昔を思い出す雨の音


「レンヤ、紅茶が飲みたい。」

自分の部屋で勉強中だったが、疲れてしまった。
少しの休憩とレンヤが淹れてくれる甘い紅茶を体が必要としている。

「では、淹れてきますから少しお待ち下さい。」

レンヤが紅茶を淹れに後ろ姿を見つめながら、頭を机に預ける。
こんな格好はしてはいけないのだけど。
窓の外は景色が見えないほどの土砂降りだった。
その雨を何とはなしに眺める。
そういえば、あの時もこんな雨だった。
僕がレンヤを信用し始めたあの出来事があった日も。


「王子!どこにいらっしゃるのですか!?」

叫ぶ声を後目に物陰に隠れて城を抜け出す。
叫んでいるのは最近来た僕の側近だった。
これまでの側近は、僕を利用しようとするやつか、僕を邪魔で消したいと思うやつのどちらかだった。
だから僕は信用しないし、近づかない。
だけど、近くで僕を守るのが仕事の彼らは僕が離れる度に探さなければならない。
それで、手に負えないと次々辞めていった。
今度の彼はいつまでもつのだろうか。

城を抜け出した僕は花畑で妹のルナのために花を摘むことが多かった。
城に飾られる花に比べて野の花は鮮やかさはないだろう。
でも、ルナはいつも喜んでくれていた。
城のすぐ傍を流れる川の上流にある花畑は子供の足では行くのに小一時間はかかってしまう。
この間は花畑に行く途中であの側近に見つかってしまい、危うく花畑の存在を知られてしまう所だった。
あの側近は勘がいいのか、すぐに見つかってしまう。
そのため最近は花畑に行けていなかったのだ。

「やっぱり綺麗だなぁ。」

久しぶりに来た花畑は変わることなく綺麗だった。
しばらく花を愛でた後、ルナにあげる花束を作るために花を摘んでいく。
久しぶりだったから、大きな花束にするつもりだった。
必死に花を摘んでいたから気づかなかったんだ。
空模様が怪しくなってきたことに。


「いない!どこにいったんだ!」

王子が消えてすでに2時間がたっていた。
城のどこを探しても見つからない。めぼしい所も城の近くもすでに探した。
焦る気持ちだけが募っていく。
どうか無事でいてほしい、ただそれだけを願っていた。

「兄さんがいないの?」

ルナ様が声をかけてきた。
クイエート様が大切にされている妹君だ。

「ルナ様…。はい、申し訳ありません。」

2時間探しても見つからないなんて今までなかったというのに。

「もしかしたら、川の上流の花畑に行ったかもしれないの。探してきてくれる?」 
「花畑!?」

もう雨が降り出して半時間くらいはたっている。
震えて凍えているかもしれない。
早く迎えに行かなくては。
取る物もとりあえず、すぐに城を飛び出した。

降り出した雨はあっと言う間もなく土砂降りへと変わった。
大木の下に避難するがすぐに服も髪もびしょ濡れに変わった。
冷たい雨にどんどん体温が奪われていく。
帰るに帰れず大木の下でうずくまっていると更に上流からドドトッとすごい音がし、大量の水が流れてきた。
その水は僕を飲み込もうとするが、なんとか木々の枝に捕まる。
しかし、かじかんで力の入らない手では、流されるのも時間の問題だった。

「まだ死ぬわけにはいかないのに…!」

僕が死んだらルナを守る人が居なくなってしまう。
この命に未練はないけれど、ルナを託せる人が現れるまで僕が守らなきゃいけないから。
それに、僕が死んだらルナだけは悲しむだろう。
ルナの泣き顔は見たくない。
薄れゆく意識の中、僕の頭の中に浮かんだのは何故かあの側近の顔だった。

「クイエート様!」

馬の嘶きと共に聞こえたのは、必死そうな側近の声。
何をそんなに必死になっているのか気になり、重たいまぶたを開ける。

「クイエート様!今、助けに行きますからもう少し頑張って下さいね!」

近くの木にロープを巻き、更に自分にもロープを巻きつける側近。
その姿を見てようやく何をするつもりなのかわかった。

「やめろ!こんな川に入ろうなんて無茶だ!」

叫んでも側近は止めようとはしない。
下手したら自分まで流されて死んでしまうかもしれないというのに。

「必ず、助けます。」

そう言って飛び込んだ側近は流されることなく真っ直ぐに泳いできた。
そして、その腕にしっかりと僕を抱きかかえるとロープを頼りに岸まで泳いでいった。

「何で一人で行ったんですか!間に合わなかったら死んでいたかもしれないんですよ!?」

岸に上がった側近は力強く僕を抱きしめる。
側近の体も冷えてるはずなのに、その温もりが心地良い。
怒られているのに何故か安心して涙が流れてきた。

「…城に戻りましょうか。」

側近に抱きかかえられて馬に乗り城に戻る。
抱きかかえられた腕の中、僕は疲れて眠ってしまった。
誰かの腕の中で眠るなんて今までなかったのに。


「紅茶入りましたよ。」

ふわっと紅茶の良い香りが鼻をくすぐる。
僕の好きな香り。

「ありがとう。」

あの時の側近は僕の一番大切な人になった。
もうレンヤがいない世界なんて考えられないほど。
紅茶を一口飲む。
僕にちょうどいい甘さだった。

「何を考えていたのですか?」

レンヤが僕を見て心配そうな顔をする。
僕はレンヤに心配かけてばかりだ。
心配、してもらうのが少し嬉しいけど、申し訳なくなる。

「昔のことだよ」

そう言って窓を見るとレンヤも思い当たったようだった。

「あの時もすごい雨でしたね」

そう言ってレンヤも窓の外も見る。
変わらずすごい雨が降っていた。

「レンヤ、好きだよ」

あの時の側近がレンヤで良かった。




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