テツナも大概素直じゃないけれど、緑間も同じく素直じゃない。それでも、恋人同士と言う友人からワンステップ踏んだ関係になってからは、それなりに甘えを見せるようにはなっていた。その相手の甘えを最近テツナは見つけたのだが、それを知った時は驚くと同時に気恥ずかしさに襲われた。偶然に知ったことだったとは言え、まさかあの緑間が自分を抱き枕にして寝ているとはテツナに限らず、彼を知る者なら誰も想像もしなかったことだろう。珍しく夜中に目を覚ましたら、緑間は自分を抱きしめながら静かに寝息を立てているものだから、その時は流石に顔を熱らせてしまった。意外とがっちりと抱きしめられているにも関わらず、なぜ自分は気付かなかったのかと一瞬考えたけれど、だいたいテツナの方が緑間よりも先に寝て後に起きるのが常だったし、一度寝付くとテツナはなかなか起きない質だったから、今まで気付かなかったのは無理もない話だった。普段のイメージからかけ離れたその行動に、この男は意外と寂しがり屋なのだろうか、とポツリと片割れの前で溢してしまった時は、仲がよろしいようで何よりと冷やかしの言葉を頂いたものだ。そう思うようになった経緯は言わなかったけれど、言ったら言ったでノロケないで下さいと言われるのがオチだし、緑間の体裁の為にもテツナは心の奥の方にそっとしまって置くことにした。何よりそんな自分しか知らない一面を、誰かに話してしまうのは勿体無いと言う独占欲が働いてしまったのだ。あまり固執しない性格だと自負していたけれど、実際は人並みに独占欲はあるらしい。自分だけ、と言う何とも重たい鎖で縛りつけるような言葉を、まさか自分が使う日が来るなんてテツナは思いもしなかった。それだけ相手に惚れ込んでいるのかと嫌でも自覚してしまってはもう笑うしかない。惚れた相手に弱いのは皆同じだ。
念のためにと握りしめていた携帯電話が震え、控え目なバイブレーターの震動音がした。寝過ごしてしまわないよう気を張っていたおかげもあって、テツナは襲いくる眠気を跳ね退けて目を開く。気を抜ぬけば直ぐにでも閉じてしまいそうな瞼を叱咤して、ディスプレイが表示する時間を確認。理想通りの時間である。珍しく日付を跨ぐ前に緑間もベッドに入っていたようで、夜風を招く窓から差し込む月明かりの微かな光のみがぼんやりと見慣れた部屋の輪郭を露にしている。正確に時を刻む秒針の音に混じって、背後から規則正しい寝息が聞こえる。背中越しに感じる体温はやはりいつも通りで、お腹に回された逞しい腕は簡単にはテツナを離してくれそうになかった。この状況に驚くことはもうなくなったけれど、未だにテツナの中から気恥ずかしさはいなくなってくれない。

「緑間、起きて」

何とか身をよじって向かい合わせの状態になると、思いの外、緑間の顔が近くにあって心臓がいつもより大きく跳ね上がった。長い睫毛が伏せられたその寝顔は普段よりも穏やかで、何処かあどけない印象を与える。その気持ち良さげに眠っている姿に起こしてしまうことを戸惑われたけれど、テツナは緑間の肩を少し強めに揺らす。顰められる眉と微かに漏れる掠すれた低い声。鬱陶しげに持ち上げられた瞼から覗く双眸は、寝起き特有のとろんとした意識のはっきりとしない状態で、目の前にテツナがいることにさえ気付いていないようだった。そのまま放って置けば再び寝てしまうであろう、夢現な緑間の姿なんてそうそう見れるものではない。面白半分でこのまま見ていようかと悪戯心に火が付きそうになったが、わざわざアラームまでかけて起きた目的があるので止めておく。また眠りの波に飲み込まれそうになっている緑間の頬を痛くない程度の力でぺちぺちと叩く。その刺激により、ようやく眠気を手放せたらしい緑間は数度瞬きを繰り返した後、部屋の暗さと視力の悪さで眉間に皺を寄せながら目を凝らす。目線を下げた直ぐ傍にテツナが居ることに少し驚いた表情を緑間は浮かべたけれど、その原因が自分にあると気付くとバツが悪そうな表情に変わった。それでもテツナの腰に回した腕は、今更だからと内心勝手な理由を付けて離さないでおくことにした。カチッ、と秒針が動く音がする。

「緑間」
「…なんなのだよ」
「お誕生おめでとう」

両頬に手を添えて、瞼に口付けを落とす。あまりにもテツナらしくない行動に、緑間は惚けた表情のまま思わず固まってしまった。恋人と言う関係になってから数年。互いに恋愛に対して何処か無頓着な部分があるからか、プレゼントを贈ることはあっても、今まで日付が変わる瞬間に相手を祝ったり、誕生日だからと特別何かをしたりすることはなかった。不意打ち過ぎる行動に顔に熱が集まる。それは祝われた緑間だけでなく、その行動を起こしたテツナ本人も同じで、部屋に明かりがついていなくて本当によかったと互いに内心安堵する。どうせ日が登って朝を迎えれば、例年通りお祝いの言葉ついでに二人の時間を邪魔する目的を内包した遊びに来ると言う連絡が、嘗てのチームメイト達から届くのだろう。現に7月7日を迎えた直後に、緑間の携帯電話はメールが来たことを知らせる点滅ライトが先程から忙しなく光っている。何だかんだで仲が良いから、きっと今日の夜は懐かしい面々で大騒ぎするのだと簡単に予想がつく。だから一番は自分が貰って、今だけは独り占めしておこうとテツナは思う。やっぱりらしくない。そうは思えど、緑間も照れ隠しなのかテツナの肩に自身の顔を埋めて、再び寝る体制に入ってしまったからお互い様だった。先程よりもしっかりと抱きしめられ、耳元で呟かれた小さな感謝の言葉だけでテツナは十分に満たされるのだから。


そうして世界の帷は開ける


title by 透徹




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