てっきり緑間とテツナは付き合っているものだと高尾は思っていた。それを二人に告げた時は真っ向から否定されたけれど、多分そう思ったのは高尾だけではない筈だ。初めて顔を合わせた時には既に、キセキの世代と称される天才シューターの隣に彼女はいた。同じクラスで、一年生ながらもレギュラーの座を貰った同士だったからか、自然と緑間と一緒にいる時間が多くなって、それと同時にテツナとの関わりも増えていった。互いに自分達は相性が良くない、と口を揃えて言う割には何だかんだで二人の仲は良いように見えてならない。背丈もあって近寄り難い雰囲気を持つ緑間に対して、テツナは見た感じ大人しそうなイメージを与えるのに、ずばずばとあの緑間に言いたいことを言う。それもなかなかに辛辣な言葉で。それに対して緑間も同じように言葉を返している割には、実はそこまで険悪な雰囲気にもならないで終わる。そんな風に飾り気なく真っ正面からやりとり出来るようになるには、本当に相手に心を許してなければ出来ないと高尾は思う。そんな彼らの様子に、何だか二人からおいてきぼりをくらっているようで、納得がいかないと言うか寂しいと言うか、そんな微妙な感情を抱いたこともあった。緑間とテツナ以外にも友人はいるけれど、二人の間にある信頼関係が高尾は少し羨ましかった。それはそう簡単には築けないものだと知っていたからこそ、尚更。
テツナには双子の弟がいて、その片割れもキセキの世代の一人なのだとか。それは緑間から得た情報だった。やっぱり仲良いよ、お前ら。そう思っても高尾は口にはしなかったけれど、あまり口数の多くない緑間から時にテツナや他のキセキの世代の話が出てくると、ホント素直じゃないと呆れる傍ら、自分の知らない過去を共有できる二人をここでも羨ましいと思ってしまった。あと、これは緑間から聞いた訳じゃないが、テツナは読書が好きだと知った。よく緑間と本の貸し借りをしている所を見かけるし、本についての話をしている時の二人は穏やかでやっぱり仲が良い。本に関する趣味は驚くほど似ているのだ、と言ったのはテツナだったか緑間だったか。いや、もしかするとどちらからも聞いた言葉かもしれない。何だか面白くねぇな、とは思っても残念ながら二人と本の話が出来るほど高尾は読書家ではなかった。それに、思えばいつも緑間をはさんでの会話ばかりだったから、テツナと一対一で話したことがあまり無かったと今更になって気付く。あれほど二人の仲を羨ましいと感じていた割に、自分はテツナを単体として扱っていなかったことに内心呆れて笑ってしまった。だからか、せっかく緑間がいない二人だけの場なのに、何を話せばいいかと戸惑ってしまう。社交的な方だと自負しているけれど、上手く言葉が見つけられないとは本当にらしくないと小さく肩をくすめる。緑間同様、テツナもあまり口数の多い方ではなかったから、高尾が口を開かなければこのまま沈黙が続くのだろう。比較的お喋りな高尾には沈黙は少し居づらい空間なのだが、テツナ相手だと意外にもその静けさが心地よく感じられる。ただ、このまま喋らずに終わるのは勿体無い。

「黒子さんってさー、何で秀徳にしたの?」

黒子さん。くろこさん。何とも他人行儀な呼び方だ。入学してから2ヶ月も経っていないが、割りと一緒にいた筈なのに呼び方一つでこうも距離を感じる。体育館のステージに腰掛けてテツナから渡されたドリンクを飲みながら、高尾は自分達の距離はどのくらいなのかと考えてみる。多分、緑間とテツナは手の届く範囲に互いがいる。そうは見えないけれど、あまり仲が良くないらしい緑間に比べたら、他のキセキのメンバーはもっと彼女のテリトリーの中心に近いのだろうか。テツナの手を何の躊躇もなく握れる範囲にいるのだろうか。それでは自分はどうだろう。手が届くどころか、やっと声が彼女に届くような遠さな気がして面白くないなと思う。実際はこんなにも近くにいるのに、感じる距離は思う以上に遠かった。
高尾の隣でマネージャーの仕事を手際良く熟すテツナは、その手を止めることなくチラリと高尾に目をやった。見上げてくる薄い色合いの瞳からは何も読み取れない。空気に溶けてしまいそうなその双眸はあまり物を語らなくて、人の感情の変化に敏感な高尾でもテツナのことを計り知ることが出来ないでいた。高尾は彼女の片割れに会ったことはまだ無いが、黒子兄弟の何を考えているか分からない目が気に食わないのだと緑間は言っていた。けれど、高尾はテツナの内側を見せない毅然とした態度だとか、緑間相手に物怖じせずものを言う気の強さだとかに好感を持っていた。底を見せない腹の探り合いは嫌いじゃない。

「大学進学の為だよ」
「うっわー、真面目だねぇ」
「そう?進学先って偏差値の高さとか部活動の経歴とか、そういうメリットになるもので選ぶんじゃないかな」

ありきたりな、よくある答えだった。けれど、高尾が求めいたのはそのありふれた返答であって、決して変化球なものではなかった。つまるところ、緑間の名前が出るような返しはして欲しくなかったのだ。冗談でもテツナはそんなこと言わないだろうけれど、期待していたようなものが返ってきたことに、高尾は内心少しだけホッと安堵した。これ以上、無意識下の仲の良さを見せつけないで貰いたい、なんて言ったら表情の変化に乏しいテツナでも、不機嫌さを露にして嫌味を二三言ってくるのだろう。第一印象にそぐわない言動を取り繕うことなく平然とやってのけるから、時にそのギャップにテツナは驚かれているけれど、好かれようと偽りの外面を貼り付けている女子よりも高尾は彼女のスタンスが好きだった。わざとらしい猫撫で声とか上目遣いより、真っ直ぐ射抜くような目や言葉の方がずっと高尾の中に残っている。

「あとは、弟離れしようと思って」
「へぇ、黒子さんってブラコン?」
「うん。結構なブラコン」

冗談っぽく言ってテツナは小さく笑った。その表情に、思わず高尾は少しだけ目を見開いた。けれど直ぐに得意のポーカーフェイスを顔面に貼り付けて、微かに騒ぎ出した心臓に蓋をする。別にテツナが笑うのは珍しいことではない。いくら表情の変化に乏しいと言っても、テツナだって高尾やその周りの同年代と変わらない高校生なのだから、何か面白いと思えば、小さなことでも幸せだと感じれば笑うのは当たり前だ。実際に女友達と談笑する彼女は、満面の笑みは浮かべないけれど、よくクスクスと小さな笑みを浮かべている。何ら不思議なことはない。ただ、今みたいに赤ちゃんを見る母親のような優しい目をしているのを見るのは初めてだった。テツナの淡い色合いの瞳は、大切なものを愛しむそれだった。その視線だけで愛しいと、大切だと思っているのが分かってしまう程、柔らかなその眼差しに何かを鷲掴みにされた気分に陥る。それを向けられているのは、勿論まだ見ぬ彼女の片割れであって、そこに越えられぬ大きな壁が見えた気がした。

「いいなぁ、双子。羨ましーわ」
「ふふ、いいでしょ」

彼女はこんな表情もするのか。ドリンクを呷りながら盗み見た表情は、緑間と話している時よりも穏やかで、女友達と過ごしいる時よりも楽しそうだった。今取りかかっていた仕事が一段落したのか、テツナは次の仕事に移る為に荷物をまとめ始めた。気付けば休憩時間も終わりに近付いている。結局あまり喋れなかったな、と小さな後悔が残る反面、なかなかに貴重なものが見れたと満足に浸る自分も居て、高尾は誰にも気付かれないよう小さく笑みを溢す。前よりは少し距離が近くなったように思う。目指すは緑間と同じ土俵に立つこと。おいてきぼりは嫌だった。
それじゃあ、と言って話を切り上げて体育館の出入口に向かって行ったテツナは、思い出したように立ち止まり高尾の方に振り向く。やはり小さくだが、確かにテツナは笑っていた。そういえば、自分に向けてこんな風に笑ってくれたのは初めてだと気付いて、高尾は何とも言えない擽ったさに変に緊張してしまった。それでもポーカーフェイスは相変わらず保ち続けたられたのがせめてもの救いだった。

「高尾くんと話せてよかった。あんまり二人で話したことなかったから」
「オレも!話せてよかった!」

練習頑張ってね、と言ってテツナは体育館を後にする。彼女が出て行った出入口を見つめながら、周りにいる部員に気付かれないよう高尾は小さくガッツポーズをした。他の人からしたら小さなものかもしれないが、高尾にとっては大きな前進だった。次は黒子さんなんて他人行儀な呼び方をやめて、テツナと名前で呼べるようになったら、更なる大きな一歩になるだろう。体育館に響いた休憩終了の笛さえも、今は祝福のラッパに思えた。


一掬いの勇気をあげる


title by 透徹



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