大学進学と同時に片割れは一人暮らしを始めた。ゆで卵なら負けません、とそれは料理に入るのかとツッコミを入れたくなるようなレベルの生活能力しかない片割れに一人暮らしが出来るのか。それはもう不安要素しかないのだけれど、実家から通える距離の大学ではないのだから仕方ない。寂しさと不安から片割れの一人暮らしに渋っていたテツナも、最終的にはもうお互い子供じゃなねぇだろと言う火神の言葉に頷くしかなかった。テツナのブラコンっぷりは周知の事実だった。
三年と言う意外に長い高校生活を、これと言った浮いた話を作る暇もなく只管バスケに注ぎ込んだにも関わらず、片割れは大学に行ってからもバスケを続けるつもりでいると、家を出る前日の夜にポツリとテツナに向けて呟いた。それは言われるまでもなく予想できたことだったし、何より青峰が推薦で受かった大学を受験した時点で何を今更報告する必要があるのか問いたいくらいだった。まだ片割れが青峰とのバスケを諦めていないことはテツナも重々承知していた。口にしたことはなかったけれど、それはテツナ自身の望みでもあったから尚更。青峰とバスケの為だけにその大学を受けた訳ではないことは分かっているが、片割れは呆れるほど本当に骨の髄からバスケが大好きで大好きで堪らないバスケ馬鹿だった。なんて、そう片割れを評しながらも、結局は自身も変わらずバスケに関わることをやめないだろうから、テツナは自分達双子のそっくりな内面に笑ってしまう。きっと、そうやって築いてきたバスケとバスケで出来た繋がりは双子にとって一生ものになるのだろう。高校を卒業して、大学を経て、それぞれの道を歩んで社会人になったとしても、バスケしようぜ!と言う誰かの一声で集まるような連中ばかりなのだから。
共に過ごす最後の夜はテツナの我儘で片割れの部屋で一緒に寝て、眠気の限界まで色んなことを話した。少し寂しくもあるけれど、今後は火神くんと対戦できるかもしれない、と片割れは楽しげな声色で語った。三年間、共に走り続けてきた分、相棒の強さや選手としての魅力を誰よりも知っているから、次は別々のベンチで新たなバスケをと片割れは望むのだろう。そうテツナは思ったし、傍で同じく見てきた彼女からしてもそれは見てみたい対決だった。そんな風に片割れの光の話から始まり、誠凛高校バスケ部のメンバー、自分達を引っ張ってくれた先輩、対峙してきた好敵手、そして最後は嘗てのチームメイト達と彼らが所属したチームの話へとたどり着く。いくら言葉にしても話は尽きることはなくて、どれほどこの三年間が濃い日々であったかを思い知らされるばかりだ。

「また皆で同じユニフォームを着て、ボールを繋げられたら、それはそれで楽しくて素晴らしいことかもしれないなって時々思うんだ」

あまりお喋りではない双子が珍しく沢山の言葉を紡いで、ゆっくりと夢の世界に入っていく最中、夢現な状態のテツナに向かって小さく片割れは言葉を溢した。どちらともなく自然と繋いでいた手に力が込められる。うっすらと開けた瞼の隙間から見える世界はぼんやりとしていて、かろうじて見えるのは目の前にいる片割れの輪郭くらいだ。どんな表情をしているのかはテツナには分からない。重たい瞼が恨めしいのに、眠気は去ってくれなくて勝てなくて、せめてもの代わりに弱々しくも手を握り返すことしか出来なかった。片割れの言葉は寂しさと悲しさの音がした。それはテツナの胸にストンと落ちて、ゆっくりと波紋を広げながら心を占めていく。共感。布が擦れる音がして、温もりが近くなる。息遣いが聞こえる程の間近に片割れがいた。こつん、と優しく合わされた額から片割れの感情が流れ込んでくるような錯覚を覚えてしまうくらいには、同じ感情を共有していた。思い出と呼ぶには少し苦々しい昔の双子と彼らの関係は未だに寂しさと悲しさをもたらしていく。いつまでも過去に囚われるつもりはないけれど、あまりにも鮮やかできらきらと輝いていた日々が、黒く淀み、暗雲が立ち込めるようにその鮮明さを失っていく様は、思い出す度に心を暗くさせる。ただ以前とは異なり、この三年間で絡みもつれたその大きな塊は、ゆっくりと、けれど確かに片割れとその相棒の手でほどかれていった。苦い過去は清算された。各々が自分の在り方を見つけ、自分達と同じように新たな道の中で忘れていたことを思い出して、知らなかったことを与えられて進んでいく。それは望んだことでもあった筈なのに、時に共に居たあの頃が一番輝いて見えて、酷く恋しくなって、今ならまだ取り戻せるをじゃないかって馬鹿みたいに思ってしまう。本当は青峰とだけじゃなく、キセキ全員とのバスケを諦めきれていない。何だかんだ言っても、片割れも勿論テツナも彼らが大好きだったから。

「いいんじゃないかな」

半分以上、夢の世界に浸かっていて思考が上手くまとまらないのだけど、テツナは思ったまま言葉を紡いだ。片割れが密かに望む、彼らと共にいる未来は今はまだ無理だろう。やっと真っ直ぐに、それぞれが自分で決めた道を歩き始めたばかりなのだから。それでも、きっといつか何のしがらみも無くなった頃に、公式の場ではないだろうけれど、彼らとまたチームとしてコートに立てる日が来る。テツナはそんな気がしていた。だから自身が望む未来を、まるで自分が犯した悪事を懺悔するような口ぶりで言わなくていい。望んではいけないことだなんて思わないで欲しい。見た目によらず、けっこうはっきりと物を言うクセに変なところで遠慮深くなる片割れは、もしかすると火神やテツナに対して少なからず罪悪感を抱いているのかもしれない。最終的に彼らを望んでしまうことが、共に歩んできた道を無かったことにしてしまう裏切りのように感じているのだろうか。

「私もまた見てみたいよ。テツヤとアイツ等のバスケ」

きっと、あの頃とは違うバスケ。今まで見てきた中で一番の輝きを放つであろう彼らの新しい在り方。まだまだ先のことなのに、そんな片割れ達の姿を鮮明に描くことが出来て、瞼の裏に浮かぶ未来予想図にテツナは柔らかく微笑む。触れ合う額からその暖かくて、きらきらと輝いている光景が片割れにも伝わればいい。望ましい未来ではないか。そうテツナは思う。あの時の彼らとの決別は絶縁を意味する訳ではないし、火神と誠凛高校バスケ部として歩んだ三年間はそう簡単に消えもしない。何があっても、決して無意味なものなんかに成り下がることはない。絶対に。それに寧ろ火神ならば、そんな彼らとの対戦を喜ぶだろう。大概、火神も片割れに負けないバスケ馬鹿なのだ。そう思うでしょ?と、自身の空いている方の手で片割れの頭を子どもをあやすように撫でながらテツナは言った。髪色と同じく、同じ色をした片割れの瞳は暗さと眠気でテツナには上手く認識できなかったが、その双眸は少しだけ幕が張って、言葉で処理仕切れない想いで満たされていた。

「やっぱり姉さんと離れるのが一番ツラいなぁ」
「じゃあ一緒に住んであげようか?」
「喜んでお願いしますよ」

くすくすと互いに小さく笑って、繋いだ手を握り直した。目を閉じて、お互い言うほど大人じゃないみたい、とテツナは心の中で火神に向けて呟いた。同じ日に生を受け、同じように育ってきた双子には、お互いがいつまで経っても欠かせない存在なのだろう。自分の一部だと言っても過言ではないくらいに、依存にも近い感情を抱いている。まだ当分の間はこの手を誰よりも独占していたい。なんて言ったら、双子のことを知る周りの人間はお前達らしいよと笑うのだろう。繋いだ手から伝わる片割れの体温を感じながら、双子は眠りの波に飲み込まれていく。まるで母胎に還ったような暖かさに少しだけ涙が出そうになったのはテツナだけの秘密だ。


きょうあすあさって、三百六十五度


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