×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -




夏休み(砂木沼、緑川、南雲)

■夏休みの宿題(砂木沼)


フットボールフロンティア決勝大会も近い夏のある日。
永世学園では今日も今日とて激しい練習が行われていた。…のだが。




「学生の本分は勉強よ…そして決勝大会が終わってからやり始めるなんて言語道断。
 大会に集中するためにも夏の課題は余裕を持って終わらせておくように」




そう言って瞳子監督が練習の終わりを告げたのは小一時間前。
文武両道を地で行くタツヤや玲奈、割と危機感のあるリュウジや他の面々は
それなりに進みが良いようだが名前の目の前にいるこの男は違った。




「もう一本だ!来ォオイ!!」
「…砂木沼さん、監督の言ってた事覚えてます…?」
「何の事だ!?それより名前!今は練習に集中しろ!!」
「(この人は本当に…)」



言い出したら聞かない砂木沼に話をする為には致し方ない。
渾身のシュートを打つべく名前は地面を踏み込んだ。

遠くでリュウジが『付き合うのも程々にしとけよ名前ー』と
言っているのが聞こえた気がした。




***




「…で、進んでるんですか宿題」
「そんなものはやっていない!」
「正座3時間コースかな…」



秀麗な監督の背後に般若が目を光らせているのが見えるようで背筋が凍った。
とばっちりを受けるのは自分達なので何とかやる気にさせるべく説得を試みたい所だ。


しかし、当の本人は『いずれ来るべくものは来るのだから
ドンと構えておけばいいだろう!』とまだまだ居残り練習をする気である。

いずれって言うけど試合や練習してたら
そこまで遠い未来じゃないよ…と名前はげんなりした。



「GKらしい表現は良いんですけど、ちょっとは危機感持って…
 ギリギリで泣きつかれても私、助けられないですからね」
「何を言ってる?追い詰められた時こそ己の真価が発揮されると言うもの!!」
「駄目だ、日本語が通じない…」



何を言ってるのか聞きたいのはこっちである。
やれば出来る力はあるのに、やろうとしないのはどうしたもんかと
項垂れる名前に砂木沼は言う。



「そうは言うがお前だって相手が強大な程、燃えるタチだろう!」
「いや私は良いんですよ、もう終わってるんで…
 そもそも砂木沼さんレベルのMっ気ないんで」
「逆境に打ち勝ってこそ真の強者!さぁっ、練習に戻るぞ!PKだ!」
「自分から逆境作らないで下さ…って聞いてないな」



本当に話を聞かない人だ、そして究極にポジティブ。
呆れ返る気持ちもあるが、もはや一周回って頼もしい。
やれやれと足元のボールをライン近くに転がすと、砂木沼の表情もイキイキしてくる。



「ふっ、やはりお前も練習し足りないと見える!良いぞ名前!
 お前のそういう所、俺は嫌いではない!!」
「…私が3本決めたら強制終了して宿題やりますよ」
「よかろう!いざ勝負っ!!」
「お手柔らかに」



口にこそ出さないが、名前も砂木沼の潔さや気概は嫌いではない。
だからこうやって振り回され、何だかんだ言い分に付き合って
周りに甘いとひやかされるのだが。

まぁ、それは良いにしても宿題をやらなければ地獄を見るのは彼である。
好きなサッカーも出来ずに缶詰めにされて課題をこなす苦痛なんて経験しないに限る。




「(ーーー…さくっと決めて帰る。それで宿題終わらせて練習に集中してもらう。
 …今、私が砂木沼さんに出来るのはそれだけ!)」



好きな事に文句を言われない為にやるべき事をやる。
その考え方を知ってもらうべく、名前は土で汚れたボールを蹴り上げたのだった…ーーー。








■肝試し(緑川)



「…で、この祠を開けてこの指輪を置いて…」
「止めろ名前、『触らぬ神に祟りなし』だぞ!
 この祠、絶対何か仕掛けがあるじゃないか!!」
「いや、仕掛け発動させていって謎を解かないと出られないからね…」



夏休み、緑川と名前は近くのショッピングモールにある設営型お化け屋敷に来ていた。
目当ては参加賞『全国ご当地妖怪が簡単にまとまったブックレット』だ。




「そもそも何でそんなもの欲しいんだよ!本屋行けよ!検索しろよ!」
「買ったり調べたりするほどの価値を私は妖怪に感じない」
「何でここに入ろうと思った!?」
「園のおチビちゃんたちが欲しいとか言ってたからさ〜」



このお化け屋敷は有名な怪談収集家が監修しているらしく、
トラウマになりかねないので小学生以下は参加出来ないとの事。
そこで名前が調達役を買って出たという訳だ。
因みに男女ペアである事もルールだという事でリュウジが着いて来てくれている。




「リュウジも嫌ならわざわざついてこなくて良かったのに…」
「おっお前が『その辺の男適当に捕まえてくる』とか言うからだろ!?」
「まぁ…商品貰えたら誰でも良かったと思ってた事は認めよう。
 でもそんな言い方だったっけ」
「俺にはそう聞こえたの!変な男に当たったらどうするつもりだったんだよ!」



何かあったら『後の祭り』なんだぞ!とプンプン怒っているリュウジ。
彼なりに心配してくれていたのだ。…怖いのに。
それを考えると悪い事をしたかなぁと罪悪感が芽生えてくる。




「ごめんねリュウジ。怖いの嫌いなのに着いて来てもらって」
「…別に怖くないし」
「お日さま園に帰ったらプリンあげるから許して」
「馬鹿…そんなの無くたっていいんだよ。名前が危ない目に遭わなかったら」




照れ隠しなのか茶化しているのか、
彼は『でもそこまで言うならプリンは貰う』とも言った。

少しは埋め合わせが出来ただろうかと窺っていると、
視線に気づいて名前の手を取る。




「…ゴールまでどれだけあるか知らないけど、
 暗がりではぐれたら名前の事助けられないからこうしてる」
「成程、分かった。じゃあリュウジが驚いて転びそうになったら私が支えるわ。
 試合近いのにねん挫とか笑えないしね!」
「転ばないよ!」
 



もうっ!と憤慨しながらもリュウジは名前に案内を任せる。

程なくして叫び声は何度か上がるのだが、それでもお互いの手は離さないまま
2人は参加賞を手に入れてお日さま園に凱旋したのだった…−−−。








■水やり当番(南雲)



夏休みに入り、水やりをする人間がいなければあっという間に枯れてしまう、
そんな環境の中プランターいっぱいに向日葵が咲いている。

暑いのをものともせず姿勢よく佇んでいるのは、ひとえに彼女の水やりのおかげか。





「名前、今日お前の当番か?」
「晴矢君。ううん、来られなくなった子の代わりだよ」
「この前も同じような事言ってなかったか?」
「あはは、そうかも。でも花のお世話嫌いじゃないから良いの」



お人良しの彼女の名は名前。
体が強くないからサッカーこそしていないが、お日さま園の幼馴染の一人だ。

小さい頃から一緒で、永世学園に上がってもよくつるんで…
最近になってようやく恋人同士になった大切な少女。




「特に向日葵は好きだから枯らせたくないしね」
「…ふぅん」



そんな事は初耳だが、何か想い出でもあるのだろうか。
聞いても良いのだろうか、それとも触れられたくないのか。
ミンミン、ジージーと鳴くセミの声が空からの熱波と相まって判断力を削ぐ。

素っ気ない様に返したが、名前の事なら知っていたい。
ただ、無遠慮に彼女の心を踏み荒らすのは憚られた。




「覚えてないかなぁ。晴矢君が小さい時にくれたんだよ」
「俺が?…向日葵を…」
「そう、折り紙で作ったやつなんだけどね。今も私のお部屋にあるよ」



そわそわしている様子で察したのか、名前の方から話してくれた。
彼女も伊達に何年も南雲と過ごしていないのだ。





小さい時の事なんて覚えていない。
幼い自分は何を思って向日葵を作って渡したのか、今では見当もつかない。

思い出せねぇ。
ポツリと溢すと、名前は私が嬉しくて覚えてるだけだから気にしないでと笑う。




「…俺が覚えてんのは」
「うん?」
「お前がここに来た時から、細っちくて泣きそうな顔ばっかして…
 他の奴らと何か違ったから、気にしてやんねえとって思った事だけだ」
「初めて聞いた!そっか…ずっとそうしてくれてたんだね。ありがとう」



思えばそれは一目惚れで初恋だったのかも知れない。
強烈な印象だけが日焼け跡のように心に焼き付いて離れない。
リアルタイムで感じる熱のように鮮明な慕情はその時から変わらないのだ。

名前にとってのその瞬間は
きっと自分が作り物の向日葵を渡した時だったのだろうと思う。
…勝手な予想ではあるが。




「女って花とかホント好きだよなぁ」
「お花そのものって言うか、気持ちが嬉しいんじゃないかなぁ」
「…そーかよ。じゃあまた気が向いたらくれてやるよ」
「嬉しいな、楽しみに待ってる」




今度はもっと、シンプルに好意の伝わる花を送ってやろう。

それこそ誰でも意味を知ってるような真紅の花弁を、
南雲はそっと思い浮かべた…ーーー。



[ 60/64 ]

[*prev] [next#]
[短編目次へ]
[しおりを挟む]