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 両方の手に力が入りそうになって、慌てて少しだけ緩めた。わたしが構える竹刀の先でにい、と笑っている顔に気圧されないようにしていると、自分の表情が硬くなってしまう。

「……っふ!」

 竹刀を何度振りかぶって打ち込んでも、やはり力の差は歴然としていた。距離を取って、切先を少し下げる。彼の足先が僅かに動いたのを見て、わたしはもう一度竹刀を振っ……。

「……いったあ!」
「隙がありすぎなんだよオメーは!」

 気づけばわたしの胴に竹刀が打ち付けられていた。防御もままならずにそのまま体制を崩して思い切りすっころぶ。
 痛い、と泣き言を口の中で小さく繰り返しながら脇腹を摩っていると、呆れを顔に浮かべた一角がわたしの目の前まで歩み出た。

「本気で打ち込んだ……」
「馬鹿、当たり前だ。全力で振らないだけ感謝しとけ」
「いだい……」

 十一番隊の道場。隊士も居なくなった頃合いに顔を出して、最近、一角に稽古をつけてもらっている。気分がのったら弓親も付き合ってくれるけれど、わたしと打ち合っても楽しくは無いし、汗をかくしで、本当に稀だ。
 ずっと一角と戦うなんて嫌だったし、今も嫌だけれど、わたしが一番強いと思うのが一角の剣なのだから仕方ない。稽古をつけてほしい、と告げたら、面倒見のいい一角はなんだかんだと何も言わずに付き合ってくれるようになった。加減なんて一つもしないけれど。

「どこ狙えば良いか迷うくらい隙だらけだぞ睦。逆にどうすりゃそこまでガラ空きになんだよ、六番隊三席」
「……へへ、」
「褒めてねえっつの」

 はあ、と深く一角がため息をつく。
 わたしにとっても、すごく耳が痛いことなのだ、これは。霊術院の頃からわたしの剣術はからきしで、他の分野を悉く引っ張っていた。正直、一角は別にしたって、他隊の三席には比べられない程に、わたしには刀を振る実力が無い。

「お前は縛道やら鬼道やら、斬魄刀の能力やらを勘定に入れ過ぎだ。情けねえ」
「うっ…………」

 とどめの一言だった。
 自覚があるからこそ深く刺さった。竹刀を持って項垂れながら、一角の顔を仰ぎ見る。わたしは制限された状況での戦闘にめっぽう弱い。

「せ、せめて脇差、とか……」
「まずはそれで一本取れ」
「ええ?! 無理!」
「喚くな! 行くぞ!」

 一角から一本なんて、取れる気がしない。悲鳴のような声をあげても、一角は鋭く一喝して、また竹刀を構え始める。慌てて立ち上がると、一角が踏み出して竹刀を振りかぶった。ギリギリで避けて、竹刀を構える。
 一角はいつもわたしの剣の振り方を「つまらない」と評する。それもそうだろう。わたしの剣は霊術院で習った、型に嵌りきったそれだ。始解状態の脇差なら、慣れ親しんでいくらかマシでも、刀身の長さが異なると、完全に良い子じみたそれになってしまう。

「っつ、あっぶな……!」
「口開く余裕はあるみたいだな」

 ギリギリで避けることを繰り返しているだけで、ちっとも攻撃ができない。だって攻撃の為に振りかぶったら一瞬で打たれる。
 つまらない剣、を脱却しなければといっても、一角のようなスタイルを真似することは不可能に近かった。一角は「とにかく経験を積んで慣れろ」と言う。

「つまんねえこと考えながら打ち込むな!」
「っつ、……あ!」

 竹刀が思い切りぶつかり合い、そのままわたしの手から飛んでいく。吹っ飛んだ剣はそのまま道場の入り口近くの壁にぶつかってけたたましい音を立てた。
 「うう……」とまた情けない声が落ちる。
 竹刀を取りに行こうと足を踏み出すと、先にそれを拾い上げる手があった。

「まだやってたの? 随分経ってるよ、始めてから」
「弓親! ありがとう」

 竹刀を受け取って、呆れかえったその顔に向かい合う。弓親は「よくやるよね」と言うと、わたしの髪へ手を伸ばした。髪をまとめていた紐を解かれて、髪が落ちてくる。
 弓親がそのまま「後ろ」と短く言うので、くるりと後ろを向いた。一角が手拭で汗をぬぐっているのが見える。

「髪、ぐちゃぐちゃじゃないか」
「へへ」

 結び目からほつれていた髪を、弓親が再びまとめて結び直してくれているらしい。その間にも一角が竹刀をしまい、こちらに近づきながら「今日は終わりだ。腹減った」と頭をかいていた。

「うわ、ちょっと一角、汗臭いよ」
「……当たり前だろうが、稽古してたんだぞこっちは」
「そう? わたし分かんないけど」
「きみも汗かいてるからでしょ」

 死覇装の襟を摘んで、すん、と何回か鼻を鳴らす。自分の匂いなんて分からない。
 ただ汗は絶対にかいているので、とりあえずお風呂にでも入ってこようかと決めて、その場でぐっとのびをした。

「お風呂行ってくる。そしたらご飯、集合ね」
「おー」
「一角も入って来なよ。僕嫌だよ、汗臭い二人に囲まれて歩くの」
「……弓親も気づいてないだけで汗臭いんじゃない?」
「えっ嘘?!」
「うそー」

 顔をひきつらせた弓親にそこそこ強い力で頭をはたかれた。弓親は冗談が通じない時がある。


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