それは竪琴の節15日。
リンハルトは最近図書室と温室を行ったり来たりしている。初めは珍しいから何をしてるの?と声をかけたが、別に、見てるだけだから。と言って教えてはくれなかった。
リンハルトが温室に頻繁に顔を出すようになってからというもの、顔を合わせる機会が少なくなった気がする。
私は基本書庫に篭りっきりだし、疲れたら市場へ行ったり食堂に行ったりする事が多い。今まではスケジュールがうまい具合にあってたんだと気づいた。
たまに会う時があってもリンハルトは大体寝ている。それに……、それにあの日言われた別に、が何となく彼を遠ざけた。割と仲が良いと思っていたのに、なんだか他人行儀の距離感に戻ってしまったようで、寂しかった。

今日は誰もいない講義室の中に人影が見えたので、近づいてみた。予想は的中、そこにはリンハルトが座って寝ていた。彼の寝顔をこっそり覗くと、机の上にはエーデルガルトさんが書いた小言付きのメモ書きが貼られていた。私も持っていたペンで一言書き足しておく、ばーか。



それは竪琴の節20日。
今日は温室当番の日だったので、朝に1回、昼に1回、植物たちの顔を見に行った。ドゥドゥーは当番でも無いのによく温室に入っていたので、植物について聞いてみた。手入れが上手だったし、説明も分かり易かった。一層大事に扱っていたものがあって、これは何かと尋ねると白薔薇だと答えた。かなりたくさん植えたのだが病気や害虫に弱く、蕾になるまで一苦労したそうだ。花の香りが強くその美しさからか身を守るためにトゲが生えるんだとも教えてくれた。みんな咲くのを楽しみにしているそうで、私もその花弁を一目見たくなった。そう伝えると、「このまま順調に行けば花冠の節に咲き誇る」ドゥドゥーは珍しく微笑んでいた。



それは竪琴の節25日
今日はリンハルトと久しぶりに言葉を交わした。彼は先生の紋章をどうやったら調べられるかと知恵を捻っているようだ。手伝ってよと言われたけれどリンハルトの説明を聞くに、先生の裸を見せられる羽目になりそうだったので遠慮しておいた。暫くすると眠そうに欠伸をし「主人公がいると眠くなるんだよね」そう一言申し付けるとそのまま私の肩にもたれかかって寝始めた。急速に全集中が右肩に集まる、ばかばか、汗かく。動揺を隠すようにゆっくりと本のページをめくった。あ、この感じちょっと懐かしいかも、なんだか嬉しくなった。もしかしたら私は、意地になっていただけなのかもしれない。久しい温もりを感じながら、ふふと声を出して笑ってしまった。この時リンハルトの口元も笑っていたことに、私は気づくことはなかった。



それは竪琴の節29日。
そういえば、そろそろ花冠の節に入るな。なんてぼんやり思う。私の実家がある領地では花冠の節14日になると異性や親しい友人にお菓子やチョコレートの贈り物をする。何故だか理由は忘れてしまったけれど雨に濡れる前に食物を収穫して祝おうとか、そんな感じだった気がする。
士官学校のみんなもやるんだろうか。少しそわそわしながら、私はやっぱりお菓子を作って渡そうと思った。イングリットにメルセデスやアネット、きっと喜んでくれるだろう。あとリンハルト……。まぁ深い意味は?全然ないけれど?彼は甘い物が好きらしいし、親しい友人として渡すのはありかもしれない、そう、あくまで、友達として…。



それは花冠の節5日。
温室の前の庭に行くと、嗅いだことのない甘い香りがふんわりと風に運ばれてきた。
匂いに誘われて温室を覗くと、女子生徒がなにやらざわざわと集まっている。女子生徒の間を通り抜けていくと中の一画には優雅に咲き誇る純白の花が姿を現していた。思わず声が漏れる、すごく綺麗だ。太陽の光が反射してキラキラと輝いている。よく見るとドゥドゥーが一本ずつ白薔薇を丁寧に剪定していた。その白薔薇を女子生徒が一本ずつとっていく。中にはダスカー人が触った花なんて、と吐き台詞を言って出て行く生徒もいた。大丈夫だよ、ドゥドゥー。あの子には入ったお手洗いにトイレットペーパーが無かった呪いをかけておくからね。

「何してるの?」
「………主人公か。白薔薇を、切っている…聞いた事はないか?フォドラではこの季節になると、白薔薇の冠を異性や大事な人に送る習慣がある」
「あぁ〜…!」

点と点が繋がり弾け飛ぶように理解する。そういえば花冠の節だった。私の実家の方はどちらかと言えば食文化が主流で白薔薇なんて滅多にお目にかかれなかった。だから白薔薇の変わりに、お菓子やチョコレートを贈るのが習慣になっていたんだ。すっかり本来の流儀を忘れていたなぁ、だからこんなに女子生徒がー……。

「いやいや、多い気がするんだけど…」
「………今日は、シルヴァンの誕生日だ」
「……なるほど、ドゥドゥーは流行を把握してるね」

流石色男。この白薔薇の大半がシルヴァンの元に届けられるのか。最早、ドゥドゥーがシルヴィンの為に育ててたと言っても過言ではないな。少し呆然としているとドゥドゥーが新しく切った白薔薇を私に差し出す。

「主人公も…誰かにやるといい。数が限られてるので、一輪しか渡せないが…」
「わぁ、ありがとう」

差し出された白薔薇を受け取るとドゥドゥーはまた微笑んだ、彼の笑顔を拝めたのはこれで2回目だ。おっ、と思った時にはもういつもの仏頂面に戻ってしまっていた。勿体無い。ドゥドゥーも誰かに渡せば?と冷やかすと、なら、殿下に…と期待していた答えと、違ったものが返ってきて肩を落とした。とはいえ、白薔薇の冠を付けてるディミトリ殿下を想像し、少し穏やかな気分になる。あの方なら、混じり気のない白が金色の御髪に映えてきっと似合うだろう。私はー…、この白薔薇をどうしようかな。とりあえず、礼儀にならって冠でも作ってみようか。どうせなら、イングリット達も誘って中庭にいってみよう。



それは花冠の節5日、午後。
皆を誘って中庭に向かう。意外と強情なイングリットを連れて行くのに時間がかかった。絶対楽しいからお願いお願いと連呼していた私とアネット、メルセデスのこれも信仰の一部だからという追撃で見事に連れ出すことに成功する。俄然やる気マックスだ!肝心の白薔薇を貰いに行くと今度は先生が白薔薇を配っていた。先生が持っているとなんだかキザだね、と皆でくすくす笑った。
中庭につけば、イングリットは手先が器用でするすると花冠を作って見せた。あまりの出来栄えにこぞってご教授を乞う。メルセデスは花を見つけるたびこれはポピー、ヤグルマギク、シノグロッサムと名前を教えてくれた。アネットに誰にあげるか聞くと「お父さんかな」少し切なそうにぽつりと答える。「絶対会えるよ」私が手を添えて呟くとアネットはいつものようににっこりと笑った。
そういえば、と私の方の習慣を伝えると、じゃあ14日にプレゼントし合おうという話になった。白薔薇の冠を作り終えた後はそのまま盛り上がってしまい日が少し傾くまでお喋りを楽しむのだった。



「や、主人公良かった、探したよ」
「リンハルト」

中庭から食堂へ行こうとする途中で、リンハルトが寝ぼけ眼を擦りながら声をかけてきた。3人に先に行って良いよと伝えればアネットはニヤッと笑って頑張ってと口だけを動かした。急に緊張してしまって顔が強張る。ア、アネットォ〜!

「今日はなんだか騒がしいね。どこに行っても人がいて…ふぁ…」
「あぁ、白薔薇が咲いたからかも。ほらフォドラの習慣のやつ…」
「あぁうん、知ってるよ。僕もさっき貰ったから」
「えっ」

そう言ってリンハルトは手に持っていた白薔薇を私に見せた。誰から?という言葉が喉をつっかえる。思わず作った花冠を後ろへ隠した。リンハルトはそのまま続ける。

「自分の親愛なる人に白薔薇を渡す、なんて良い風習だよね。これを渡して思いを告げる生徒もいるみたいだし。それに無事に花が咲くのは丁寧に手入れできてるって事だから豊作の証拠だよ。今節はいい物が食べられそうだ」
「………そうだね」

彼が饒舌なのがやけに気になった。なんだい、じゃあ君はその思いを告げられて渡された側ってわけですか?それで、そんなにウキウキしちゃってるんですか?はいはい、そーですか……。黒いモヤモヤっとした気持ちが心を支配する。不思議だ、ずっとずっとリンハルトと話したかったのに、今は今すぐここを離れてしまいたい。リンハルトの嬉しそうな顔を見るのが、辛かった。

「その後ろに隠してるの花冠?」
「…そうだけど」
「じゃ、早速だけどくれる?」
「…うん………ん?」
「やっぱり僕になんだ。……あれ、くれるんじゃないの?あ、こういう時は先に渡した方がいいかな。はい」

そう言って私の目の前に白薔薇が差し出される。突然の出来事に頭がついていかなかった、ま、まてまてまて。まず、まずは

「リンハルト…人からもらったのをさぁ、他の、女の子に渡すのはちょっと……」
「? 君もベレト先生から貰ったんじゃないの?それを渡すのはダメな事じゃないよね」
「へぁっ、先生?」

我ながら阿保っぽい声が出たと思う。リンハルトはキョトンとした目で私を見ていた。先生、なんだ…先生か…。ホッと胸を撫で下ろす。突っ掛からなくてよかった…。そうしていると早く、と急かすように彼は少し白薔薇を私に近づけた。おずおずとしながらそれを受け取ると、満足そうに彼は笑う。そして空になったその手を私の前に差し出すのだった。躊躇していると不服そうな顔をし始めたので、もうどうにでもなれと思い花冠を差し出した。

「わぁ、ありがとう主人公。意外と上手に出来てるね。」
「意外とは余計なんじゃないの!」
「僕も白薔薇の様子を見に行っててさ、やっと咲いたから主人公に渡したくて。花冠も作ろうかと思ったけど、結構難しいでしょあれって…ちょっと面倒くさくなっちゃって、でもこのままでも綺麗だからいいよね」
「それは気にしてないけど…なんか今日は元気だね」
「まぁね、それなりに気分は良いよ…雰囲気に当てられてるのかな。主人公から貰えたのは思ってたよりも嬉しいし」
「…そ、そう…。私も、リンハルトから貰えて、嬉しいよ」

これも言おうと14日の話をした。彼は嬉しそうに楽しみにしていると言ってくれた。リンハルトがくれた言葉が予想以上にこそばゆくて、素直になろうかなと出した声が余計に身体を沸騰させた。そんな心情を知らないリンハルトはお腹すいたから食堂へ行こうと呑気に私を誘う。白薔薇を持ったまま食堂に行けば、アネット達の質問の嵐が来るだろうと察知し、私は一度寮に戻ると告げてリンハルトと分かれた。あ、結局どういう意味で白薔薇をくれたのか聞かなかったや。何食わぬ顔で渡してきたから、友人としてくれたのかな、ちょっと残念。花瓶に白薔薇を挿してから食堂へ向かう。この後、私が渡した花冠を持ったリンハルトを見かけたアネット達に質問の嵐をされるとは思っても見なかったのだった。




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