時々、何かを確かめるように紫原はテツナに触れてくる。わしゃわしゃと、まるで犬を相手にしている時みたいに頭を撫でてみたり、唐突に痛くない程度の力でテツナを抱きしめてみたりと、そのスキンシップは様々である。ただ一つ言えることは、まるで小さな子供のような行動であると言うことだ。中学の頃から何処か子供らしさの抜けない人物ではあったけれど、今はそれに上乗せして母親にかまってもらおうとする幼児のように感じてならない。だが、紫原のそう言ったところに嫌悪感を抱くなんてことは全くなかった。寧ろ胸の内に押し込むことなく真っ直ぐに伝えてくれる方がテツナは好きだったし、惚れた弱みと言うヤツで結局は全部嬉しいやら愛しいと言った感情に変換されて終わる。中学の頃から変わることなくテツナは紫原を甘やかすのが得意だった。
それに、そうやって紫原が自分に触れてくる時に彼の眠た気な目を見ると、決まって不安そうな色がちらついていることをテツナは知っていた。つくづく紫原は子供っぽい性格をしていると実感する。人一倍負けず嫌いで、弱音を吐くなんて絶対嫌だと思っているから、普段は素直に言葉を述べるのにそれらだけは言葉にしたがらない。その姿は、まるで少しづつ自尊心が芽生えてきた子供のようで、呆れつつも母性本能からか可愛く見えてしまう。正直にそれを伝えたら、そんな性分の彼はヘソを曲げてしまうと分かっているので、言わないようにテツナは心の隅っこの方にひっそりと留めて置いてある。けれど、不安を言葉に出来ない代わりに行動に移している紫原を見ていると、やはり小さな子供に向ける愛しさを感じてしまって、テツナは言葉の代わりに笑みを溢さずにはいられなかった。大きな子供はどれだけの愛を与えたら満たされるのか。自分を抱きしめてくる腕に手を添えて、心と身体がアンバランスな恋人を諭すようにテツナは言う。

「何処にも行かないよ?」
「…そんなの当たり前だし」
「じゃあ今日はもう少しこのままで居ていい?」

言葉の代わりに、腰に回されている腕が更にテツナの身体を引き寄せる。肩に感じる重みは変わることなく其処にあって、時折首筋を掠める彼の名前と同じ色をした髪の感触の擽ったさにテツナは少しだけ身じろいだ。脱力して紫原に身体を預けても、彼の体格からすればテツナからかかる重さなんて有って無いようなものだった。寄りかかるのではなく、全てを、それこそ頭の天辺から足の先まで全部預けてくれたらいいのに。確かに腕の中にある温もりを感じながら、そう紫原は思う。こうやって触れ合っている部分から溶けて、ゆっくりと混ざりあってしまえたなら、時折感じる不安や焦燥感は消えてくれるのだろうか。馬鹿みたいにそんな非現実的なことを考えて、やはりどうにも出来ない自身の感情に悩まされる度に紫原は今みたいにテツナに触れる。触れて、その体温や鼓動を感じて、自分の目の前にテツナが居ることを確かめる。東京から秋田。簡単に行き来できる距離じゃないのに、テツナは大切にしてやまない片割れや友人達を置いて紫原を選んで此処に来てくれた。そのことに罪悪感を感じつつも謝罪の言葉を述べてしまったら、テツナが居なくなってしまうようで言えず終いだった。それが更に自分の首を絞めていると分かってはいるけれど、未だに重たい口は開かれていない。
居なくなるなんて、そんなことある訳がないことくらい紫原だって分かっている。一緒に居て欲しいと思わず言ってしまった紫原の我が儘も理由の一つだが、テツナはテツナで陽泉に魅力を感じて進学してきたのだ。テツナが此処にいる理由は決して自分の為だけじゃないと、紫原は分かっているし、そこまで自惚れるつもりはない。それでも沢山の選択肢の中から此処を選んだ最終的な理由は紫原の我が儘だっただろうから、それに対して勝手に罪悪感や言い知れない不安を感じてしまう辺り、やはり紫原は子供のような部分が抜けきれていなかった。存在を確かめるようにテツナに触れる姿は、母親の傍を離れたがらない小さな子供そのものだった。

「オレ、テツナちんのこと離してあげれないかも」
「私も敦から離れてあげれないからお互い様だね」

子供扱いされるのは嫌いだったが、あやすように頭を撫でてくれるテツナの手を紫原が拒否することはなかった。テツナはいつも紫原の心を見透かしているかの如く、欲しい言葉を、温もりを与えてくれる。決して独りよがりの愛ではないのだ、と教えてくれるその言動を与えられることでやっと紫原の中にいる小さな子供は満足そうに笑って眠りにつく。手のかかる子ほど可愛いと言うし、何より進学先を決める最後の理由にもなった相手なのだから、こう言う子供っぽいところも含めて愛しいとテツナが感じていることを知るには、紫原はまだまだ自分のことで手一杯だった。
漸く顔を上げた紫原の瞳に映るのは、自身に身体を預けてリラックスした表情を浮かべるテツナで、自分にだけ見せてくれる気を許したその姿にどうしようもなく嬉しくなる。紫原がテツナの前では比較的甘えた行動を見せられるように、彼女も自分と居ることで安心を得られているのだとしたら、これほど恋人冥利に尽きることはない。簡単に腕の中に収まってしまう小さな身体を抱き締め直して、今度は肩ではなくテツナの頭に顎を乗せる。ちょっと不服そうな顔を彼女はしたけれど、直ぐにまた穏やかなそれに変わる。もう少し自分に余裕が出来たら、テツナが不安な時に寂しい時に安心してもらえるよう、そっと抱き締めてあげられるようになろう。それまでは、まだこうやってテツナの優しさと恋人の特権に甘えていようと紫原は思うのだ。

「もう少し、このままね」

上から聞こえてきた小さな我が儘にテツナは笑みを溢す。お腹に回された大きな手に自分の手を重ねれば、それさえも紫原の大きな手の平に包まれて、まるで本当に紫原と一つになったようだった。この重なった手から想いの丈が伝わればいい。なんて思いながら、触れ合った部分から移る相手の体温の心地良さに眠気を誘われて瞼を降ろすテツナを見て、紫原も一つ欠伸を溢した。


君の愛と僕の愛が重なると言う奇跡


企画:黄昏さまに提出



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