憎しみと焦がれた愛情と涙と、そんな荷物を背負っていた。そう生きていこうと決めたのだあの日に。今、それらを下ろしたつもりはなかった。ただ違うのは、楽しい、のだ。彼がいることが、彼らといたことが。
荷物を下ろしたつもりはない。今でも忘れてなどいない。いない。
「…おやすみ、白竜」
さっきも交わした挨拶を今度は僕が一人呟く。交わしはするが僕は眠れなかった。疲れないからということもあるが、夜はあまりいい記憶もない。眠れなかった。
僕はまだ独り夜に無理矢理眠った日々を忘れられなかった。
「おやすみ、」
よくお眠りよ。良い夢を見なよ。そうなることを祈るよ。僕の祈りなんか縁起悪いかもしれないけど。
「おやすみ、シュウ」
びくりと伸ばした右腕が震える。掴まれた。
人間のそれより鋭い爪の生えた手が僕の手を撫でた。
「良い夢を」
じわりじわりと視界がぼやけて、笑った。
2013.03.08 (Fri) 08:45
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