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ふっきれてとんでって


 からからから、と音がして、そしてすぐにバターン、という音が続けて聞こえてきた。わたしは見ていたテレビ番組から視線を外し、ぱちぱち何度か瞬きをして、物音のほうへ顔を向ける。寒いから、玄関まで行きたくないなあ。けど、なんだか玄関からうめき声が聞こえてくるしなあ。
 少しの間悩んで、わたしは身体を包んでいたブランケットはそのままに、仕方なく玄関へと足を進める。そうっと玄関のほうを覗き込むと、伸びている人影が見えた。嫌ってくらいに見覚えのあるひとだ。
 玄関には、やはり銀色がべしゃりと潰れていた。ひっくひっく、と時々しゃくりあげて、もぞもぞ動いている。

「……おーい、かあぐらあ、帰ってきたぞお、」
「わたし、神楽ちゃんじゃないよ」
「……んぁ?」

 もそもそ、顔をあげた銀ちゃんが、据わった目をわたしに向けて、じいっと動きを止めた。顔が赤い。内側からじわじわ染み出したようなその赤さは、アルコールによるものに違いなかった。

「なまえ? なんで、居るの、おまえ……幻覚?」

 銀ちゃんが、地べたを這った姿のまま、顔だけこちらに向けている。間抜けだ。ひっくひっく、とまた銀ちゃんがしゃくりあげる。わたしはしゃがみこんで、取り合えず銀ちゃんが巻いたままのマフラーを解いてあげた。なんだかすごく苦しそうだったから、取り合えず。
代わりにブランケットをかけてあげようかとも考えたけれど、酔っぱらってこんな時間に帰ってきた人に渡すのは癪で辞めた。

「えっとね、神楽ちゃんの忘れ物届けに来たんだけど居なかったから、待ってたの。初めは新八君が出迎えてくれたんだけどね、買い物行かなくちゃって言うから、わたしが留守番……」
「あー、流石に飲み過ぎたわ、これは、」
「聞いてる?」

 折角丁寧に説明したのに、銀ちゃんは「おー、聞いてる聞いてる、」と繰り返し言うとそのまま玄関の床に顔を伏せた。銀色の頭が動くとお酒の匂いがして臭い。おじさんと夜の歌舞伎町の匂いを煮詰めたみたい。お世辞にもいいにおいではないけれど、その中にほんのりと甘い香りがあって、もしかしたら糖尿病患者特有の匂いなのかもな、とぼんやり思った。

「そんなところで寝たら汚いよ」
「んあー、気持ち悪い」
「お風呂入ってきたら? ……あ、一緒に入って手伝う方がいい?」
「ブフゥ」

 お風呂に入ったら酔いも覚めるんじゃないかと思ったけど、ここまでべろべろに酔った人をお風呂に行かせるのはちょっと心配だ。知らない間に溺れたり、倒れられたりしたら大変だもの。銀ちゃんに何かあったら、神楽ちゃんや新八くんになんて言えばいいのか分からないし。そもそもこんなにフラフラで入れるのかな。頭だけでも素面の人が洗ったりした方がいいのかな。
迷ったけれど試しに提案してみると、顔を伏せたままの銀ちゃんが噴き出した。わたしは遂に吐いたのかと思って一瞬びくついたけれど、そんなことはなくて、銀ちゃんの下はまだ綺麗なままだった。少し安心する。やっぱり早いところお風呂場に連れて行ったほうがいいかも。吐くなら水場で吐いて。
 銀ちゃんはばっと赤い顔をあげて、ぎょっとした顔で唇を震わせている。
 いやいやいや、と口の中でもごもごと銀ちゃんが言った。

「マジで?」
「ん?」
「…………いくら銀さんが優男でもさあ、流石にね?」
「大丈夫。銀ちゃんのこと、優男だと思ったこと一回も無いよ」
「まあどうしてもって言うなら入ってあげるけどねったく仕方ねえなあホントに!」
「急に早口だね銀ちゃん」

 銀ちゃんは気持ち悪いくらいにニンマリしながらやっと身体を起こした。視線をあちらこちらに彷徨わせて、んん、ごほんごほん、あー、あー、と過剰な咳ばらいをした後、じりじりとこちらへにじりよってくる。綺麗に正座をした銀ちゃんはずいっとこちらへ手を伸ばした。その手はわたしの着物に伸びてくる。

「え、なに?」
「え、なにって何?」
「いや、この手、なに?」

 銀ちゃんの手は、わたしの着物の襟をがっしり掴んでいた。え、なに、カツアゲ?
 わたしはすごく間抜けな顔をしていると思うのだけれど、銀ちゃんは何故かちょっと笑う。普段の銀ちゃんからは考えられないくらいに爽やかな微笑みだ。目尻が柔らかく緩んで、穏やかなのに手の力が強いのでちょっと怖い。

「だって着てたら入れねえだろ?」
「え、何に?」
「え、風呂に」
「…………?」

 こてん、と首を傾けると、銀ちゃんもこてん、と首を傾けた。二人しておんなじ方向に首をかしげている。
 銀ちゃんは不思議な顔から今度ははっとして、わたしの腰へと腕を伸ばした。

「悪ィ、帯外すの忘れてた」
「え、ああ、いえいえ……?」

 謝られて、とっさに首を振ってしまったけれど、銀ちゃんが再び帯を外しにかかったのを見て我に返った。あれ、この状況可笑しくない? 慌てて銀ちゃんの腕を掴むと、ぼんやりした瞳がこちらを向いた。

「どうした?」
「銀ちゃん、お、落ち着いて」
「落ち着いてっけど。入るって言ったじゃん、風呂」

 ひっく、と銀ちゃんがしゃくりあげて、ぶわんと濃いアルコールの匂いがした。ううん、かなり酔っぱらってる。もうすぐお昼ご飯を食べるような時間なのに。
 ていうか、銀ちゃんがお風呂に入るのを手伝うとは言ったけど、銀ちゃんと一緒にわたしも入るだなんて、全く言ってない。
 わたしはゆっくり銀ちゃんの腕を掴んでぎゅっと握った。

「まずお水飲んだ方がいいよ、持ってくるね」
「風呂は?」
「一旦忘れよっか」
「一緒に入ってくれねーの?」

 水を持ってこようと立ち上がったわたしの着物の裾を、銀ちゃんがきゅうと引く。こちらを見上げる銀ちゃんの顔はやっぱりまだ真っ赤だ。目は死んでいるのだけれど、ほんの少しだけ心細そうだった。ちょっぴり潤んだ瞳がわたしを真っすぐ見つめている。
 この時間にべろべろになってるなんて格好悪いことこの上ないのに、でもちょっと可愛かった。

「入ってもいいけど、わたし服着たままでいい?」
「んあ? なに、そういうほうが好きな訳?」
「え、うん、流石に裸はちょっと」
「へぇー、ふーん、まあそういうのもいいか」

 でれえ、という顔をした銀ちゃんが、むふふ、と笑う。変。わたしはとりあえずキッチンでコップに一杯水を汲んで、いまだに玄関でぼけっとしている銀ちゃんに持って行ってあげた。渡すと「ん」と銀ちゃんが一気に水を飲み干す。ぶは、と息を吐く姿はかなりおっさん臭かった。その後銀ちゃんは何かのスイッチが切れたみたいに一人でぼんやりした。
少し経つと落ち着いたのか、さっきよりも顔の赤みは引いて、瞳もしっかりしてきた。ああ、これなら一人でお風呂に入っても大丈夫なんじゃないかな。そう思って安心する。

「………………」

 ちらり、と視線をあげた銀ちゃんが、黙り込んでわたしの顔を見つめている。ぱちぱちぱちぱち。銀ちゃんの瞬きがあり得ない速さになって、額をつうと汗が伝っていった。

「もしかしてなんですけど」
「うん?」
「なまえサンご本人でいらっしゃったりしますか?」
「ご本人以外の何者でもないですけど……」
「ヒュッ」

 ヒュッと鳴ったのは銀ちゃんの喉。だらだらだらだら。尋常じゃないくらいに銀ちゃんの汗が噴き出してきて、顔がひくりと引きつっていくのが分かった。

「え、じゃあなに、風呂に入ろうって、お前が言ったの? 俺の幻覚じゃなくて?」
「まあ、はい……?」

 でも銀ちゃんがべろんべろんだから言ったんじゃん。そう言おうとしたら、カっと目を見開いた銀ちゃんの「ばっか野郎!」といわれのない罵倒にかき消された。
 その場にバッと立ち上がった銀ちゃんが、わたしの肩をがっしり掴む。さっきまでだらしない顔で床に伸びていたなんて思えないくらいに鬼気迫る顔で、銀ちゃんはわたしの肩をぐわんぐわん揺らした。

「言って良いことと悪いことがあるでしょうが! 俺はなまえチャンをそんな子に育てた覚えありませんよ!……他のヤローとかに言ってないよねそうだよね?!」
「ええ〜……さっきしつこかったの銀ちゃんのほうじゃん……もう言わないよ、誰にも言わないから……」
「いや俺には言ってくださいお願いします!」
「意味わかんない……」

 本当に意味が分からない。けれどわたしの言葉に銀ちゃんは更に大きく口を開いて、「いみわかんなぁ〜い、じゃねーよ! 男心弄んだ責任は取れ!」なんて叫び続けていた。銀ちゃんはまだやっぱり酔っぱらっている。すごく。だって言っていることが支離滅裂だもん。そんな銀ちゃんは最終的には「お風呂入ろ? ってもっかい言って!」と必死に言い初めて、それは新八君が帰ってきて銀ちゃんの頭を鋭くはたくまで続いた。
 酔っぱらいって、ほんとうにめんどくさい。今度から溺れるかの心配なんてしないで、さっさとお風呂に放り込んじゃおう。わたしは心に誓った。





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