5話(loto)
レンヤが私のそばを離れることは珍しいことではあるが、全くないわけじゃない。
そして、私はこの時を狙っていた。
「ミズホ、私は少し出掛けてくるよ。後を頼む。」
ミズホに声を掛けるとびっくりした顔をする。
「だ、ダメですよ!レンヤ兄さんに怒られてしまいます!」
慌てて引き留めるミズホにレンヤがそんなに怖いのかと疑問に思うが、今はそんな場合じゃない。
「大丈夫、父上の所に行くだけだよ。レンヤが戻るまでには戻る。」
せめて着いて来ようとするミズホを振り切り、執務室に向かう。
父上は執務室でもう仕事をしているはずだ。
父上は苦手だ。
幼い頃から愛してもらった覚えはなく、ただただ怖かった。
そんな父上の所に行くのは、そろそろ話が出てくるだろう私の結婚の話を少しでも長く延ばしてもらうためだ。
他の国の姫との結婚はどうしても逃れられないだろう。
国の力を強くするためにも、王族同士の繋がりは重要なものになる。
国を背負う者としての責務だ。
それならせめて、少しでも後に。
執務室の前に来ると中から人の声がした。
父上と側近のものだろう。話を遮るのも忍びなく、ドアの外で待つと否応もなく話の内容が耳に入ってきた。
「あいつの嫁には隣国の姫がいいか、それとも海向こうの強国の姫か。」
「王子は嫌がられていたのでは?」
「あいつの意思など関係ない。あの役立たずにはこれくらいは役に立ってもらわなければな。」
「そうですね。」
ドア一枚向こうで笑う二人の会話を聞いた背筋が寒くなった。
そして、ないとわかっていたはずの父上の情を頼ろうとした浅はかな自分を知った。
それでも、言わなければ話は進んでいく。
「父上、失礼します。結婚の話は無しにして頂きたいのです。私に結婚はまだ早…」
最後まで言わせてももらえず、低い威厳のある声に遮られる。
「お前は口出しをするな。私の言う通りに従えばいい。」
「しかし!」
ここをなんとか説得しなければならないのに、父上に睨まれて体が震える。
「うるさい。お前がまだ結婚せぬと言うなら、ルナを海向こうの国に嫁がせる。」
父上の脅しは私にとって衝撃だった。
妹までもこの人にとってはただの道具でしかないことがわかったからだ。
「あの国の王は残虐非道という噂ではないですか!」
だから、嫁がせるわけにはいかない。
ルナには幸せになってもらいたいのだ。
たとえ、私がどうなろうとも。
「結婚は決まりだ。まだ相手は決まっていないが、役に立ってもらうぞ。わかったなら出ていけ。」
「父上!」
少しも話を聞いてもらえず、側近のものに部屋から追い出される。
諦めるわけにはいかないとドアノブを回すが、鍵が掛かっていた。
茫然自失になりながら部屋へと戻る。
レンヤはまだ戻っていない。
心配するミズホに人払いを頼み、ベッドに倒れ込む。
今は、何も考えたくなかった。
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