ジッと窓の外を見つめる目が印象的だった。それはもうつまらなそうに、そして寂しそうに遠くを見るその瞳は憂いを帯びていた。あまり素行がよろしくない人物であることは、クラスメートだからもう随分と前から知っていたけれど、この繊細さに欠けるような男が、こんなにも脆い雰囲気を纏うとは名前は思いもしなかった。実際、青峰と名前の互いの認識と言えば、顔と名前は知っているが特に話したことも関わろうとも思ったことがない、その他大勢の内の一人に過ぎなかった。誰にでも分かる表面的な部分のことしか相手について知らない。好きなもの嫌いなもの、それすら知らないし、知ろうとも思わない程のか細い繋がり。それでいいと思っていたけれど、最近になって少しづつ青峰に関して知る機会が増えて、最低限の会話しかしないがそれなりに関わりが出来てきた。運動よりは勉学が得意の名前とバスケ部のエースの青峰。身体を動かすより本を読む方が好きな内向的な彼女とは真逆で、だいたい気だるげに毎日を過ごす割には活発に動く方が彼には向いている。趣味は全く合わないことが分かった。考え方もまるっきり違う。そんな青峰が自分と同じ図書委員に立候補した理由は、サボっても名前が何も言ってこないだろうと踏んでのことだと思っていたけれど、そんな彼女の予想とは裏腹に青峰が委員の仕事をサボることは一度もなかった。とは言え、自ら進んで仕事をする訳ではなく、こんな風に名前の隣に座って外を眺めるか、居眠りをするかの二通りだけだった。それでも頼めば面倒だとぼやきつつも、何だかんだ職務を全うしてくれるから、たぶん見かけや普段の言動から得るイメージ通りの人間ではないのだろうと名前は思っている。それと、似付かわしくないと感じる憂いを帯びた目の理由には少し興味があった。
その日もまた青峰は世の中には何も楽しいことがないとでも言いたげな目で窓の外をぼんやりと見ていた。窓から見える景色の中にバスケ部が使用する体育館があると名前が気付いたのは、つい最近のことだ。ますます何故そんな目をするのか分からなくなる。一年の時点で既にエースであるのに、サボり常習犯であることはバスケ部と一切関係のない名前でさえ知っていることだった。そのくせ青峰の目は、つまらなそうなのに寂しげで、諦めているように見えて何かを求めているように彼女には見えた。素行には眉を顰めるが、ちょっとひねくれているだけで言うほど悪いヤツじゃない。そう名前は知ったけれど、それもやはりまだ表面的な部分で、青峰のことを深くは知らない彼女にはその目の理由を推測することは出来なかった。そこに踏み入れるなんて以っての外だ。頬杖をついて外を眺める青峰と本を読む名前。静寂に支配された世界の均衡を壊す勇気は彼女にはない。図書室の静けさはこれからもきっと変わらない、そう名前は思っていた。

意外にも変革は訪れた。冬休みが終わって最初の図書委員の仕事の時も、青峰はサボることなく図書室にやってきた。相変わらず気だるげに椅子に腰掛け、行儀の悪い座り方をした青峰と、そんな姿を特に気にも止めないで読書に勤しむ名前の間にはいつもの静けさがあった。けれど、青峰が窓の外に目を向けることはなかった。もう一つの選択肢である居眠りをすることもなく、青峰の視線は読書をする名前に、とりわけ彼女が手にしている本に注がれていた。だらしなくカウンターに上半身を伏せて、顔だけをそちらに向けながら興味深そうに本を、時にはそれを読む名前を見つめる。彼の視線は時に外れて図書室内をさ迷うのだけれど、最終的にはまた自分の元に戻ってくるものだから彼女は本に集中できないでいた。自身の目は文字の羅列をなぞるだけで、それらが意味する内容はこれっぽっちも頭に入ってこない。嫌でも意識してしまう青峰の視線を感じる度に、背筋をもぞもぞとした何かが駆けていった。こんな近くで見られたら誰だってそうなる筈だ。背中に感じるこそばゆさを振り落とすように名前は椅子に座り直した。

「なあ、それ面白い?」

最初に口を開いたのは青峰だった。世界の均衡が崩れる。礼儀的な挨拶や業務上の会話以外で、名前が青峰と口をきくのはこれが初めてだった。これといって話すようなこともなかったし、わざわざ話題を探して会話をするほどの仲でもない。沈黙が二人の間にあぐらをかいているくらいが丁度よかった。守られてきた静寂を破った彼の声は低く、やはり気だるげなのに何処か楽しそうなものに聞こえた。

「面白い、ですよ……この本に興味あるんですか?」
「興味っつーか、アイツもそれ読んでたなあって思い出してた」

記憶の淵をなぞるように、まだ一年ほどしか経っていない過去を青峰は思い出していた。バスケ以外は合わないことばかりだった相棒も、自分の目の前で困惑気味に言葉を返すクラスメートと同じように、静かにその本へと視線を落としていた。あの頃、同じ質問を投げ掛けた青峰に相棒は本から目を離すことなく、僕は面白いと思いますと先程の彼女と似たようなことを言ったような気がする。嘗ての相棒と彼女は纏う雰囲気がどことなく似ていると青峰は感じていた。空気に溶け込んでしまいそうな静けさで、彼等は音もなく頁を捲るのだ。こう言った、喋ったり物音をたてたりすることでさえ暗に禁じられているような静けさは苦手な筈だった。けれど、彼等が作るその静寂は嫌いじゃなくて、それを共有するのが心地よかった。だから自分は何の疑問も抱かずにサボり場所として図書室を、名前の隣を選んだのだろうと青峰は思う。

「よく一緒にいる彼女さん?」
「違ぇよ。中学ん頃のチームメート」

さつきはただの口煩ぇ幼馴染みだ。そんなことを茶化しながら言って青峰はけたけたと笑った。いつの間にか物憂げだった双眸はくすんだ色を取り払って、目に焼き付くような本来の青を取り戻していた。冬休みの間に何か吹っ切れたのだろうか。いつも、つまらなそうに顔を顰めていた以前よりも表情が豊かになって、棘々しかった雰囲気も随分と柔らかくなったように感じた。いったい何があったのか。それを聞くには相変わらず自分達の仲は希薄で、軽々しく話題に出来るようなものでもなかったから、名前はせり上がってきた言葉を飲み込んだ。

「お前とちょっと似てる」
「男の人、ですよね?」
「あー、いや顔とかじゃなくて、こうなんつーか……空気?」
「たぶん雰囲気が適切かと」
「あぁ、うん。それそれ」

また笑った。青峰だって自分と同じ人間なのだから笑ったって何ら不思議なことではないのだけれど、今まで笑顔を見せる素振りさえなかったものだから、青峰が笑う度に、自分に話しかけてくる度に、言葉で表現しずらい感情に襲われる。むずむずとした感覚は胸の辺りで存在を主張して名前を困らせる。困った。自分のことなのによく分からない。初めて会話らしい会話をしたから緊張でもしているのだろうか。それとも、たった数分の間で自分は青峰を特別な異性として意識しはじめてしまったのだろうか。名前はさりげなく青峰から目を離して、図書室内に視線を漂わせた。誰もいない。二人しかいない。余計にむずむずした。けれど、それは存外嫌なものではなかった。

「だから、お前の隣は落ち着く」

困った。これは認めざるを終えない。疾うに乳白色をした紙面に並ぶ文字は追えなくなっていた。見たことない幼さを感じる笑顔と共にそんなことを言うものだから、完璧に名前は落とされたのだ。


見えないものを頂戴しました


Title by ダボスへ
フリリク企画 はつこ様へ



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