自分自身が誕生日やら記念日やらにそれほど興味を向けない質だったから、何を贈れば喜んでくれるのか、正直テツナには分からなかった。贈る相手が大切に想っている恋人だとしても、やはり変わることのない自分の性格に辟易しながらも、部活帰りの限られた時間を使ってプレゼント選びをした自身の健気さには彼女本人のみならず片割れも珍しく瞠目していた。テツヤ相手だったら悩むことはないのに。恋人に贈る物だと気付いたのか、にこやかな笑顔で話しかけてくる店員に適当に相槌を打ちつつ、そんなことを思ってみたりもした。片割れのプレゼントを悩まないのは当たり前だ。だって自分の欲しいものが、だいたい彼の欲しいものなのだから。似ているところは似ている双子はこういう時に楽だった。もしかするとこんな風に楽をしてきたから、いざという時に必要となる指針が備わらなかったのかもしれない。プレゼント探しを始めて一週間が経った頃には、自分がこんなに優柔不断だったとはと嘆く傍ら、もう欲しいものを聞けばいいじゃないかと開き直る境地にまで達していた。この一連の過程だけで十二分に彼へのプレゼントになりますよ、と思っていても口にはしないが、その珍しい姉の姿に片割れは密かに笑みを溢していた。テツナがこんなにも必死になるのも、思い悩むのも黄瀬に関することだけだと言うことは片割れだけが知る真実だ。
結局、黄瀬の誕生日を三日後に控えた頃にも決めることが出来なかったテツナは、最終手段を決行することにした。珍しくテツナからかかってきた電話に意気揚々と出た黄瀬は、電話越しの申し訳なそうな少し弱さを感じる彼女の声に更に頬を弛ませた。プレゼントを選んでる間は自分のことで頭がいっぱいになっていたのだとしたら、これ以上に嬉しいことはない。普段は分かり難いけれど、自分達の想いは不等号ではなくイコールであったのだと感じられる瞬間に、喜びや幸せを感じるなと言う方が無理である。本当はテツナがくれるものならお菓子一つでも嬉しいのだけど、悩みに悩んで本人に聞いてきた彼女の手前、何でもいいなんて失礼なことを言うつもりはない。だから誕生日から一月の間だけ、自分がモデルの仕事で都心に訪れる日は毎回、部活後に会いたいと言う我が儘を黄瀬はプレゼントとして貰ったのだった。

実際モデルの仕事なんて週に一回ある程度で、それほど多くの時間を占めるものではなかった。それでも、只でさえ部活やら距離やらで会うことが難しい関係だったから、週一でも会えるようになるのは大きな変化であった。部活終了後、何処に行くのかと分かっているクセに聞いてくる片割れにからかわれながら見送られ、待ち合わせの駅で黄瀬を待つ。こんなことが本当にプレゼントでいいのかと不安になったので、友人の助言を貰って一応プレゼントらしいプレゼントは用意して来ていた。スポーツタオルやリストバンドなど、恋人らしい贈り物とは言えないものばかりだが、実用的なものなら嫌がられることはないだろうと見越した結果である。鞄の中に入れたそれらに気を取られつつ、待ち人の眩しい色を探していると遠くで少し騒めき立つ声が聞こえてくる。案の定、そこには目を引く黄色が居て、テツナを見つけた瞬間溢れんばかりの笑顔を浮かべながら大きく手を振ってくる。思わず綻んだ頬に、自覚するのは自身の想いの丈。自分が思っている以上に相手を好いているのだと気付くこの瞬間の感情は、まだ慣れない。

「待たせてすんません!」
「そんなことないよ。此方こそ、わざわざ来させてごめんね」
「何言ってんスか!オレが会いたいって言ったんだし、何より今日は此方で仕事あったんで大丈夫ッスよ」

いつだって黄瀬はテツナを一番に置いてくれる。今日は黄瀬の誕生日で、こう言う日くらい普段は言わない我が儘を言って欲しいのに、それが当たり前だと言うように黄瀬はテツナを優先してくれる。黄瀬の言う通りモデルの仕事で此方に来ていたとしても、会いに来て貰うよりは自分が会いに行った方がいいに決まってる。今日から一月の間は普段共に居れない分、出来うる限り黄瀬の我が儘に付き合う腹積もりなのに、気を遣うのが上手い彼はそれさえもさせてくれなくて、テツナは少し焦れったさを感じていた。自分ばかりが甘やかされるのは性に合わない。

「テツナっちは何処行きたいッスか?」
「私の行きたい所じゃ駄目だよ。そこは黄瀬の行きたい所じゃなきゃ」
「いーの!オレがそうしたいだけなんスから」

楽しくて仕方ないと言う雰囲気が犇々と伝わってくる、とびきり明るい笑顔で黄瀬はそう言った。ほら、またこうやって優先するのは自分じゃない。これではもうテツナの為のデートになってしまう。それでは意味がないのに。今日は黄瀬が主役なのに。黄瀬は自ら脇役になろうとする。何故こうも彼は献身的でいられるのだろう。まるでテツナに尽くすことが最大の幸せだと言わんばかりに、あれやこれやと施してくれる黄瀬は、その度に綺麗な顔を幸せの色で満たすのだ。実はそれらを与えられることに幸せを感じていて、それと同時に自分が同じようにしてあげたいと思っていることにどうしてこの男は気付かないのか。大概、黄瀬は勘はいい方なのだが、自分に関することにはどうにも鈍感な所が恨めしくもある。不満気な色を隠すことなく向けられる瞳に、黄瀬は少しだけ思案する素振りを見せた後、パッと花が咲くように明るい笑顔を浮かべた。

「じゃあ、名字じゃなくて名前で呼んで下さい。そんで今日も笑って一緒に居てくれたら、それが最高のプレゼントっすよ」
「ねぇ、もっと我が儘言っていいんだよ」
「もう充分言ってるッス!」

まるで太陽のようだと思う。今日は幸運にも雨は降らなかったけれど、この梅雨の季節特有のじめじめとした陰鬱な空気を吹き飛ばしてくれるような、きらきらした明るい笑顔だった。真っ正面から、しかも自分だけに向けられるその笑顔には未だに慣れることが出来ていなくて、いつもは真っ直ぐに相手を見据えるテツナも思わず視線を反らしてしまう。ほんのりと赤く染まってしまった頬には気付かない振りをしてくれたらいい。そのテツナの姿を見て、黄瀬が更に笑みを深めていることは視線を外している彼女の知らないことだった。

「…涼太」
「はい」
「お誕生おめでとう、涼太」
「へへ、テツナっちに言って貰えるのが一番嬉しい」

照れ臭そうな笑顔が擽ったい。そんなにニコニコ笑っていて疲れないのかな、とはよく思うことだけれど、実は知らず知らずのうちにその笑顔につられてテツナも笑顔を浮かべている。あまり自信を持って渡せるものではないが、ちゃんと用意してきたプレゼントを渡したら、黄瀬はもっと笑顔を見せてくれるのだろうか。優しく握られた手を握り返して、自身の手を引いて歩き出す黄瀬を見て思う。恥ずかしいし、らしくないことだから口にしたことはないけれど、テツナは黄瀬の屈託なく笑顔を浮かべるところが一番好きだった。その笑顔の為に彼が喜ぶことをしてあげたいと思う反面、何だかこれでは自分ばかりが与えられているようだと、その矛盾に再び頭を悩ませる。黄瀬のしたいようにさせればいい。そう黄瀬のことで頭をいっぱいにしていることが既にプレゼントだ。そう片割れは考えるまでもなく気付いることに、恋愛事には上手く頭が働かないテツナはそれらに気付けないでいる。やはり本人が、そして片割れ以外の周りが思っている以上に彼女は黄瀬が好きだったりする訳で、誕生日から一月の間はずっと黄瀬関連のことで悩み続ける運命にあった。その姿を見て頬を弛ませ、幸せな一ヶ月を過ごすのが黄瀬であり、一方ではその姿に呆れつつ、小さなちょっかいを出して楽しむのが片割れだ、と言うことにも気付く筈もない彼女の一ヶ月は今この瞬間に幕を開けたのだった。


すれ違った平行線、重なり合った垂直線


title by 透徹



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