緑間からメールがくるなんて久々だった。前にメールがきたのはいつだったか。それさえもあやふやになる程、前のことだったのだと思う。緑間もテツナも必要がなければ連絡を取り合わない性分だったから、そんなことにいちいち気を配りはしなかった。世間一般で言う恋人らしい行動に関して言えば、周りが呆れるくらい互いに無精であった。それでも緑間からの用件だけの簡素なメールが削除されることなくフォルダに残っているだなんて、テツナは一生緑間にも自身の片割れにも言わないつもりだ。こんな乙女のような行動がらしくないことくらい、自分が一番よく痛感しているのだから。
相手に呼ばれて部屋を訪れるのなんて、今の関係になった最初の頃だけだったとテツナは記憶している。彼女も緑間も、会いたいからと言って相手を呼び出すようなことはしない。会いたくなったら、フラッと勝手に相手の家に行くのだ。合鍵様々である。仕事から帰って来たら部屋の電気が着いていて、我がもの顔でソファを陣取って読書している緑間を見るのは日常の一コマになってしまった。逆にテツナも勝手に緑間の部屋に行って、同じく彼のベッドを占領して読書をしているなんて、彼からすればいつものことでしかなかった。そんな恋人同士の二人にしか知らないこと以外で、彼等がお付き合いをしていると分かる行動が見当たらないから、当の本人達は至って順調な道を歩む傍ら、その周りの特に高尾がヤキモキさせられていたなんて二人には知る由もないことだった。

「心配する必要が何処にあるのだよ」
「緑間が他の女を作る?まさか」

こう二人から言われた時は心底ぶん殴ってやりたいと高尾が思ったことも、勿論彼等は知らない。この傍迷惑なカップルに言わせれば、アイツと付き合っていけるのは自分しかいない。アイツが自分以外に靡く訳がない、だった。自分達の容姿が優れてるとか、他に負けない部分があるとか思ってる訳ではなかった。ただ、電話やメールで相手の気持ちを確認したり深めたりする必要なんてない程、相手を信頼していたからそう思った。大体、テツナと緑間の関係は恋情よりも先に信頼で結ばれていたのだから、他と違って当たり前だと彼女は解釈している。恋人と言うよりは熟年夫婦。桃色の可愛らしい友人に言われたことはあながち間違いじゃない。
互いに相性がよくないと認めていたのに、蓋を開けてみればこんな関係がもう5年以上も続けている。そんな現実、中学時代の自分達には想像も願いもしなかったことだ。電車の吊革に捕まりながら流れていく景色をただ見送って、テツナは昔の思い出を開いていく。高校は別々の所に進学した。けれど、結局は両者とも自分から切り離せないバスケを通じて度々顔を合わせていた。それでも、やはり会う度に思うことは相変わらずウマが合わないばかりだったが、互いに少しづつ大人になるにつれ、相手の変化を目の当たりにしては認識もそれなりに変わっていった。決定的に変わったのは大学生になってからだ。まさか同じ大学に進学するとは夢にも思ってなかったから、互いに入学式の日に顔を合わせた際は、そこだけ春の陽気から程遠い冷ややかな空気が流れていた。一番の被害者はここでも高尾である。流石に学部は違ったが、やはり切り離せないバスケの繋がりでまた一緒に居る時間が増え、気付いたらこの関係だ。明確な言葉で相手に想いを伝えたことはテツナも緑間もなかったけれど。いつの間にやら、隣にいて一番落ち着く相手になっていたのだからしょうがない。それに自分達のような人間に愛を語れと言う方が無理だとテツナは思うのだ。

駅から出て少し歩いた所に緑間の住むアパートがある。通勤に便利な場所だったから、テツナも頻繁に訪れることが出来た。改札を抜けて通い慣れた道を歩いて行こうとすれば、少し離れた所で自分を待つ鮮やかな緑を見つけた。人混みの中でも直ぐに見つけることが出来たのは、緑間の背丈が高くて目を引く容姿だからか。それとも、なんて考えるのは馬鹿馬鹿しい。

「お出迎えなんて珍しいね。どういう風の吹き回し?」
「買い物に行ったついでなのだよ」

確かに右手には小綺麗な紙袋が下げられていた。いったい何処まで買い物に行ったのか。そうは思えど、いちいち詮索する気も必要もないから、その細やかな疑問を口にすることはなかった。そのまま二人並んで歩く訳だが、毎回さりげなく歩道側を歩いてくれたり、歩幅を合わせてくれたりしてくれることに頬が弛みそうになる。大切にされているのだ。言葉にはされないが愛されているのだ。なかなか見せない恋人の優しさを感じる度、一人嬉しくなっていることは自分だけが知っていればいい。その分、テツナも同じように行動で緑間にだけ分かるように伝えるのだから。
たまに二人で出掛けることはあるけれど、恋人らしい行動なんて久しくしていなかった。手を繋いで歩くことでさえ、緑間からメールが送られてきた回数よりも少ないのではないかと思う。こんな風に並んで歩くことは多々あっても、手を繋ぐことも、況してや肩が触れ合うくらい寄り添って歩くこともなかった。緑間とテツナの間にはいつも10センチ程の距離があった。簡単に乗り越えてしまえる距離を互いに自ら縮めようとしないから、周りに要らぬ心配を与えいることも分かってはいた。けれど、この微妙な距離間が心地よいと感じていたのも確かなことだったし、何より緑間もテツナもそう言った目に見える形にこだわる方ではなかった。相手に触れるのは安堵が欲しい時だけで充分だった。減っていくものでもないが、必要以上に求めるものでもない。ふとした瞬間に感じる寂しさを埋めるような、本当に必要な時に手を伸ばすだけで満たされた。それでもたまには欲張りになってみたり、らしくないことをしてみたりしてもいいのではないか。緑間だって、メールで態々呼び出すなんてらしくないことをしているのだから。

「緑間、手」

名前を呼ばれて足を止める。珍しく微笑みを携えながら見上げてくるテツナと、差し出された彼女の小さな手を緑間は訝しい気に見た。何をして欲しいのか付け足さない単語だけの要求だったが、彼女の手が何を求めているか分からないほど緑間は鈍感ではない。彼女の、いつもの感情を読ませない淡い色彩の瞳は楽しそうな色を滲ませている。

「いきなり何なのだよ。気持ち悪い」
「久しぶりに手繋ごうかと思って。それとも社会人になったら手を繋いじゃいけない?」
「…学生じゃあるまいし、今更そんなことをして何になる」

呆れたと言わんばかりに溜め息を一つ。けれど、差し出された手を掴んで再び歩き出す。テツナのよりも一回りも二回りも大きな緑間の手に、丁寧に巻かれたテーピングを見ることはもうなくなってしまった。それを寂しく思うことがないと言ったら嘘になるけれど、二人の中から完全にバスケがなくなったと言う訳ではない。ただ、ちょっと遠くなってしまったのだ。その分を埋めるように今は互いの存在が大きなものになっている。たまには相手を呼び出して一緒に歩いたり、久しぶりに手を繋いでみたり。こんな風に恋人だからと特別に甘やかすことが出来るようになるくらいにテツナも緑間も思いの外、相手が自分の中を占める割合が大きいとふとした瞬間に気付いては、その砂糖菓子みたいな感情に年甲斐もなく気恥ずかしさを感じていた。自分達には似付かわしくない感情だけれども、存外悪いものでもないとも思っている。つまるところ恋愛に対して比較的淡白であるだけで、世間一般の恋人達と何ら変わらないのだ。
普段なら並んで歩くのに、恥ずかしいのか手を繋いでから緑間はテツナの少し前を歩く。流石に手を繋ぐくらいで赤くなるほど互いに初ではないし、もうそんな初々しい関係でもないけれど、自分に関連することで相手が少なからず乱されていることを実感するのは、決して悪い気はしなかった。そんな時に感じるのは、周りがそして何より自分自身が思っている以上に、自分は相手に惚れ込んでいると言うこと。やはり、お互いそれを口にすることは無いけれど、自分がそう思うなら相手もそう思っている、と思えるくらいには恋人のことを理解し、信頼しているのだ。そっちの方がよっぽど恥ずかしい。きっと、高尾はそういうだろうけど。


その宇宙(ほし)は宝石の如く煌めく


title by 透徹



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