初夏の陽射しに透ける新緑を見ると、意識しなくともチームメイトの顔が浮かぶ。爽やかと言う言葉はあまり似合わない男だが、凛とした芯の強さは青々とした葉を茂らせる木々の生命力とよく似ている。毎日、飽きもせず自ら決めたノルマを達成すべく、ひたすらシュートを打ち続ける後ろ姿は、天に向かって堂々とそびえ立つ樹木そのものだ。そう、高尾は思う。高飛車で自信家な性格でも、周りが彼を否定することが出来ない理由は、きっと彼が叩き出す結果とそれを裏付ける凡人には真似出来ない努力があるからだろう。少し離れた体育館から聞こえる、止むことのないボールの音に高尾の口許が弛く弧を描く。気持ちが良いくらい正確に決められていくシュート。まるで、あの赤い円の中に吸い込まれるように、ボールはゴールネットをくぐり抜けていく。睨みつけるように狙いを定める、あの瞳を独り占めできるその存在に嫉妬さえ感じていた。執着にも近い彼のバスケへの熱意を、少しでも自身に向けてくれたなら。それらが入れ替わるなんてあり得ないことだろうが、そうなってくれたならとても幸福なことだと高尾は思う。練習で熱った身体と、胸の奥底で燻る感情に当てられた頭を冷やすように、高尾は蛇口から勢いよく溢れ出る水を頭から被る。まるで機械が作業しているみたいに、同じ間隔でボールが落下する音が聞こえる。目を閉じた。音以外の情報をシャットダウンした世界は、より一層脳裏に新緑の男の姿を映し出させた。頭上で風にそよぐ木々の葉が木陰を作っており、高尾が使用している水道付近は涼むのに丁度よい。おかげで大分熱がひいたにも関わらず、高尾はそのまま水を浴び続けた。すっ、と切長の瞳を開く。足元で影が揺れる。彼の黒髪を辿って水が流れていく。次から次へと水を溢れさせる蛇口の音が独りでに止んだ。続いて頭に何かがかけられる感触。至極嬉しそうに高尾の口許が弛む。

「いつまでそうしてるつもりなのだよ」

呆れたような声が頭上から聞こえた。一定のリズムを刻んでいたシュートの音は止んでいる。当たり前だ。あの機械じみた規則的な作業をしていた男は、今、高尾が望んだ通り彼の傍にいるのだから。弛む口許を隠しながら、高尾は頭にかけられた柔らかな白地のタオルで顔を拭く。自分の家で使っている柔軟剤とは違う匂い。ドキリとした。ちょっとだけ目を見開いた。けれど、お得意のポーカーフェイスを貼り付けて、高尾は声の主に顔を向ける。いつもの仏頂面に加え、何処か不機嫌そうな表情をしている。眉間の皺がそれを物語る。

「サンキュー、真ちゃん。もう終わったの?」
「終わったから此処にいるのだよ。お前の休憩は長すぎる」

それだけ言って体育館に戻っていく緑間の後ろで、高尾は満足気に笑った。彼が人に自分の所有物を貸すなんて珍しいことだった。それが許されるくらい、自分は彼の近くにいるのだと実感出来たのに、上機嫌になるなと言う方が無理な話だ。襟足から滴ってくる水滴を軽く拭き取り、タオルを首にかけて緑間の横まで走る。追いついて肩を並べて歩けば、少し緑間の眉間の皺が減った。気がした。高尾は思いついたように口を開く。

「アイス食いてぇ」
「なら、帰りに買えばいいだろう」
「真ちゃんは小豆?」
「当たり前なのだよ」

約束なんてしていない。暗黙の了解。そうやって緑間の中でも、一緒に帰るのが当たり前になっている。それがこの上なく嬉しいと感じているなんて、この男は知らないのだろう。この貸してくれた真っ白なタオルのように、緑間真太郎は何も知らないのだ。気付いていないのだ。それでもいいけれど、と高尾はタオルで髪を拭きながら、その言葉を口内で噛み砕いた。今は、まだ、それでいい。

「オレ、抹茶にしよっかなー」

涼やかな木陰を与えてくれる木々のように、こうやって隣で同じ時間を共有できるのなら、今はこのままでも充分だ。


ぬるま湯につかる幸福


title by 透徹



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