なんとなく、彼にとって自分は特別なものなんじゃないかと思っていた。
初めは口を動かすのが面倒くさいと言って話を切り上げられたりしたけれど、今はそんな風に言われる事は無いし、寧ろあちらから話しかけてくれる。いつの間にかリンハルトの隣にいるのが当たり前になっていた。私は密かに彼の事が好きだったので、そんな距離感に優越感を感じていた。だから、浮かれていたのかもしれない。

「………」

少し相談事があってリンハルトを探していると、彼はいつもの昼下がり、いつもの場所で、いつものように昼寝を楽しんでいた。私は彼の目が覚めるまでその隣に座って、本のページを捲る事にした。暫く読み耽っているとんん…と寝言を言うリンハルトの声に釣られてそちらを振り向く。規則的な寝息を立てながら気持ちよさそうに夢に入っている彼を見て、思わず笑みが溢れる。いつまで寝てるんだろうと思いつつふと彼が持参したであろう本に目をやると、下敷きになった紙がちらりと顔を覗かせているのを見つけた。本のしおりにでもしてるかのようなそれは如何やら手紙のようで、その書き出しに思わず衝撃が走る。「愛しのリンハルトへ」

すぐに目を逸らした。なんだか見てはいけないものを見てしまった気がして、鼓動が急に早くなる。わあ…リンハルトにも、そう言う人いるんだ。そうだよね、睡眠のところにばかり印象が行ってしまうけど彼は立派な貴族。私を含め、彼に想いを寄せている女性の一人や二人くらいはいても不思議ではないし、寧ろ婚約者が居たっておかしく無い。……そう、おかしくはないのだけれど……。リンハルトの口から一度だってそんな浮ついた話を聞いたことがなかった。何かといえば紋章の話やどうやったら一日中寝ていられるかなんて下らない会話をするだけで…。聞かれなかったから言わなかった、と言われればそれで終わりだけど、持ち歩くくらいその子の事を好いているなら、少しくらい話してくれてもよかったのに。自分はそれなりに気心の知れた仲のつもりだったから、知らなかった事のショックが大きい。同時に、儚い恋心が風と共に流されていく。女性の影なんて、微塵も出していなかったのに。

「……はぁ」

深いため息が空へと吸い込まれる。リンハルトにしたかった相談事とは、私に来たお見合いの話だった。相手は私よりも位の高い貴族で、商売の縁から実家の資金援助をしてくれることになった。その人が実家に飾ってあった私の写真をみて婚約を申し出た。という顛末らしい。父はお前の好きなようにすれば良い、と言ってくれていたけど内心は受けてほしいんだと思う。だって、断れば支援を辞退されかねないだろうから。今の自由な人生をとるか、決まった未来を歩むか。同じような立場になった時、リンハルトならなんて答えるだろうと思って、話を聞きたかった。……だけど、もしかしたら幼い悩みだと一掃されてしまうかもしれない。彼には私にすら言えない恋慕がある、そう感じたら、寂しくて仕方がなくなってしまった。

「……寮に戻ろ」

この胸の痛みは嫉妬なのか、隠し事があった事へのショックなのか、これだけ待っても一言も喋れなかった怒りなのか、もしかしたら全部なのかもしれない。物理的には本しか持っていないのに、鉛のかかった心は身体全体を重く感じさせた。







「返事が迅速な人……」
目の前には、先方が派遣したと言う騎士団が手紙をこちらに差し出している。
すごく良い人なら私もリンハルトを忘れられるかもしれない。実家の事を考えるなら、それなりの悪態は目を瞑ってしまおう。目に余るほど物凄く印象が悪い人だったら断ってしまえば良い。自分の中でそう結論付けて、あの後すぐ筆をとって手紙を送ってみた。まずは会って親睦を深めましょう、と。そしたらこの通り、翌日には返事が届いているではないか。フットワークの軽さに驚きを隠せない。返事には今度の土曜日にでもそちらに行くと書かれていて、最後に情熱的な言葉を添えて手紙は終わっていた。

特に課題も行事もないし大丈夫だよね…。承諾を伝える返事を書いて、そのまま騎士団に手渡す。必ずお届けいたします、と敬礼をした騎士団は士官学校の敷地外にいる主人の元へと馬を走らせて行った。その背中をじっと見つめていると隣から不思議そうに声をかけられる。

「今の主人公の実家の騎士団?」
「ううん、違うよ」

先程起きてきたのか、大きなあくびをひとつ落とすリンハルトがそこにはいた。私と同じよに、小さくなるまでぼーっと騎士団の背中を見送る。

「こんな朝早くからご苦労な事だね。騎士だなんて責務、僕には務まらないよ」
「まず起きられないもんね」

違いないと頷く彼をみて、くすくすと笑い声を上げる。そんな自分に急にずきんと心が痛んだ。変な考えが頭をよぎる。この何気ない会話もあと何回出来るんだろうか。いつかはリンハルトも想いを寄せる女性の元へ行ってしまうと思うと、辛くて、想像だけで耐え難くて……、顔が歪む。

「…どうしたの?」
「別に、なんでもない!」
「……隠し事するは、いいけど。隠し切れてない事だけは伝えておくよ」
「!」

お前がそれをいうか、とムッとする。自分だって隠し事してるくせに、自分だって、隠し切れてないくせに!勢いに任せて口にしようとしたが、声が音になる前につっかえた。私は、今の状況をあまり触れて欲しくない。もしかしたら、リンハルトも触れて欲しくないから言わないのかもしれない。理由は違えど誰にも、知られたくない。そういう思いが、あるのかも…。そう思い、振り上げた顔をゆっくりと落とす。その様子をリンハルトは不服そうに見ていた。そのあとひとつため息を溢し口を開く。

「そんな不器用な所も好きだけどね」
「…」

私がリンハルトを余計意識してしまったのは、これが原因だ。白薔薇をお互い交換したあと、彼は頻繁に好きだよと言ってくれるようになった。最近までは、天にも登る勢いで嬉しかった言葉なのに。リンハルトにとっては全然意味なんてなかったんだ。もしかして特別な好きなんじゃないかって感じていたけれど、友達として、ただ、それだけの好きだったんだ。何も言わずにだんまりとした私を見た彼はまぁ無理に詮索はしないけどね、と言ってその場を離れて行った。残された私はわがままだ。詮索してよ、なんて少し思ってしまった。そうする必要や理由はリンハルトには無いのに。当たり前なのに。ここにいる私はなんて惨めなんだろう、じわりと滲む涙が、余計にそう感じさせた。








「それ君に似合うよ。ピッタリだね」
「あ、ありがとうございます…でも私がつけていると負けちゃいます」

週末、約束通りガルグ=マクに訪れたシュヴァーベン殿は街に出ようと修道院から私を連れ出した。彼の外見は写真で見たものよりも身なりが整っていて好青年のように思えた。歳も3つ上と私とさほど変わらず第一印象は好印象。馬車で少し遠くの街まで赴くと、あれよあれよと綺麗な調度品を扱う店へと手を引かれる。店のドアを通り抜けると、そこに並ぶのは輝かしい光を放つ宝石の付いたアクセサリー達。どこもかしこも、私を見てと言わんばかりに自身を光らせていた。その中からシュヴァーベン殿が一つ見繕うと店員さんが私の首へとネックレスをかける。綺麗な淡いピンク色の宝石は、小さいのに存在が大きく、胸元でキラキラと光を反射させていた。

「負けるなんてことはない、君は素敵だよ」
「あ、あはは…」

私のことを大層気に入ってくれたのか、さっきからこの調子である。褒められるのは嬉しいけれど、こうも畳み掛けられるとお世辞にお世辞を重ねているようにしか聞こえなくなってしまう。この宝石も綺麗だけど、私には不釣り合いな気もする。そんな風に自分の思考に入り浸っていると、いつの間にか彼は買い物を済ませたようで手を引かれそのまま一緒に店を出て行く。あっ!

「すいません!私ネックレス外してません!」
「外さなくていいんだよ。それはプレゼントだから」
「えっ!」

シュヴァーベン殿は慌てる私をからかうように口元に人差し指を当てながらそう言い放つ。言葉の意味を理解した私は口をぱくぱくさせて顔を赤くすることしか出来なかった。なんてスマートな!

「良かったら今日はつけていてほしいな」
「……はい」

にっこりと笑うその笑顔が眩しくて、思わず顔を伏せた。過ごしているうちに感じたことだが彼は、とっても優しい。些細なところまでの気配りもあるし、横暴な態度だってしない、それに私の話にも興味を持ってくれる。なのに、なんだろう、このモヤモヤした気持ち。悪いことをしているような罪悪感は時折顔を出す、リンハルトが元凶なんだろうか。好意を向けてくれているのに、私の心の中はリンハルトが陣取ってしまっていた。その隙間に優しさが入るたび、じんじんと良心が痛んでいく。あぁ、ダメだなぁ。私、リンハルトが好きなんだなぁ。どんどん見たくなかった感情が顔を出してきて、正直困る。こんな嫌な女がいるだろうか。自分に好意を向けてくれる人が目の前にいると言うのに、考えているのは別の男だなんて。今の逢引に私が注意散漫になっていることは、バレているのが知れない。それを何も言わずにただただ楽しく過ごそうとしてくれるシュヴァーベン殿の行動に、申し訳なさと切なさだけが私の中に残る。そのまま時間は過ぎていき、気づけば修道院への帰路へとついていた。

「今日はありがとう」
「いえ、私の方こそありがとうございます。すいません、プレゼントまで頂いて」
「いいんだ。また会いに来る口実ができるから」

そういうと私の手をとり唇を落とす。軽い挨拶代わりのものかと思ったが、じゅっと強い力が急に甲に伝わり思わず手を引っ込めた。けれど、それは叶わずシュヴァーベン殿は私の手を強く握って離さなかった。

「シュヴァーベン殿…なにをっ…!」
「…すまない。ただ、今はこれくらい許してくれ」

私の手を離したシュヴァーベン殿はにっこりと笑っていた。手の甲には赤い華が痛々しく咲いていて、ゾッと背筋が凍る。まだ婚約の返事はしていないのに、プレゼントの応酬とでも言うのだろうか。恐怖で硬直していると、それを良しだと思ったのか彼はまた会おうと言いながら馬車へと足を向かわせていた。夕焼けの風が冷たい。遠くに行くまで見届けて、身の危険が去ったのを確認するとガクっと力が抜ける。いい人だと思ったけれど手が早い方なのかも知れない。あぁ、でももう断れないんだろうな。これから自分に起こり得る未来を想像して荷が重くなる。気を落としたまま私は寮への入り口へと向かった。

向かったのだけれど。

「えっと…リンハルト」
「おかえり主人公」

仁王立ちでリンハルトが目の前の道を塞いでいた。なんだかひどく怒っているような雰囲気で、思考をフル回転させてみる。うん、別に怒らせるような事は、してなかったはずなんだけど。

「僕が怒ってるのわかってるよね?」
「…怒ってるのはわかるけど」
「じゃあ早くこっちにきてくれる?」

その言葉に釣られ、一歩踏み出すと手を掴まれた。リンハルトはそのまま強引にスタスタと歩き出してしまい、急いで私も歩き出す。握られた手が痛くて、状況が読み込めなくて、疑問をぶつけるも私の問いかけには一切答えてくれい。なんで怒っているのか全然わからなかったからと言うのもあるけれど、感情的になっているリンハルトを見たことが無いから余計焦ってしまった。足早に道を歩いて行くと目的地に着いたのか、強引に腕を引っ張られリンハルトの部屋へと押し込まれる。茫然と立ち尽くす私を見ながらガチャっと鍵を閉めたかと思えば、乱暴にベットへと押し倒された。上を見上げれば、顔が歪んだリンハルトが覆いかぶさっている。

これは、どういう状況……?





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