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春を運んで(半田/無印)

−−−雷門中、校門前。
登校中は何事もなかった名前の足取りは鈍くなり、遂に はたと止まってしまう。

見上げると広がる空はパステルカラーにはまだ遠い、薄い薄い青。
その対比でくっきりと見える黒い枝の先には桜の蕾が膨らみ始めていて、新しい季節の訪れを予感させた。

とはいえ、例年より肌寒い今春。
薄桃色の花弁が開くのはもう少し先なのかも知れない。



「(満開の時期には私は雷門にいないかな?)」
「ーーー…あれ、名字じゃん」
「あっ半田君。おはよう」
「はよ。何か用事か?早いじゃん」
「それを言ったら半田君もだよ」



そう言えばそうだな、と恥ずかしそうに頬を掻く仕草の後『俺は何か家にいるの落ち着かなくて』と答えた。



「私は…何となく、かな」
「本当かぁ?校門の前で突っ立ってるからどうしたのかと思った」
「桜の蕾が大きくなってきたなーって見てたんだよ」
「名字の事、花より団子派だと思ってた…」
「どっちも好きだよ?」



私 欲張りだから、と名前が冗談めかして笑えば半田も釣られて笑う。
どこか緊張がほぐれたような表情だった。
部活動で殆ど毎日会っていた間柄、それくらいは察する事が出来た。



「半田君、何か心配事でもあるの?顔が強張ってるねぇ」
「気になる事って、お前なぁ…。今って言えば入試の結果だろっ」
「入試」



あぁ、そう言えば。
自分も先日受けて来たのだが、まるで思い至らなかった。
余裕かよ…と半田は肩を落としている。
聞くのはさすがによしておくつもりだが、彼の反応からすると手応えがイマイチだったのだろうか。



「余裕っていうか…あんまり覚えてない?かも…」
「そりゃ俺だってそうだけどさ…必死だったもんな…」
「なら一緒じゃ?」
「俺は結果がどうだったかハラハラしてんの!
お前、試合中もそうだけどホント腹座ってるよなぁ…」
「そうかなぁ」



半田は確か、行きたい学校一本に絞ったのだったろうか。
それなら不安は当たり前だろう、何せ進路がかかっている。
彼だけでなく、進学を希望する生徒は例外なくそうだろうと思う。
かく言う名前もその1人の筈なのだがそれほどまでに結果に関心を割く事が出来なかった。

名前の場合、気掛かりなのは入試テストの結果よりも寧ろ…ーーー。



「(卒業式が終わったら、こんな風に半田君や皆と話したり出来なくなるんだなぁ…)」



先に行く場所に思いを馳せる者があれば、過去になっていく場所を名残惜しむ者もある。
そして名前は後者だった。



「? 何だよ、微妙な顔して…」
「うーん、卒業したらサッカー部の皆とも会えないし寂しくなるなぁって」
「あ…、そう言えばもうちょいだな。
答辞って雷門だっけ、予行もあるけど流れ覚えてられるかな…ミスったら睨まれそ…」
「…、そうだね。気を付けないと卒業式で怒られちゃうね」



話のズレを感じたが半田の心配事への意識も少し薄れたようだし、そのまま流れるならそれでも良いかと相槌を打つ。
それに話題に置き続けたところでどうしようもない事でもある。
こちらが動かずとも時間は進むし、それに伴って人の環境や生活は変わるのだから。



「−−−…でもさ。名字がそんな風に思ってるのちょっと嬉しいかも、俺」
「そうかな?」
「お前『去る者追わず来る者拒まず』って感じの所あるからさ。
諦めが良いっていうか、変に流れに逆らわないっていうか、拘らないっていうか…」
「半田君は割と私に失礼だよね…」
「べ、別に悪いって言ってないだろ!」
「あ、うん。そこまで気にしている訳じゃないから大丈夫。
確かに当てはまってるところもあるなーって」



諦めが良い。逆らわない。拘らない。
それは何となく自分に当てはまっている気もする。
例えば小学校の卒業式。
号泣しあう周りを他所に、特に感慨もなく過ぎた6年間の節目。



「淡泊なのかも、私」
「…そういう所もない事はないと思う」
「うーん、そこは否定でフォローして欲しかった。でも事実だから仕方ないか、50点」
「は!?っくそ、こんな時まで50点とか…!」
「正直なのは半田君の良い所だと思うけど、たまには違う事もしてみよう」
「何だよそれー!あーっもう話反れた!!
俺が言いたかったのはこう…意外だったけど、俺達を大事だって思ってくれてるのが分かって良かったっていうか…」
「(…、あ…)」



あー、上手く言えねぇ!と頭を抱える半田。
名前は彼の言葉をゆっくりと反芻する。
途切れ途切れの文章が優しい。



「ありがとう半田君。流暢じゃなくても伝わってるよ。
それに、今話してて気づいた事もあるし」
「? 何だそりゃ…」
「私ね、小学校の卒業も友達と離れたりするのは寂しいなって思ったけど…別に卒業自体は寂しくなかったんだ」



そこにいる人との繋がりは大事だと知っていた。
けれど「学校」という箱には興味が、思い入れが持てなかった。
自分にとって『場所』はどうあっても『場所』で、それ以上の価値にはならなかった。



「でも今は…サッカー部には、雷門中学には卒業が寂しいって思えるんだなって」
「…」
「気付かない内にそれだけ好きなものが出来てるって、何か…。
何か、…ーーー凄い事だね」
「−−−…あったり前だろ、俺達どれだけ濃い3年間送ってきたと思ってんだよ」



廃部危機、フットボールフロンティア優勝、宇宙人騒ぎ、俺は出てないけど世界大会だろ…と指折り数える半田。



「合宿とかもあったろ」
「春のピクニックが大特訓大会になったりとか」
「あったあった!」
「ね」
「夏は暑かったけど響木監督が冷麺作ってくれたりしてさ」
「アレは美味しかったね〜」



秋は、冬場はこうだった等々。
どれもこれも楽しい…思い出ばかりではなかったけど、ハプニングさえ記憶を手繰れば愛おしい。



「…−−−楽しかったなぁ中学生活…ん?中学校っていうかサッカー部活動かぁ」
「…そうだな。部活漬けだったな…でも楽しかったし後悔とかないわ俺」
「うん、私も」



だからこそ、終わりが近づくのが寂しい。



「…−−−名字が、さ」
「うん?」
「『淡泊だから卒業も平気』って言い切れるような中学生活じゃなくて良かった、って思うよ。俺は」
「…」



−−−言ったら泣いてしまいそうで、半田君は優しいねという言葉は飲み込んだ。

代わりに『今のは100点満点』と言うと予想外に何だか不満そうに、けれども何だか困った顔をした。



「…無理に茶化すなよ」
「えっ?…うーん、ごめんなさい?」
「分かってないのに謝るのも駄目」



要領良い奴はこれだからなー、と愚痴の様に溢す。
何がいけなかったのかは分からなかったが彼の次の言葉を待つ。



「卒業は寂しいけどさ。俺は名字が思ってる程は変わんない気がしてるんだ」
「変わらない?」
「あぁ。そりゃ毎日部活してる時みたいに会うとかはなくなるだろうけど、住所も変わる訳じゃないし、携帯番号知ってるし、メールも出来るし…何なら登校の時に電車の駅とかでばったりとかもありそうだし」
「…!」
「それにホラ、呼びかけたら集まって来ない奴らじゃないだろ?
俺は、少なくとも行くだろうし…−−−だからさ、あんまり悲しそうな顔するなよ」
「…、…−−−」



そうだ。
本当に、そう。
卒業したって繋がりが絶たれる訳ではない。
その程度で断ち切れるような関係性ならきっとこんなにも苦しくない。
きっとどこかで分かっていたのに、自分ではもしかしたらという不安が拭い切れなかった。

でも、今し方彼が全部欲しい言葉をくれた。
寂しいのは変わらないけれど、それだけではない。
皆にも名前にも…−−−新しい始まりが待っている。



「−−−うん、…そうだね!
ありがとう半田君。励ましてくれて。おかげさまで元気が出たよ」
「っい、いや別に…ま、いつもは名字が励ましてくれてたからな。
こんな時くらい逆になっても良いだろ!…、…」
「?」
「あー…、えっと、さ…」
「…?」



率直な感謝に照れ臭さを隠しきれない様子の半田は、何か他に言いたい事があるのか言葉にならない場繋ぎ表現を続ける。



「んー、その…名字はやっぱ、笑ってる方が良いな。何かこっちもホッとするって言うか…」
「え?あ、ありがとう。半田君ほどストレートに言われた事ないから嬉しいよ」
「っあ!?、いやっ、その…!別に深い意味とかないから!な!!」
「うん、うん。分かった」
「それより!折角早めに来たし俺 久々に部室行って来るっじゃあまた後でな!!」
「え!?待ってよ半田君!部室なら私も行きたいっ」



先に駆けだした半田を追いかけ、名前も走り出す。
先程まで重かった足取りが嘘のように軽く跳ねた。

校門をくぐり部室を目指す2人の頭上には、数えきれない枝先の蕾。
その中にポツリと一輪、薄い花弁が顔を覗かせ始めていた。

それはきっと、しかし確かに訪れるであろう春の兆しなのだった…−−−。









***
(2022/3/24)

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