赤司征十郎と言う人間を計り知ることは難しい。何を考えているのか。それなりの仲を築いていて他の人よりは傍にいることが多い緑間でさえ、赤司が巡らせている思考を言い当てたり、予想したりすることは容易ではなかった。表情も所作も紡がれる言葉さえも一片の綻びがないよう計算尽くされてでもいるのか、残念ながらそれらは隠された思惑を紐解くヒントにすらなりえてはくれない。加えて、裏の部分を見せない完璧な笑顔が壁となって余計に分からなくさせる。整った顔立ちはこんなところでも役に立つらしく、毎度この嫌味なほど綺麗な微笑みに緑間をはじめとする赤司の周りの人間は上手く丸め込まれていた。それだけでも十分にしてやられたと思わされるのに、時にそれを態と崩して此方に思惑を気付かせては、戸惑ったり嫌がったりして顔を歪める姿を見て楽しむと言う、何とも質の悪い遊びをすることもあるのだから赤司には困ったものである。だが悲しいかな、それ以外において赤司の考えが露呈することはない。厄介な男だと思う。涼しい顔をして、悩むことなく駒を進める今も変わらず赤司はそうである。緑間だって、こうくるのではないかと何手か先を読んで打っているのに、やはり赤司の方が上手で、その策略を読み取ることも叶わずまた追い詰められていく。本当に厄介で、そして食えない男だ。こうやって緑間と将棋を指している間でも赤司の思考の大半を埋めるのは目の前の対戦相手である自分ではなく、一人の少女なのだろうから腹立たしさを彼は感じずにはいられない。完全に手を抜いている訳ではないだろうが、緑間との勝負にのみ集中してはいないのだから、本気で相手にされないのはどんな勝負においても不愉快でしかない。目の前で対峙する赤司の愉快そうに上がる口角は嫌味ったらしいものなのに、それでいて主人の帰りを今か今かと待ち侘びる子犬のように、自身の待ち人を想う健気さをも見つけることができた。ちぐはぐな共存でも、それが赤司なら何もおかしくはないと思えてしまうあたり、自分は少し感覚がずれ始めているのではないかと緑間は危惧してしまう。苦し紛れの策で駒を進めながら、内心緑間は頭を抱えたい気分になっていた。こうやって対峙する度に緑間は思う。大概、自分も変なところがある人間だが赤司も十分に変な奴だ。赤司の思考など一生かかっても緑間には理解できないのだ。
素直じゃないところがいい。赤司はそう言っていた。加えて、誰に対しても物怖じしない気の強さを持ち合わせており、それでいて一度綻びを突けば容易く壊れてしまいそうな秘められた脆さを隠し持っているところが更に好ましいのだと満足気に語っていた。赤司が口にしたのは、明らかに中学生が持ち出す異性の好みにしては特殊すぎる条件だった。けれど、それを満たす者が偶然か必然か赤司の近くに存在していて、それは同学年で同じ部活の女子生徒だった。ポジションも赤司と同じ、更には彼同様に部のキャプテンである彼女を素直に女の子と形容するとこに、緑間は失礼ながら違和感を覚えてしまう。緑間が持つ女の子のイメージとはかけ離れた赤司のお気に入りは、彼の好みが物語るように世間一般が言う女の子らしさを持ち合わせてはいない。黙っていれば可愛らしいと評判がたったであろう見た目に反して、男勝りもいいところ、彼女は口調も所作も態度も女の子と言うよりは男の子よりだった。少々、古風な考えかもしれないが、多少の強かさがあっても慎ましさを忘れずに持っていてるのが女の子だと緑間は思う。赤司の考えを掴み取れないように、残念ながら彼の異性の好みも理解できない。何より、あれほど好意を拒否されているのに諦めるどころか、面白いと更に惚れ込むなんて、やはり緑間には分からないことばかりだった。

「……なんでここにいるんだよ」
「女バスもミーティングだけだと聞いてね。一緒に帰ろうと思って待ってた」
「ざけんな。あんたと帰るくらいなら緑間と帰った方がマシだ」
「お前こそふざけるな。オレを巻き込むんじゃない」

教室の後ろ側の出入り口に立つ名前は、赤司の姿を捉えた瞬間これでもかと言うほど顔を歪めた。相変わらず赤司に向かう彼女の言葉は棘を隠すこともない辛辣なそれだし、せっかくの整った顔も苦々しく歪められている。その自身に向けられた間違っても歓迎とは取れない態度なんて何処吹く風で、赤司は至極楽しそうに、そして熟れた林檎のような鮮やかな彼の赤い瞳には愛しさと満足感が映し出される。あぁ、普段と変わらないように見えてもその想いだけは本物なのか、と緑間はその瞳を見せられる度に思う。人を掌の上で転がして遊ぶ、飄々とした言動であったとしても名前を目の前にした時だけは、この厄介で食えない男もその瞳で雄弁に語る。そう考えると、名前に関することでなら赤司の考えを少し読み取ることができる。難解な彼の思考回路を垣間見れる唯一の時が色恋沙汰と言うのは何とも微妙な心境だ。それに弱味を握りたい訳ではないが、彼の思いの丈を知れたとしてもそれが緑間に何か利益をもたらす訳でもない。ただ緑間の気苦労が一つふえるだけなのだ。こんな風に。

「名前はオレより緑間がいいのか……。寂しいことを言うね」

チラリと此方を見ながら、そういう恨み言を言うのは本当にやめていただきたい。やはり齎された厄介事に緑間は隠しもせずこれでもかと言うほど顔を歪め、重たい溜息を溢した。どちらにしろ迷惑には変わりないだろうが、これがただの嫉妬だったのならまだ可愛いものだ。しかし相手はあの赤司征十郎。名前の言葉をそのまま真に受けて緑間を責めるような安直な行動をするような人間ではない。こうやって緑間を巻き込んでからかいつつ、誰かを間に挟むことで赤司単体と関わることを酷く嫌がる彼女を上手く丸め込むことによって彼は自分と関わらせているのだ。こう言った時のダシに使われるのは緑間だと相場は決まっていて、もう諦めるべきだといつものメンバーにまで言われる始末だ。
そうして今日も赤司の思惑通り、結局は彼女も緑間も上手く言いくるめられて三人並んで帰路に着く。いくら赤司を嫌だ嫌だと言っていても、部活の話を出されれば嫌々ながらも話をしはじめるバスケ馬鹿な彼女はある意味扱い易い存在であろう。しっかりと隣をキープして今後の部活について話をする赤司の横顔はとても満足気で、毎回これに付き合わされる緑間はまた大きく溜息をつきたくなった。

「いい加減、お前は赤司を受け入れるべきなのだよ」
「下睫毛引き抜くぞ、毬藻」
「赤司!こんな奴の何処がいいのだよ!!」
「全部に決まってるじゃないか。なぁ、名前?」
「黙れ!触るな!近寄るな!」
「おい!お前もオレを盾にするんじゃない!」

楽しそう?馬鹿を言わないで欲しい。毎度毎度、お淑やかさの欠片もない騒がしい女子と厄介事を嬉々として押し付ける友人に挟まれては気苦労しか生まれないのだから。きっと赤司が名前を諦めることはあり得ないだろうから、緑間の安寧の為にも彼女が早々に赤司を受け入れることを緑間は願わずにはいられなかった。それに言葉や態度の強引さとは裏腹に、赤司が彼女に触れる時の手は驚くほど優しくて繊細で、そうやって触れられる度に彼女の顔だけは素直に頬を染めるのだから、もう彼女も認めるべきなのだ。自分が赤司征十郎に落とされた、と。そうすれば自分の気苦労もずっと少なくなる。一人でさっさと歩いて行ってしまった名前と、そんな彼女をこれまた楽しそうに追いかける赤司の背中を見ながら、歩調を変えることなく追いかけて行く。君は意外とお人好しですね。そう言って笑った黒子が頭を掠めて、緑間は忌々しく舌打ちをした。


心をここまでもっておいで


Title by ダボスへ
フリリク企画 りんか様へ





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