満員電車に揺られながら私を庇うように目の前に立つ彼をちらりと見上げた。背にはドア、前には彼、横には彼の腕が伸びている。所謂壁ドン状態。電車が揺れる度に少し寄る眉に、申し訳なさと同時に嬉しさも感じた。テツヤ君は私とあまり身長も変わらないし、必然的に顔も近くなり、いつもは暑苦しい満員電車に嫌気がさしている所だが、今日だけは感謝したいぐらいだ。
「なににやけてるんですか」
「べ、別になんでもないよ!」
「そうですか。痛かったり、何かあったら言ってくださいね」
「あ、うん!ありがとうテツヤ君」
「いえ、これくらい。僕も男ですから」
今の台詞はきゅんと音がなったんじゃないかって思ってしまうぐらいの破壊力だ。テツヤ君の優しさに邪なことを考えていたのが申し訳なくなってくる。
ごめんなさいテツヤ君。私この状況を楽しんでました。
だって、好きな人にこんな風に守ってもらえるなんて嬉しいって思ってしまう。普段は優しくてどちらかと言うと男らしいというより紳士的なテツヤ君だけど、今は体をはって私を守ってくれているのだ。満員電車ありがとう!!!
ブレーキがかかり、人混みがどっと押し寄せてくる。ぷるぷると震えたテツヤ君の腕が縮んで、距離が一気に近くなり呑気に嬉しいなんて思っていられなくなってきた。
近すぎる。顔がくっついてしまいそうだ。キスでもできそうな距離にまた邪な気持ちがむくむくと膨れ上がる。
ああ、もうこんな時に私は何を考えてるんだろう。こんなことばかり考えてしまう自分につくづく嫌気がさしていると、はぁとテツヤ君がついたため息が耳にかかり小さく息を呑んだ。やけに熱い息に気持ちが抑えられなくなってくる。
「困りました…」
「な、なにが…?」
「さすがに…これは、きますね色々」
「て、テツヤく…」
「今、なまえさんにキスしたくてたまらないです」
耳元で囁くようなテツヤ君の熱がこもった声が妙に扇情的で、ぞくぞくと背中に何かが走ったみたいに震えて気持ちが高揚する。
すみませんと謝る彼の学ランを掴む。目を少し見開いた彼を見上げる。だって、私も今テツヤ君とキスがしたくてたまらない。
「なまえさん?」
「…分かってるくせに、」
「言ってくれなきゃ分からないですよ」
「何で今そういうスイッチ入っちゃうのかなあ」
「そのスイッチを押すのはいつもなまえさんですけどね」
「…ね、はやく……私もしたいよ…」
私なりに甘い声を出してテツヤ君の学ランを掴んだ手に力を入れる。テツヤ君の唇がいやらしく綺麗な弧を描いた。今の顔好きだなぁ。近づいてくるテツヤ君の顔にそっと目を閉じた。
150124