よく意外だと言われるが、黄瀬の起床時間は早い。高校に通う傍らモデルの仕事を熟しつつ、尚且つ海常高校と言うバスケ強豪校のレギュラーでもあったのだ。時には撮影の為に早朝から仕事に向かうこともあったし、何よりインターハイ常連校ともなれば練習量は必然的に多くなり、当たり前のように殆ど毎日朝練があったのだから嫌でも早起きの習慣が身に付く。最早、目覚ましがなくとも起きれるレベル。黄瀬の体内時計は健康的かつ従順であった。
大学のない日曜日の朝。一限に講義がある訳でもないのに黄瀬はいつも通りの時間にベッドから抜け出した。勿論、休日であっても部活は存在するが、一日の大半を部活に費やせるのだから態々早朝から始まることはない。それでも何年も続けてきた習慣は簡単に身体から抜ける筈もなく、一度パチリと目が覚めてしまうと、もう寝る気分にはなれない自身の健康体っぷりに抗うのは早々に諦めていた。それに早起きは三文の徳と言うように良いこともある。こうやって共に生活するようになってから知ったことだがテツナは意外にも朝に弱い。平日は何とか目覚ましの力で起床しているが、休日になると目覚ましが鳴ってもなかなか起きないのだ。きっと、気が緩むからなのだろう。普段は恋人である黄瀬にすらあまり隙を見せない彼女の無防備な姿を毎朝一番に拝めるのだから、早起きが苦になる筈もない。ベッドから身体を起こし、自身の隣で静かな寝息を立てるテツナの姿を見るのは、黄瀬の細やかな楽しみであり癒しであった。そんなことを言ったら、これでもかと言うほど眉を顰められるのだろうけれど。
歯磨きをしながらコーヒーメーカーのスイッチを入れ、適当なニュース番組に耳を傾ける。日曜日の朝食はいつも黄瀬が作る。学校のある平日は、黄瀬より遅いもののきっちり目覚まし通りの時間にテツナは起床するので、そこは平等に交代制にしているが、唯一寝坊が許される休日くらい寝たいだけ寝てていい、と言う黄瀬の言葉に甘えて今の役割分担が出来上がった。彼女の起床時間は毎回バラバラだが、朝食は一緒に取るようにしているので彼女が起きてから作るようにしている。先に済ましててもいいと言われても、黄瀬はテツナと一緒がいいからこうやって彼女が起きてくるまでの時間をニュースとコーヒーで潰す。これも苦ではない。彼女に関することで嫌気がさしたことなど一つもないと豪語できる程、黄瀬はテツナに惚れ込んでいた。中学からの長い片想いが漸く実ったのだ。どんな我が儘を言われたって可愛い、愛しいで済まされる。実際は、我が儘どころか頼み事もテツナはあまりしてくれないのだが、そこはこれから徐々にと自分を慰めておく。

「おはよ…」
「あ、おはようッス」

黄瀬とテツナの共通の友人が毎朝欠かさずチェックする占いをコーヒー片手に見ていると、休日にしては珍しく早めに起床した彼女が寝室から顔を出した。寝相はいい方なのに何故か片割れ同様、寝癖が酷い彼女の髪は今日も朝から自由奔放に乱れている。見た目も性格も似ているようで案外異なる部分が多い双子だったが、たまに面白いくらいそっくりなところがある。寝癖はそのいい例だ。
よたよたとまだ眠たいのか、危なげな足取りでテツナはテーブルまでやって来る。椅子に腰掛けた瞬間、テーブルに突っ伏してしまうくらいならまだ寝ていればいいのに。そうは思えど、きっと自分の為に頑張って起きてきてくれたのだろうと思うと、頬ばかりが弛んでしまいそうになって、喉まで上がってきた言葉は何処かに行ってしまった。黄瀬としては例え朝食が昼食になっても全く構いはしないのだが、健気にも自分の睡眠よりも黄瀬を優先してくれる彼女の優しさを無下にするつもりはない。ただ、調子に乗って彼女の頭を撫でてみる。いつもなら、子供扱いされてるみたいだと不服そうな顔をするテツナも、今は嫌がるどころかその手を受け入れている。この姿を見て、だらしなく破顔してしまうのは仕方ないことだ。だって、きっとこんな姿は恋人である自分にしか見せないのだから。
作って置いたお味噌汁を温めて、テツナの為に甘めの玉子焼きを用意する。その合間に新たに煎れ直したコーヒーを差し出せば、匂いに釣られたのか彼女はむくりと顔を上げた。見上げてくる淡い色合いの双眸は眠気からか普段よりも儚げな印象を与えた。まだ何処か焦点の定まらない瞳は今にも閉じてしまいそうである。黄瀬からマグカップを受け取る今のテツナからは、しっかり者で淡白そうに見えて負けず嫌いな彼女の姿は見つからない。

「涼、ありがと」
「どういたしまして。食べ終わったら、オレが髪の毛整えてもいいッスか?」
「ん…お願い」

こういう時だけ甘えてくれる。世話を焼かせてくれる。何より未だに黄瀬と名字で呼ぶのに、情事の最中と寝ぼけている時は「涼」と愛称で呼んでくれる。こんなに良いことがあるのに早起きが苦だなんて、そんなこと思う筈がなかった。玉子焼きを焦がさないように注意しながら、さて今日は彼女の髪をどうアレンジしよう。部活が終わった後は何処に連れて行ってあげよう、と今後の予定を立てる。それだけでまだ始まったばかりの一日が楽しくなってくるなんて言ったら、テツナは呆れたとでも言うように小さく笑うだろうけれど。
部活が始まる時間になる頃には彼女もちゃんと目が覚めて、今の様子が嘘のようにテキパキと出掛ける準備を始める。そしていつも部活に出掛ける前に一言、黄瀬に言うのだ。柔らかく微笑みながら「いつも、ありがとう」と。これで溺れない訳がない。照れ臭そうに笑う黄瀬はいつもそう思うのだ。


その笑顔に窒息してしまいそうだ


title by 透徹
Dear 結さん



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