テツナは紫原のことを敦と名前で呼ぶ。彼女の一番に常に鎮座する双子の弟以外のチームメイトは名字で呼ぶのに、だ。つまりは他の奴らと比べれば、紫原は彼女の中で特別に入る。そう彼は思っているし、それは彼の自惚れではなく、実際に彼女自身も認めていることだった。いつものようにお菓子を頬張りながら、紫原は小さなテツナを見下ろす。小さいと言ってもそれは紫原から見ればである。平均的な女子の身長の彼女と、バスケをするのに恵まれた背丈の紫原とでは50センチ程の身長差が存在していた。彼女のつむじは見飽きる程見ていた。話す時に見上げてくるあまり感情の読み取れない瞳も、首が痛くなると不満気に顰められる眉もそうだった。けれど、彼女のその一つ一つに飽きることもなかった。自他共に認める飽き性の紫原には珍しいことだが、彼女に関することで飽きたとかツマラナイとか感じたことはなかったのだ。これは彼自身も驚嘆することだ。

「それ、おいしい?」
「んー、まあまあ。テツナちんも食べる?」
「じゃあ一口だけ」

じっ、と彼女が自分を淡い色合いの瞳に映す時、紫原はどうしようもなく自分の子供染みた独占欲が満たされていくのを感じていた。彼女の片割れを筆頭に、黄色や桃色、青色の彼等まで彼女を気に入っているものだから、他人のモノほど欲しくなる紫原は余計にそう感じてしまう。けれど彼女の世界を占めるのはいつだって、彼女が大切にしてやまない片割れとバスケと、それから…。そこまで考えて無性に腹立たしくなって、彼は考えることを放棄した。自分よりも上位に位置付けられるものがあるのを、自ら認めてしまうのは面白くなかった。何をしても楽しいと思ったことはないけれど、負けることは昔から嫌いだった。だから、彼女の中で自分は誰かに負けていると実感してしまうのは、紫原には不愉快極まりないことだった。随分と厄介な感情だ。彼女に抱くこの想いは恋情なのか、はたまた自分の子供染みた負けず嫌いと他者のモノを欲しがる独占欲なのかは、彼自身にもよく分からない。それを判断するには、どうにも自分には何かが欠けているようだと、紫原は思う。ただ、確かなことは分からないけれど、彼女を独り占め出来るこの時間はお気に入りだったから、友人としてなら彼女を大いに気に入っていると彼は直ぐに認めることが出来る。実際、二人の仲は良い。こうやって同じ委員会を進んでやるくらいには。
はい、あーん。なんて、二人の間には恋人同士のような甘さは微塵もないのに、当たり前のように紫原は自らの手でテツナの口にお菓子を運んでやる。今朝コンビニで見つけた新商品は自分の気に入るものではなかったが、それなりに役には立っただろう。嫌がる素振りも見せず、彼女も当たり前に彼の手からお菓子を貰う。まるで雛鳥に餌を与えている親鳥の気分だった。もぐもぐと咀嚼する彼女の姿をぼんやりと見ながら、彼もまた食べることを再開する。ホントだ、微妙だね。彼女の弟ほどではないけれど、感情表現の乏しい彼女が少しだけ困ったように笑った。きっと、彼女の表情のバリエーションを一番知っていて、それに気付ける男友達は自分なんじゃないだろうか。彼女を見下ろしながら、紫原はそう思った。だって、部員とマネージャーの関係ではなく、友人として彼女と過ごしてる時間なら他の誰よりも彼が一番長い。そして、バスケに対する姿勢以外なら彼女とは気があっていた。他のメンバー4人には負ける気がしなかった。

「今回の新商品は失敗だね」
「ねぇー」
「次に期待しようかな」
「なら、明日の朝練前に一緒に探しに行く?」

僅かにきょとん、とした彼女の目が大分上にある紫原の顔を見る。その些細な変化も、ちゃんと彼は分かっていた。ほらね、と誰かに向ける訳でもなくちょっと得意気になる。

「それもいいね」
「じゃあ決まり〜」

あぁ、ほらまた小さな子供のような独占欲が満たされていく。こうやって紫原は彼女の片割れ以外のチームメイトの誰よりも長く彼女を独占しては、自身の厄介な性分に餌を与えている。きっと、今日手にした約束をやたら目立つ黄色のチームメイトに言ったら、ずるいッス!とキャンキャン騒がれるのだろう。あぁ、もしかするとこれは牽制なのかもしれない。負けず嫌いの自分は、目の前で奪われてしまうことを良しとはしないから、入る隙も奪う隙もないのだと見せつける為の牽制。そう思うと何だか本当に子供みたいだと、紫原は内心小さく笑ってみる。改めるつもりは更々ない。
差し込む西日に染められたテツナの髪を紫原は満足気に撫でる。彼女はその大きな手を拒否することはせず、為されるがまま、なぜ撫でられているのか分からないと言う目で紫原を見る。きっと彼以外の人間にこんなことをされたら、彼女はこれでもかと言うくらい眉を顰めて、その手を叩き落とすのだろう。そして黒子兄弟お得意のオブラートに包むことのない辛辣な言葉のナイフを投げ続けるのだ。触れることが許されるのは、なかなか大きな特権だと彼は思う。

「敦?」
「んー、テツナちんホントちっちゃいねえ」

このままさりげなく、彼女の小さな手を自分のそれで包んでしまったら、どんな反応をしてくれるのだろう。ふと、そんなことを思った。見上げてくる感情表現に乏しいこの瞳が、自分によって乱されるところを紫原は見てみたくなってしまった。いつも自分に向けられる瞳は穏やかだったから尚更。悪戯心に身を任せて、自分より一回りも二回りも小さな右手を捕まえる。願った通り珍しく驚きを露にした淡い瞳と、西日を更に濃くした頬と耳の色に紫原はまた満足気に笑った。普段からあまり変化しない表情が、自分の行動一つで変えられていく。面白くない訳がない。

「あらら〜、テツナちん顔真っ赤」
「まさか。夕陽のせいでしょ」

見上げてくる彼女の瞳は、紫原の挑発にも近い言葉に対抗するかの如く、真っ直ぐに彼を見つめている。自ら手をほどこうとはしないが、その瞳は踊らされるつもりはないと真っ向から意志標示する。もう、彼女はいつものように感情を読み取らせない、すました表情をしていた。求めればそれなりに返してくれるのに、決して自分の思い通りにならない。テツナのそんなところが気にいっているのかもしれない、と紫原は思う。そのまま手を引いて茜に染まる放課後の廊下を歩いても、後ろから抗議の声が上がることはなかった。


愛を知らない子ども



title by 透徹



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -