社会人になって数年。緑間と恋人と言う明確な括りの中に収まってからはそれよりちょっと長くて、知り合ってからだと十を超える。重ねた月日の割に緑間とテツナの関係は相変わらず周りが時々疑いたくなるほど淡白だったけれど、それでも友人だった頃よりは随分とマシになった。先ず第一に、取るに足らない些細なことで相手に突っかかり、鋭く尖った針のように刺々しい言葉を投げ合わなくなった。高校から大学、社会人になっても彼らと付き合いがある高尾にはその変化は有難いことだったし、素直じゃない二人を内心気にかけていたからホッと安堵の息をついたものだ。ただ生まれながらの性分なのか、そんな雰囲気の二人の間に割って入り込み、主に緑間をからかって遊ぶのも好きだったから、その機会が減ってしまったのは少し口惜しかった。けれど、その代わりに付き合い始めてからのあれこれをからかって遊ぶことが出来るようになったから、高尾としてはどんな結末にしろ退屈とは無縁だったことだろう。からかわれて毎度律儀に反応をする緑間を、互いに違う高校に通いながらもバスケ繋がりで付き合いがあった頃から見ていたテツナには、今と変わらずそれは面白い見世物でしかなかった。あの手この手で緑間を出し抜いて楽しむ高尾は、中学時代に緑間を困らせた部活の問題児達に引けを取らない、いや、寧ろそれ以上の存在だ。友人と言う面でも、相棒と言う面でも。
緑間と、と言うより緑間で遊ぶ高尾のせいで焦ったり怒ったり、あまり自分には見せたことのない表情をする緑間を見るのは楽しかった。何の縁か、三人して同じ大学に入っていたものだから、その頃になるとそんな高尾に付き合って一緒になってからかって遊ぶのも楽しかったし、気付けば三人して何かしらするのも好きな時間になっていた。こんな風にいろいろと昔を思い返すと、高尾のおかげで緑間とテツナの関係は変わる兆しを見せ始めたのだとも思う。何だ。お前は恋のキューピットか。緑間を異性として好きになり、まさかのまさかで付き合い始めたことを後悔することはないけれど、そう思うと何だか釈然としなくてテツナは少し眉を顰めた。緑間が嫌な訳では決してない。嫌だったら、そもそもこんな関係が自分達に成り立つ筈もない。けれど、高尾が恋のキューピットだったと仮定して、そのキューピットが選び、導いた相手があの緑間だとしたら何と難易度が高いものを寄越してくれたのだと思う。誰から見たって難攻不落の城。攻略した今も尚、我が城は時に扱いに困るのだ。なんて、緑間に言わせればそれはテツナにも当てはまることだろうけれど。

「次の休みはいつだ」
「明々後日だけど、急に何?」
「出掛けるから空けておけ」

特に予定もなかったので二つ返事で了承すれば、いつも通り用が済むと直ぐに通話終了。いったい何なのか。久しぶりに連絡が来たと思ったら、珍しく緑間の方からデートのお誘いだ。これは明日には空から槍が降ってくるかもしれない。あまりにも彼らしくないから、冗談混じりでテツナはそんなことを思ってしまう。なぜなら二人の関係と言えば、用がなければ電話もメールもしない。会いたくなったら勝手に相手の家に訪れる。それが今まで続けてきた緑間との付き合い方だったのだから、こんな風に改まって誘われると胸の辺りが変な感じがした。それは決して嫌悪する類のものではなく、何処かむず痒い落ち着かない感覚だった。つまりは、そういうこと。もう女の子と形容できるような年ではないけれど、そんなちょっとしたことで胸を踊らせるような乙女な部分が未だに自分にもあることにテツナは小さく苦笑した。スケジュール帳を開いて、赤ペンで新たに出来た予定を書き込む。殆どが仕事の予定で埋まったマンスリーのカレンダーの上で存在を主張する赤は、テツナの頬を簡単に緩めてしまえる強者だった。


お互い殆どと言っていいほど相手の生活などに干渉をしないし、何か知らないことがあってもそれに一々不安を覚えるような質ではなかった。そんな、時に彼らの周りが心配し出す淡白さとここ最近の仕事の忙しさで、随分と連絡を取り合っていなかったことに漸く緑間が気付いたのは、つい先週のこと。いつものようにふらりと相手の家に訪れることもしなかったから、普段から用がなければ連絡を取らないこの淡白人間共は、かれこれ三週間もの間、顔を合わすことはおろか電話やメールで言葉を交わすことさえしていなかった。そんな折に仕事終わりに高尾に遭遇した緑間は無理矢理飲み屋に連れて行かれ、最初は不機嫌そうにしていたが、お酒が入ってからはいろいろと近況を教え合っては会話に華を咲かせていた。だいぶ互いに酔いが回った頃に、大学時代と同様にテツナとはどうなのだと煩く聞かれてうんざりしながらも仕方なく現状を話したところ、有り得ないだの何だのと酒の勢いで説教をされたのだ。高尾だって自分達がどういう人間なのかよく知っているのだから何を今更騒ぐことがあるのか。そう言ってやろうかとも思ったのだが、このまま連絡を取らないでいると、自分もテツナも更に何週間も平気で顔を合わせないだろうと緑間は容易く予想できてしまった。自分達のことながら思わず呆れてしまう。無意識に眉間に皺を寄せ、自身の酔い具合に合わせて少しずつ飲んでいた為にぬるくなってしまったビールを流し込む。久しく見ていない恋人の顔が頭に浮かんで、珍しく自身の無精さに申し訳ない気持ちになった。テツナも自分同様、誰かに言われるまで気づきもしなければ殆ど気にもかけていないだろうに。それでも胸の辺りがもやもやとしてしまうのは酒と高尾のせいだ。そこら辺にいるような恋人達みたいな関係なんて彼女も求めてはいないだろうけれど、それでも恋人として出来ることをしていなかったことへの償いと、相変わらず隣で煩い高尾を黙らせることも含め、彼女の休みに合わせて久々に出掛けることにしたのだ。

「……これで満足か?」
「真ちゃんって、ほんと素直じゃねぇのな」

酒の勢いとその場のノリで取り付けた約束でも、緑間にとっては十二分に意味のあるものだった。その証拠に酔いが回って仄かに赤い頬は先程よりも緩まっている。こんなにも表情は素直なのに、態度や言葉は相変わらず捻くれ者なのだから笑えてくる。テーブルに上半身を伏せたまま顔だけをそちらに向けて、そんな緑間の姿を見上げながら高尾はふっと目元を和らげる。見ていて飽きない、大切で大好きな二人。酔っ払ってる今だから素直にそう思える。今度は時間を作ってテツナに会いに行こう。そうして、久々のデートの話を根掘り葉掘り聞いてやるのだ。緑間をからかうネタを得て、自覚してないだろうが幸せそうに笑う彼女を見て、高尾もいっそう優しく笑うのだ。知らず知らずの内に口許が弧を描く。それを気持ち悪いと一蹴してくる嘗ての相棒に変わらぬ軽口を叩きながら、高尾は色恋沙汰には鈍い彼の背を押すように肩を軽く叩いた。


いつも通り過ごして、けれど気持ちはそちらに囚われながら迎えた久々の再会を、緑間もテツナも表には出さないだけで楽しみにしていたことは本人のみしか知らないことだ。久しぶり、なんてありきたりな言葉を投げかけつつ、お互い真っ正面から暫く見なかった恋人をまじまじと見つめる。連絡すら取り合わなかったこの三週間で変わったことと言えば、髪の長さと季節の移り変わりに伴った服装の変化くらいだろうか。それ以外は記憶に残る一番最近の恋人の姿となんら変わりなかった。それに思いの外、ほっと安堵の溜め息を付いてしまった自分にテツナは思わず笑みを溢す。そんな彼女の姿を少し怪訝そうに見つめる緑間の手を極々自然な動作で取る。テツナがそんな行動に出るとは微塵も思っていなかったのだろう。思わず驚いて少し身を引きそうなったのを寸でのところで押し留めて、緑間は何食わぬ顔で平静を装おうとしている。そんな恋人の姿がおかしくて、先程よりも柔らかな笑みをテツナは浮かべた。
変わっていないことに安堵したのは、きっと置いていかれたくなかったから。変化があったと言うことは、どんな形にせよ、その分だけ前に進んだと言うこと。前へ前へと進んでいく後ろ姿に置いていかれる、そんな思いを緑間相手ではないけれどテツナは中学時代に嫌と言うほど味わった。彼はテツナの目に止まることなく、車窓から見える景色のように成長と言う名の変化を早々と遂げて、彼女を容易く置き去りにした。そうやって自分の知らない内に相手だけがどんどん前に進んで、大して何も変わることがない自分はそこにポツリと置いていかれる。そうして決まって言いようのない悔しさと寂しさがぐるぐると入り混じった気持ちにさせられる。自分の無力さとか、思っていた以上に相手の中に自身の居場所がなかったことを思い知らされるのだ。そんな思いは出来るならもう二度と味わいたくない。だから、一番新しい記憶の中の姿と変わっていない緑間を見て、無性にホッと安堵した。会いに来なかった緑間だけでなく、会いに行こうとしなかった自分にも非はあるが、置いていかれることはなく、自分たちの距離が相変わらず保たれていることがテツナは嬉しかった。緑間はどれだけ時間を隔てても自分を置いていかない。思いの外、テツナは緑間に依存しているようだった。それが、あまりにも自分らしくない感情だと感じて、またテツナはおかしそうに笑った。

「緑間は、変わらないね」
「たった三週間そこそこで何を変われと言うのだよ。それに、お前だって何も変わってない」
「そうだね。そんなに簡単に変わられたら、困る」

怪訝そうな顔をして、緑間はテツナを見下ろす。言葉を発する声色は何処か寂しげに聞こえたのに、彼女の浮かべる表情は柔らかかった。満たされているような、穏やかなものに感じられた。不安を抱いているようで、けれど安堵もしている。そんなちぐはぐなものに見えて仕方ない。緑間はまた少し眉を顰める。テツナが彼を時に計り知れないと思うのと同様に、緑間だってテツナをまだまだ理解しきれていないと思うこともある。何を思っての表情なのか、声色なのか。胸の内に何か燻るものがあるならば取り除く手助けしたいと思う。けれど、口下手な自分に上手い慰めの言葉をかけるなんて到底できそうもないから、繋がれた手にそっと力を込める。緑間も人のことを言えた口ではないが、テツナは強情なところがあるから緑間に寄りかかることをしないだろう。だから、その手を引いて傾ける。彼女が自らの意志で寄りかかるのではなく、此方が無理強いをすることで寄りかからせる。全くなんて手間のかかる女だと思う。けれど、そんな自身と似通った部分さえ今は彼女らしくて好ましく感じているのだから笑える。繋がれた手はそのままに、緑間は空いている手を彼女の頭に乗せる。軽く、まるで小さな子どもをあやすように優しくぽんぽんと叩けば、普段は照れ隠しの嫌味やらを飛ばすテツナには珍しく、ふっと目元を和らげてその手を受け入れる。あぁ、やはり何か思うところがあるのだろう。そう確信するや否や、申し訳ない気持ちに襲われる。自分が原因なのかは分からないが、もっと早くに会いに行っていれば何かしてやれたかもしれない。そう思ってしまうあたり緑間は相当テツナに甘くなった。彼は素直にそれを認めないだろうが、高尾や彼女の片割れから言わせればやはりそうなのだ。

「……落ち着いたか?」
「ん、ありがとう」

頭を撫でる手を止めて様子を窺えば、珍しく素直なテツナがいた。特に思い詰める程のことではなかったし、ちょっと安心して情けない声になっただけだった。けれど、緑間も珍しく照れ隠しもなく真っ直ぐに優しさを見せてくれたのだから、それを無下にすることはない。せっかくだ。甘えてしまえばいい。らしくないのはお互い様なのだ。手を繋いで歩くなんて殆どしたことがないが、離してしまうのは惜しいからそのまま軽く手を握ってテツナは歩き出す。それに緑間は黙ってついてきてくれて、テツナの傍にいて置いていくことはないから安心できる。緑間はテツナを置いて行ったりしない。時に扱いに困るけれど、緑間の代わりはいないし緑間でなければ困る。あぁ、やっぱり依存しているのかもしれない。困ったように笑ったテツナを緑間はまた怪訝そうに見遣るけれど、言葉を紡ぐ代わりにしっかりと手を握ってくれたから、テツナはそれだけでもう満足だった。


ふやけた親指を甘やかすから


Title by 3gramme.



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