元々七瀬君はクールで恋愛とか全く興味無さそうだし、水と鯖さえあれば生きていける!みたいな(これは失礼)、そんな彼と付き合えただけでも奇跡みたいなものなのだけれど、もう少し七瀬君に近づきたい。物理的な意味ではなく。
七瀬君は水泳部が忙しいから、一緒に帰るなんて以ての外だし、お弁当ぐらいは〜なんて思ってたけど、いつも水泳部の人達と食べてるみたいだからお邪魔しにくい。てか、そんな勇気持ち合わせてない。
同じクラスなのに、挨拶とか日常的な会話だけでほとんど話さないし、これって付き合ってる内に入るのかなぁ。…入るよね?
考えてみれば私七瀬君のことあまり知らない。誕生日は6月30日。星座はかに座。好きな食べ物は水気のあるもの、特に鯖。水に浸かることが好きで泳ぎが得意、ぐらい。なので、斜め後ろの席を利用して、七瀬君を観察してみた。
得意科目は技術家庭科と美術で、苦手科目は英語。英語の時間は、いつもより苦い顔してたっぽい。料理が得意。お弁当は自分で作ってる。自炊してるならお弁当とか作って来ても迷惑かなぁ。
幼馴染の橘君にはハルと呼ばれている。なにそれ可愛い。しかも七瀬君も真琴と呼び捨て。…名前かぁ。私も名前で呼ばれたいなぁ、でも私も遙君なんてまだ恥ずかしいかもしれない。そもそも、私たちそんなに仲良くないし。
なんとなく、放課後プールの近くまで来ていた。フェンス越しに七瀬君たちの練習風景を見つめる。七瀬君ほんとに気持ち良さそうに泳ぐ。前世は魚か何かだったのかもしれない。くすくすと小さく笑っているとふと私の上に影がさした。アスファルトにぽつぽつと水たまりができる。
「珍しいな」
「な、なな…っ七瀬君…!」
「中に入ってくればいい」
「いいの!ここからでも十分七瀬君見れるから」
「……そうか」
「うん…あ、変態みたいな意味じゃなくてね!?そうじゃなくて!」
「分かってる」
「あ…そっか……」
「……」
「……」
会話がなくなってしまった。ちらりと見上げた七瀬君の引き締まった腹筋に水が滴る。体が一気に熱くなるのを感じた。これこそ変態みたいだ。もうそろそろ帰った方がいいかもしれない。私の心臓が保ちそうにない。
私もう帰るね。練習頑張って、とだけ七瀬君に告げて、その場から離れる。カシャンとフェンスの揺れる音が耳に響いた。
「なまえ!」
「……え?」
「今日は練習が早く終わるんだ。だから、一緒に帰らないか?」
「…帰る…帰りたい!」
「…そうか」
そう告げた七瀬君は少し嬉しそうに見えたのは私の勘違いじゃないはず。
七瀬君のその綺麗な整った唇から紡がれた私の名前。何の変哲もない私の名前がとても素晴らしい言葉のように思えるぐらい、好きな人から名前を呼ばれるってこんなにも嬉しいことなんだ。
七瀬君は私に歩み寄ろうとしてくれてる。七瀬君の背中に向かって今度は私が声をかける番だった。
「遙君!や、やっぱり中で遙君のこと待っててもいいかな!?」
「……ああ」
振り返りざま微笑んだ彼に、心臓が大きく跳ねたのと同時に遙君に少しだけ近づけた気がした。
140914