Linhard so beautiful yet terrific.


1188年 1月31日。ガルグ=マク大修道院に集結し再会を果たしてから遂に2年の時が経過した。王国も少しずつ政権が整いつつあり、生活も幾分か落ち着きを取り戻している。私、主人公=ファン=ヒミングレーヴァはここに手記を残す。まずは、そう思い立った経緯から書き   

「主人公」
「わっ!」

いきなり耳元に伝わる声に身体が跳ね上がる。声の主を確かめるべく後ろを見れば我が最愛の夫、リンハルトが顔をしかめながらこちらをじろりと見ていた。条件反射でさっと日記を隠す。

「集中してるところ悪いけど、出発の時間だよ」
「あっ、ごめんごめん」

乱雑している机を手短に整え席を立つ。まとめてあった自分の荷物を持ち、リンハルトと共に自室を出た。王都へと向かうために。

これから各当主が集い、国の方針を議論する連合会議が王都で行われる予定なのだ。といっても、現領主、父の代理で参加するだけで、状況報告のみしか発言出来ないだろうけど。私はディミトリ陛下とは手紙のやりとりこそ有るものの、直接お会いするのは殆ど1年振りなので会議の内容よりそちらに心躍らせていた。即位されてから目まぐるしい身過ぎ世過ぎをされている事だろう。馬車の中で想いを馳せながら景色をじっと見つめる。リンハルトはというと窓からさす朗らかな太陽の熱も加味して、着座した途端ぐっすりと就眠してしまった。何度見てもその寝入りの早さには感服する。学生の時から何一つ変わっていない所に、ふと懐かしさが蘇る。彼の肩に身を委ねながら思い出に浸りつつ、目を閉じて周りの音に耳を済ませてみた。カタカタと地面を滑る歯車の音と、そよ風が優しく車体を撫でる音が日々の疲労を癒していった。

学生の頃、彼と過ごす穏やかな昼間が好きだった。ファーガスは土地環境が厳しく、農作物が実りにくい、その中で私の実家は品種改良や技術開発で多少なりとも自然の恩恵を受け、発展していった数少ない食料生産地である。次期領主となるべく勤勉に学校生活を送らなければいけない事は目に見えていた。好きな事だけして生きる彼のモットーは、最初こそ私に衝撃の雷を落としたが、リンハルトの横にいる時だけは自分も自由になれた気がした。そんな彼に、私が恋に落ちるのはそう難しくない事だった。人生とは何が起こるかわからない、そんな幼い恋心も実ってしまうのだから。

……しかし、手持ち無沙汰だ。王都までもう暫く時間がかかるだろう。景色に向けていた目線をリンハルトへと戻してみる。様子を見るに、熟睡しているようなので手記の続きでも書くことにしようか。鞄から日記帳と筆記用具を取り、馬車の揺れで手元がおぼつかないなと思いつつ筆を走らせた。

まずは、そう思い立った経緯から書き記す。
 記憶とは実に曖昧な物で儚い代物だ。今日も今日とてふとした瞬間、幸福な囁きを聴くだろう。けれども、忘却とは課せられた宿命であり、欠陥機能だ。忘れ得ずして誓おうとも、時期にそれさえ頭から抜けてしまう切なさと言ったらこの上ない。私は、絶対に嫌だ。
 須くして、私は夫との思い出を此処に記す。忘れる事のないように記憶を残しこの手記に、永遠を誓う。



とりあえずこんなものかな。伏せていた顔を上げ、ふぅ、と肩の力を抜く。手記なんて思い付いたは良いものの、気恥ずかしさがポンと湧き出てきて困る。書き出しをかっこつけ過ぎたかな?まぁ、私以外、見る人はいないのだけれど。日記を閉じて再び鞄の中にしまう。続きは、今日の夜にでもゆっくり書こう。ひと段落つくと隣の眠気が移ったのか、大きなあくびが口から外へと排出される。私も少し寝てしまおうか…。カタカタと子守唄のように優しく響く音を聞きながら、夢への誘いを快く受け入れた。





「紹介状を拝借」
「はい」

王都へ着けば、城下町はそれはそれは賑わっていた。帰るときに寄ろうと言うと、僕は疲れるからやだ。と一掃された。けれども私は知っている、私の誘いに一度だって彼が断ったことが無いことを。お土産を何にしようかと心躍らせながら、城への道のりを進んでいくと城内に繋がる門の前では大勢の人で溢れかえっているのが見えた。門番が紹介状を一々確認しているのが少し可哀想だ。リンハルトはそんな雰囲気に当てあられて、早くも体力を削られている様子で項垂れている。

「はあ……わざわざこんな寒い日に開催しなくてもねぇ」
「だから着いて来なくても良いって言ったのに」
「僕は会議には出ないよ。執務室のソファにでも座らせてもらって、ゆっくり主人公の帰りを待つから」
「果たして陛下が許してくださるかしら」
「許してくださることを祈るよ。同級生のよしみでね」

微笑みながら言う彼の顔はそれはもう生き生きとしていた。顔を見られたらそれこそ会議に引っ張り出されそうな気がするけど。……まぁ彼は本気で言ってるんだから止めようがない。それから順調に手続きは済み、私達は王宮へと足を踏み入れた。大広間まで行くとキャラメル色の見慣れた髪の毛を持つ淑女を見つけ、足早に駆け寄る。

「アネット!」
「わぁ!主人公久しぶりだね〜!元気だった?」
「元気元気!アネットも変わらない様子で安心したよ〜!」
「ふふ、へっちゃらへっちゃら!」

天真爛漫だった少女は、時が経っても色褪せることなくその笑顔を満開に咲かせていた。終戦の時よりも髪の毛は大分伸びていて月日の早さを感じさせ、久しぶりの再会に話が弾む。

「あっちにはシルヴァンとイングリットがいるよ」
「本当だ!…ってあはは、殆ど顔見知りばっか」
「そうだよねえ……。ねぇ主人公、気づいてた?ちょうど今日は2年前と同じ日付なんだよ」
「えへへ、気づいてた!……再来だね」
「うん……なんだか今さっきの事みたいだよ…」

二人でステンドグラスを見上げ、あの頃の記憶に想いを馳せる。あの時は何もかもが絶望感に満ち溢れていて、こんなに穏やかな日々が戻ってくるとは想像がつかなかった。それもこれも、先生のおかげなのだろう。

「大司教様が来てくだされば完璧なのにね」
「えぇ、主人公知らないの?先生、来てるよ!」
「ええ!?本当?!」
「さっきこそこそ陛下と話してるのが見えたんだー!きっと会議で会えるよ」
「やったー!リンハルト、先生も来てるっ…て………」

はしゃぎながら横を見てみると、リンハルトの姿がない。驚いてとっさに周りを見渡してみても、あのうすらデカイ深緑色の頭はどこにも見当たらない。えっ、えっ?いつの間にどこに行ったの?自分の冷や汗が少し流れるのがわかった。

「リンハルト相変わらずだね…何処かで寝てたりして……」
「否定できない……」

リンハルトを探す暇も無く、会議開始の号令がなり、早々に大広間を後にした。過半数が知った仲の顔ぶれが並んだ会議部屋へ赴き、各々の村の状況報告、改正案等の話し合いが始まる。陛下と先生の横に青ざめたリンハルトが居た時はびっくりしたけれど、後々執務室で寝ている所を先生にひっ捕らえられ、会議に引っ張り出されたと聞いた。やっぱりねえ。その後議論は白熱し、気づけば日はどっぷりと暮れていた。会議のあとは、労いと再会を喜ぶ宴会が開かれ、久しぶりに目一杯お喋りを楽しんだのだった。

「えへへ、楽しかったあ」
「主人公酔ってるんだから離れないで」
「は〜い」
陛下のご厚意で、本日は希望するものには宿屋が用意されていた。これから帰るのも大変だし、私達はその提案を喜んで受け取った。ほろ酔い気味の私の肩を抱きながら、リンハルトは部屋のドアを開ける。ふんわりとしたベットの上へ優しく寝かされ、彼はそのまま覆いかぶさってきた。目と目があい、ゆっくりキスをすると、胸の膨らみにリンハルトの手がおりる。

「っ…リンハルト…。こんな所で…」
「やだ」

頑張ったからとでも言いたそうに私の頬にキスを落とす。ぼんやりとしか動かない身体はあまり言う事を聞かない。噛み付くようなキスを合図に、今夜はゆっくり休めそうにないと悟った。

今日から日記を






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