みんな執事に憧れるじゃない?
何でもできちゃう執事とかちょっといじわるな執事とかさ。で、恋に落ちるみたいな。


そんなのあるわけなかった。


「おいお前だろ。私のケーキ食べたの」
「え、何で俺なの」
「あんたしかありえない」
「俺がお嬢様のケーキなんて食べるわけないでしょ」
「口の周りにクリーム付けて言われてもね」


シラを切る銀さんにそう言えば途端に漫画に視線を移した。それ私のだからね。


「クソ天パがァァァ!」
「グハァァァ」


とりあえず右ストレートをキメておいた。少しの間は動けないだろう。つうか、一生動くな。
ぶっ倒れてる銀さんを一瞥する。こいつは本当に執事なのだろうか。

いつも私の漫画読んでるし、普通に私の部屋で昼寝してるし、天パだし。ジト目で銀さんを見ればあちらも気づいたようで。


「……なんだよ」
「別に」


部屋着を掴みバスルームに向かった。このイライラも流してしまおう。



「ふぅ……きもちよかった」

部屋に戻れば銀さんはいなくて、私はベットにダイブした。あー眠い。


「風邪引くだろバカ」
「いでっ」


頭叩かれた。痛いだろコノヤロー。てか、ノックしろよ。乙女の部屋だぞ。


「ほら、これ飲め」
「……アップルティー?」


私の大好きなアップルティー。何だ気が利くじゃないか、ぽかぽかしてくる。何かこういうところは、


「執事っぽい……」
「いや、執事だから……ったく、世話妬かせんな」
「ぎゃ!」


クシャクシャと塗れた髪をタオルで拭く。………調子狂うなあ。


「世話するのがあんたの仕事じゃない」
「あー、そういえばそうだなー……よし!」
「………ありがと」
「どういたしましてお嬢様?」
「……、」
「………」
「………」
「…………あんまこっち見んな」
「え?」


なんか傷つくんですけど。見てねーよバカヤロー!見てたけども!


「アレだな……風呂上がりってえろ…」
「は」


え、それは、


「それ以上近寄らないで」
「な!?」
「だってー襲われちゃうーきゃー」
「棒読みじゃねーか!」


銀さんが私を襲うとかありえないし。けたけたと笑ってたらベットが軋む音がした。


「なに」
「……」
「やん。私を襲われちゃうのー?」
「そうだっつったら?」
「……、冗談のつもりなんだけど」
「俺は冗談じゃねぇけど?」


マジか、何この状況。頭追いつかない。


「一旦落ち着こう」
「俺は至って冷静だ」
「何なの。発情期なの」
「男はみんな万年発情期なんだよ」


さいってーだな、オイ!


「まあ、今日は…」


ふわりと甘い匂い。見慣れた銀さんの顔と天パが視界いっぱいにあって、リップ音とともに離れた。


「これだけな。おやすみ」


扉が閉まる音がやけに大きく聞こえた。
その日は全然眠れなかった。


「眠い………」
「あ、おはようお嬢様」
「あ………」


昨日の事がフラッシュバックして、銀さんから逃げるようにリビングに走った。真っ赤になった顔は見られたかな。


「………かっわいー」


リビングでさっさと朝食を食べて学校に向かおうとしたら銀さんに捕まった。そのまま車に乗せられてなんとも気まずい。

バックミラー越しに銀さんを見たら目が合ってすぐに逸らした。でも気になってもう一度見たら銀さんもこっちを見てた。運転に集中しやがれ!


学校に着いて銀さんがドアを開ける前に車から飛び出した。そのまま走って校門まで行こうとしたら後ろで声がした。
お辞儀してる姿がいつもより様になってるとか顔を上げた時のにやりとした笑みがカッコいいなんて。



いってらっしゃいませお嬢様

おさまれ私の鼓動!

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