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結局睦さんは、夜明け頃になっても帰ってこなかった。
すぐ帰ってくる、って言っていたから何かあったんじゃないかって心配しているあたしを他所に、皆さっさと準備を整えて出発するつもりのようだ。
「あの、睦さんのこと、待たなくてもいいんですか……?」
「あ? なんで態々待ってやらなくちゃならねぇ」
剣八さんにそろっと聞いてみたら、そう返ってきた。仲良しに見えた一角さんと弓親さんの方もそろそろっと目を向けたけれど、特に待つつもりはないみたいだ。
「時間もねぇしな」
そう一角さんが言う。確かに朽木さんの刑が早まって、猶予はもう無い。睦さんのことを待つ時間も、探す時間も無い。でも、やっぱり心配だ。
すると弓親さんが、つんとした顔で「きみに心配してもらわなくても平気だよ」と言う。
「睦は上手くやれる子だからさ」
ふん、と鼻でちょっと笑いながら弓親さんが言って、一角さんもそれを聞いて黙っている。
そっか、信頼し合ってるんだ、素敵だなあ、とあたしはちょっとほんわかとした気持ちになった。思わずほろりと零れた笑顔に、弓親さんは苦い顔をする。こういう顔をするの、癖なのかな。
「行くぞ」
短い呼び声と共に、隊舎を出発する。やちるちゃんと並んで剣八さんの背中にしがみつきながら、「それで、睦さんの言ってた四番隊は……」と呼びかけると、二人して黙り込んでしまった。
「んーと、この先、右だよ!」
なんとなくでも、霊圧を感じる気がして、それは反対の気もしたのだけれど。すごい勢いで剣八さんが走り出したのであたしは口を噤んだ。この時はまだ、瀞霊廷をぐるぐるまわることになるとは考えてもいなかった。
△△△
死神達に捕らえられて牢にぶち込まれてから暫く。ムサい男三人で狭い牢の中は気が滅入る。滅入るなあと思っていたら、牢の天井がぶち抜かれてあの更木剣八が入って来やがるとは思いもよらない。しかも傍にはこっちに来てすぐに戦う羽目になった変態おかっぱナルシストが居やがるわ、更木剣八の背中にはあのかわい子ちゃんが乗ってるわで度肝を抜かれるとはまさにこのことかと思った。
しかし化物じみた男も、敵ではなければ心強い。いや、やっぱ怖ェけど。
牢を出て、一護を探すと走り始めたはいいものの、何十回も行き止まりにぶち当たっては進路を変えている。
「あ……えーっと……何ていうかまあ……道案内なんて運みたいなもんだし……」
「10回や20回くらい行き止まりに着くこともあるよね!」
そして何十回目かの行き止まりの頃、雨竜とかわい子ちゃん、二人が止めを刺した。ずっと進行方向をニコニコ指示していたちびっこの副隊長は、遂に顔を真っ赤にして震えている。
「ホレ見ろ言わんこっちゃねー、だから副隊長の道案内はイヤだっつッたんスよ」
言いやがった、と思ったとたん副隊長がハゲ頭に文字通り齧りついたので、ちょっと距離をとっておいた。つーか死神ってこうもどいつもこいつも霊圧の探知が苦手なのか?とぐるぐるになった包帯の中で呟いておく。
「……あの子なら結構こういうの、得意なんだけどね。……どこ行ったんだか……」
「あの子?」
「…………! 隊長」
「……あァ」
愚痴るように呟いたおかっぱに聞き返せば当然のように無視された。何だコイツ。口から飛び出しかかった文句は、しかしすぐに更木剣八の言葉で引っ込んだ。
「コソコソしやがってみっともねえ連中だ……出てこいよ。霊圧消して隠れるなんざ隊長格のすることじゃねェだろうが」
「……随分な口の利き様だな、自分が何をしているのか解っているのか?」
途端に膨れ上がった霊圧に全員が動きを止める。
前方の塀の上へと現れたのは四人の死神だった。どいつもこいつも、尋常じゃねぇ霊圧をしている。背後で髭面のおっさんが震える声で言うに、それぞれ隊長と副隊長だ。まずい。この時間がねぇ中で、一番不味い遭遇だ。
しかし緊張が走る中で、更木剣八だけが心底愉し気に頬を吊り上げて笑う。
「四対一か。試し切りにゃちっと物足んねェがな」
やっぱ化物か、こいつ。
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