突然の呼び出しなんてよくあることだった。中学時代は部活がない時、特にテスト期間にどこどこに来て、と呼び出されては勉強の邪魔をされたものだ。断ればいいものを、相手が赤司だからと言う理由を建前にその呼び出しに毎回応じていた。実は彼の我が儘を煩わしく思ったことは一度もなかった、なんて口が裂けても言えないことだが、多分あの男はその言葉の裏に隠された自身の本音も含めて全て見抜いていたのだろうとテツナは思う。ただ、唯一腹立たしかったのは、そうやって自分を呼び出しては他愛もない時間を同じく過ごしているくせに、一度も首席の座を失うことがなかったことだった。削られた勉強時間のせいにするつもりは更々ないが、テツナはいつまでたっても緑間にも勝つことも出来ず三位の座に名を置き続けていた。今となってはそれさえも良い思い出だと言ったら、電話越しで赤司はクスクスと笑っていて、まだ2年も経たないことなのにとても懐かしく感じられた。遠く離れた土地で、別々の学校に身を置いて迎えた2度目の夏は、二人一緒にいた頃とは大きく変わっていた。
赤司が京都の学校に進学してからは、メールや電話で度々連絡が来ていた。携帯電話を携帯しない片割れ程ではないが、テツナもあまり携帯を使わない質だったし、何より頻繁に連絡を取ろうとする程マメでもなかったから、だいたいは赤司から連絡が来るのが常だった。申し訳ないとは思いつつも、自分から連絡するのは未だに気恥ずかしさがあった。それも見抜いているのだろう赤司は、なかなか来ない連絡に腹を立てることは一度もなく、いつも穏やかな声を聴かせてくれていた。その声がテツナは好きだった。だが、久しぶりに聞いた彼の我が儘には流石に驚きを隠せない。夏休みの中盤。ちょうど部活が午前中のみで終わった日を見計らったように赤司はテツナを呼び出した。13時までに駅の東口に来て。そう伝えた電話越しの声はとても楽しそうだった。約束の時間まで30分もない。挨拶もそこそこに、珍しく焦った様子で走っていったテツナを不思議そうに見るチームメイトの中、片割れだけが含み笑いをして彼女を見送っていた。

「時間ぴったりか。残念」

肩で息をするテツナを見て、赤司は意地悪く笑ってそう言った。今日、帰ってくるなら昨日電話した時にでも言ってくれればよかったのに。テツナは恨めしげに赤司を見る。きっと、今日の部活が午前中だけで終わると知ってた上であの呼び出しをしたのだろう。そうであれば共犯者は勿論、彼女の片割れに決まっている。
額に浮かんだ汗を拭うと、赤司からペットボトルを手渡される。同じく汗をかいているそれはひんやりとした冷気を纏っていて、まだ買ってから数分しか経っていないことが分かる。自分がちゃんと時間通りに来ると確信していたのであろう、この男らしい行動だとテツナは思う。一瞬、不服そうな表情を浮かべながらも、やはり久々に会えた恋人を前にしては頬が揺るんでしまうのは仕方ない。此処に来るまでに二三言ってやろうと用意していた文句は、この暑さの中で綺麗に溶けてしまった。電話越しではない、直接鼓膜を震わす大好きな声と、憎たらしい意地の悪い笑みさえ愛しくなってしまうほど惚れ込んでいる恋人の存在を目の前に感じられるのなら、多少の悪戯も我が儘も知ったことではない。表情に乏しいと自他共に認めるテツナには珍しく、彼女は穏やかに笑って言う。

「おかえりなさい」
「ただいま、テツナ」

いつも自信に溢れた不敵な笑みを浮かべている赤司も、テツナにしか見せない穏やかな笑みでそう答える。かつてのチームメイトが見たら、驚きで開いた口が塞がらないのではないかと言うほど優しい笑みだった。これを独り占め出来るのは恋人であるテツナの特権だ。また少し伸びた背丈や大人びた表情だとか、変わったことは沢山あるけれどテツナに向けられるその優しさは変わることなく顕在であった。テツナが赤司に向けるそれらの感情もまた、あまり目に見える形で現れないだけで変わるなんて有り得ないことだった。
腰掛けていたスーツケースを右手で引き、左手はテツナの手を取る。赤司の手に収まってしまう彼女の小さな手は、此処まで走ってきたせいかいつもより体温が高く感じられる。自分の為に必死になる姿が見たかった、なんて言ったらテツナは呆れたような表情を浮かべるのだろう。けれど、直ぐに仕方ないなあと照れ臭さを隠しながら擽ったそうに彼女は笑うのだと赤司には容易に想像できる。それくらい赤司はテツナを理解しているし、彼女の一挙一動を予測できるほど彼女に惚れ込んでいる。互いが互いのことで簡単に普段の自分を変えてしまうくらいに相思相愛であることは明明白白で、それを一番理解している彼女の片割れは毎度毎度御馳走様ですといつも辟易していた。それを知った上で、見せ付けるようにテツナを独占するのが赤司だった。

「何処に行くの?」
「僕の家」
「征の家に行くなんて久々だね」

自分の前では少し柔らかくなる口調が好きだ。彼女に名前を呼ばれるのがこの上なく嬉しい。恋愛に関して比較的淡白な方であるテツナが時折見せる、彼女なりに精一杯の愛情表現に愛しさが募る。本当はこの短い帰省が終わったら、テツナもスーツケースと一緒に京都に連れて行きたい。それは冗談ではなく、実際に何度も思っていることだなんて、赤司はそんな自分自身の女々しさに笑ってしまう。思っていた以上にテツナは自分の中を占めていて、驚くほど彼女に執着にも近い感情を抱いていた。けれど京都に進学したのは自分の意志だし、流石に場所が場所なだけに同じ高校にしようとは赤司にも言えなかった。その分、頻繁に連絡を取っては傍らにいない寂しさを埋めている。だから、この短い期間くらい彼女を独り占めしたって構わないだろう。繋いでいる手を握り直して、赤司は口許にテツナにだけ見せる穏やかで優しい笑みを浮かべた。どうせテツナも自分と同じことを思っているのだろうから。


ハレルヤ、我が恋人よ


titie by 透徹



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -