息をするのと同等の価値が勝利にあり、瞬きをするような自然さで努力をする。頂点に立つことを絶対とし、それに伴う確信に満ちた赤司の言動を自惚れと呼ぶ者もいるかもしれないが、それは違うとテツナは声を大にして言い切れる。決して彼の勝利は才能だけの賜ではない。裏付けされた努力がある。高い志がある。プライドの高さは虚栄心ではなく自尊心からであり、誰だって赤司を真っ向から否定は出来ないだろうと彼女は思う。嘗てのチームメイトにも自身の才能に驕ることなく、人事を尽くすと称して努力する友人がいたけれど、赤司のストイックさは彼以上のものに感じられた。だからテツナは心配になる。赤司のことだから無理のしすぎで体調を崩すなんてことは間違っても起きないだろうが、いつか人知れず壊れてしまうような、そんな危うさをテツナは感じずにはいられなかった。脆いだなんて言ったら失礼だと怒るだろうか。いや、きっと赤司のことだから、少しだけ眉を顰めて心外だと訴えるだけで、穏やかにその言葉を流すだけなのだろう。とにかくテツナは強固に見えて、実は硝子細工のように容易く壊れてしまうような不安定なものを赤司に見い出していた。
だいたい赤司は一人で何でも熟せてしまうし、人の上に立つべき彼のカリスマ性は誰もが認めざるを得ない。赤司がそういった頼れる存在であることは昔も今も変わらない。それでも不安と心配は拭えなかった。星が存在を主張する夜の静けさの中で、ふと立ち止まったテツナよりも先に帰路を歩く赤司が、夜の暗さと相俟って深くなった建物の影に飲み込まれてしまう気がした。宝石のような色をした瞳が放つ、透き通った赤い残光だけを残して夜の闇に溶けてしまう姿を、自分でも馬鹿げていると思うがテツナは容易に想像できた。消えてしまわないで、と縋るように手を握り締めておくのが精一杯。決してそれだけが理由ではないけれど、そう感じていたこともあってテツナは進学先として東京から遠く離れた京都の洛山を選んだ。後悔は何度かした。それでも洛山に行くと言った時に、赤司が微かに見せた嬉しそうな表情を思い出すとその後悔も和らいだ。何より近くにいれば消えてしまう前に彼の手を掴んでおけるかもしれない。消えてしまうことを前提に置くくらいには、テツナにとって赤司は不安定で危なっかしい存在でもあった。

何ともないような涼しい顔でその日のノルマを熟してしまうから困ったものだ。せめて自分くらいには疲れたとか辛いとか、言葉にはせずとも雰囲気や表情で伝えてくれたらいいのに、とテツナは思う。そんなこと赤司は絶対にしないだろうけれど、そう望まずにはいられない。トレーニングルームのベンチに腰掛ける赤司は汗をかいてはいるものの、頭にかけたタオルの隙間から除くその横顔はやはり何処か余裕を感じさせる涼やかなものに見えた。買ってきたばかりのスポーツ飲料を晒された首筋に当てる。ひやりとした感触に驚くこともなく赤司は振り向いてペットボトルを受け取る。ありがとう。穏やかな声と表情はいつもと何ら変わらない。こんな調子でいったい何時、肩の力を抜いて胸いっぱいに息を吸うのだろう。その片鱗さえ見せてくれないものだから、テツナは余計不安になるし、思わずらしくもなく表情に出てしまう。少しだけ眉を顰めて、ペットボトルに口をつける赤司の頬を彼女は抓る。痛くない程度で、けれど掴まれていることを意識せずにはいられないくらいの力で。赤司は飲むことを中断することなく、目だけでどうした?と訴える。何だか悔しくて少しだけ抓る力を強めた。

「今日のノルマは終わったでしょ。だから帰ろう?」
「まだ時間に余裕があるし、もう少しやるつもりなんだが……」
「ダメ」

もう部屋には二人以外誰もいなかった。体育館の点検に加え、テスト一週間前と言うこともあり、部活は各自で筋トレと言うあってないようなものだった。最初はそれなりにいた部員も、それぞれの決めたノルマを終わらせるとテスト勉強の為に一人また一人と帰っていった。赤司だってもう今日やると決めた分は終わっているのだから、こういう日くらい息抜きだと思って少し早めに切り上げてしまえばいいのに。頑張り過ぎることをそうとは思わない赤司だから、余計に力を抜いて休んで欲しいのに。どんなに赤司の周りの者が、テツナが自分を顧みるよう願っても、彼にとって勝利に必要となることを熟していくのは喉が渇いたから水を飲むのと同じくらい当たり前のことで、特に意識したり配慮したりすることでもないのだろうとテツナは捉えている。他人の認識なんてそう易々と変えられるものではない。分かってはいるけれど、その歯がゆさをそのままにして置きたくはないから、こんな風にテツナは何度でも赤司に言うだろうし、何かしらの行動も起こすだろう。だって消えて欲しくないのだ。一人で何処かに行ってしまうような不安定さが見え隠れする内は、自分が繋ぎ止める最後の砦になろうとテツナは思っている。赤司にとってそれほどの存在になれるかは、正直わからないのだけど。
テツナは頬を抓っていた手を離し、代わりに赤司の目元を覆った。流石に意図が読めなかったのか、赤司はちょっと困ったように彼女の名前を呼んだ。赤司の目元を覆う彼女の小さな手は添えられる程度のものなので、彼が顔を動かしたり自らの手で離したりしてしまえばこの状況から容易く逃れられるのに、一切そういうことをせずにテツナの好きなようにやらせる辺り、間違いなく彼は彼女にはすこぶる甘い。

「たまには自分を甘やかすことも必要だよ。特に征は自分に厳しいから」

細くて柔らかい赤司の髪にそっと触れながら、まるで小さな子供に言い聞かせるようにテツナはそう言葉を紡いだ。征はそう思わないかもしれないけど、と付け加えることも忘れずに。

「今日は征の家でのんびりしたい」

赤司が自分のお願いを断らないことをテツナは知っている。たぶん無理難題なことでなければ、だいたい二つ返事で了承してくれる。だから、テツナが赤司の休息を望む。赤司は自らそのストイックさを緩めはしないだろうから、テツナがそうしたいからそれに付き合う、と言う形をとるのが一番簡単で確実な方法だった。案の定、赤司はその申し出を渋ることも断ることもなかった。
目元を隠されて殆どの光が奪われた視界の中では、より一層彼女の声が赤司の鼓膜を優しく揺さぶった。神経を辿り、ゆっくりと頭に響いていく彼女の声が心地よかった。心配性。内心、彼女のその性分を小さく笑ってしまったけれど、テツナが自身に向けるその感情に嬉しさを赤司は感じていた。自分の名前を呼ぶ声が好きだ。髪を遠慮がちに梳く感覚が好きだ。赤司のことだけを考え、赤司の為に思い悩むテツナが愛しい。やはり自分が頑張り過ぎるとは微塵も思わないけれど、テツナが望むのなら赤司は自らのノルマを下げるだろうし、いつもより長めに休憩もとるだろう。テツナが思ってる以上に、赤司にとって彼女は大きな影響力と心を占める存在だった。

「テツナにだけは敵わないな」

目を隠していた手を退けると、急に入り込んできた明るさが眩しいのか、赤司は少しだけ目を細めた。満足気な笑みを浮かべるテツナを瞳に映すとその赤は柔らかく綻んだ。名残惜しくも自身の髪に触れる小さな手をとって、赤司は彼女を引き寄せた。敵わない。それは彼の本心だ。惚れた弱みと言うやつなのか、テツナに対しては必要以上に甘くなってしまう。けれど、それさえも特別なものに感じてしまうのだから、自分のことながらも笑わずにはいられない。
唐突な行動に驚いた表情から、少し呆れたそれに変わった彼女の額に口付けを一つ。そのまま抱きしめる力を僅かに強めると、赤司の腕の中でテツナは擽ったそうに笑った。その笑顔を見る度に思う。あぁ、やはり敵わない。それだけで許せてしまう。

「汗臭いかもしれないが、少しこのままで居させてくれないか。そうしたら帰るから」
「マジバ寄ってくれるならいいよ」
「はいはい」

二人してくすくすと小さく笑い合う。自分の腕の中にすっぽりと収まってしまうテツナを見つめる赤司の双眸は、中学時代の友人達でさえ見たことがないほど穏やかで優しい色をしていた。


あぶなっかしいくらいの愛おしさだね


Title by ダボスへ
フリリク企画 舛花さまへ



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