?」
豆鉄砲を食らったような狩屋をぐいっと引き寄せて、右手を取った。狩屋は言葉を理解するのに思考をフル回転させてるみたいだ。
「いや、…てか何で?、いやいや、その前に先輩踊れんの…?つか、フォークダンス?」
「まあ、少しな。名前は忘れたけど…少なくともフォークダンスじゃない」
今度は左手を取る。狩屋はまだ話が繋がらないことに納得出来ないようだけど、まあ無理も無いような。
俺は紳士が淑女にするような会釈をする。ジジッと、頭上で電気が強く弾ける。狩屋からは戸惑ったような声が零れている。
「ほら、右足出せ。それから左手こっち」
「えっえっ…ちょ、」
腰に意識がいかないくらい僅かに手を添えて促す。ぎこちなく狩屋が足を出して左手を俺に委ねた。やっぱりコイツ器用だ。
俺はまあちぐはぐなことには目を瞑ってステップを繰り出す。器用に狩屋も付いて来る。
くるりと回転すると、段々ちぐはぐさがすり減ってきた。
「何でこんなの踊れるんですか」
「あー…親に一時期習わされてな」
自分から聞いてきといて興味なさげな返事が戻ってきた。多分これ、俺が神童絡みのことを言えば違う返事が戻ってくるんだろう。でも別に狩屋の嫉妬心が欲しいわけではないから言わない。嘘も方便だし。そうそう、何時ものこと考えたらおあいこだ。寧ろ俺のが少ないくらいだ。
「男同士でこんなん踊っていいのやら」
「大丈夫お前可愛いし」
「いや、霧野先輩には言われたくないです!」
「寧ろ女同士に見えるんじゃないか?」
「えー…」
「冗談だ」
刹那、腰に添えた手で華奢な体を引き寄せて、ポスンと腕の中に閉じ込めた。不意打ちにビクンと狩屋が文字化も言語化も出来ないような変な声を上げた。そこらへんは不器用だ。
今日は練習もオフだし、どっか出掛けるか。
そう提案する頃には頭上には空色が滲んできていた。
一輪二輪と手向け華に集る
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