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43


 四番隊舎の中を歩く更木隊長を見る日が来るとは、思わなかった。
気が急いて、怒られると分かっていながらも、どうしても小走りになる足を止められない。更木隊長とやちる副隊長は一角と弓親の容態までは把握していないようだった。いまだに信じられていない、二人が負けた、なんて。

 隊士に病室を聞き、どかどかと進んでいく更木隊長についていく。目的の部屋から、隊士がひとり怯えたように飛び出してくるのが見えた。
 足をもつれさせながら、真っ青な顔をしている彼女に近づき、その手をとる。

「大丈夫ですか? 何が……」
「あ、小宇都三席、……いま、十二番隊の隊長様が、……」

 強張ったままの顔でいる彼女に戻って席官に報告するように伝え、また小走りで歩き出す。涅隊長はあまりにも有名だ。確かに彼なら気に入らないことがあれば隊士にあたっても違和感がない、そう思えるくらい、恐ろしいと日頃から囁かれているような死神。いつの間にか更木隊長は居なかった。先に行ってしまったらしい。
 わたしも慌てて病室に飛び込むように入ると、出てくる涅隊長に鉢合わせた。

「前も見ることもできないのかネ!」

 ギョロリとした目がこちらを射抜く。彼は怒りの滲んだ表情でわたしの身体を乱暴に押しのけるとそのまま病室を出て行った。隊士に当たるな、と文句を言いそうになったわたしの横を、軽く会釈をして今度は涅副隊長が通り過ぎて行く。

「……んだ、睦も来てんのか」
「い、っかく」
「ぶっさいくな面してんな」

 室内では、一角が診察台に横たわり、こちらに顔だけを向けている。身体に包帯が巻かれてはいるものの、表情は普段通りで、けろりとしていた。弓親の姿を探して視線を彷徨わせると、一角が「あいつも生きてる」と言って呆れたようにため息をついた。

「……聞いたぜ。負けたんだってな」
「……申し訳ありません。敗けて永らえることは恥と知りつつ戻ってまいりました」
「…強えのか」
「強いです」

 更木隊長の隣で、一角の言葉に耳を傾ける。敗けて永らえることを恥、と言うのは、やはり一角らしい言葉だった。
 一角が戦ったのは、オレンジの髪に身の丈ほどある大刀を持った死神だという。外見の特徴は、これまで報告されていたものとも一致していた。

「向かった先は、懺罪宮四深牢」
「…………」
「……例の極囚か」

 更木隊長が繋いだ通り、そこは今朽木ルキアが、彼女がいれられている場所だ。旅禍の目的がそこだと言うのなら、必然的に彼女が目的ということになる。

「隊長の人相を伝えて気を付けるよう言っておきました。奴が俺の言葉を憶えていれば、どこで遭っても最高の戦いが楽しめる筈です」

 一角は本当に、更木隊長のことが好きだな。続けられた彼の言葉にそう思った。いつだってなんだって、更木隊長の楽しみを考えている。更木隊長の傍で戦って死ぬことを考えている。ほんの、ほんの少し。ほんの少しだけ、嫌な気持ちになる。……今に始まったことではない。いつものことだ。言葉にするつもりもない。思うくらいは許してほしい、と思う。

「そいつの名は?」

 案の定、更木隊長の表情はこれ以上無いくらいに楽しそうだ。自分を楽しませてくれそうな死神のことで頭がいっぱいなのだろう。

「黒崎一護」

 くろさきいちご。名前を口の中で復唱する。更木隊長は名前を聞いてそのまま部屋を出て行った。昂っているのか、隊長の霊圧が揺れ、わたしは背筋にじっとりと汗をかいてしまった。額にも滲んでいた汗を拭って、一角の顔を覗き込む。

「……助けに来た、だとよ」
「……その黒崎一護がそう言ったの?」
「ああ」

 一角は、どうするんだ、とでも言いたげにこちらを見つめている。
 本当に、旅禍の目的がルキアちゃんを助けることだったとして。……確かに朽木ルキアを助けたい、その気持ちはわたしも変わらない。けれど、わたしが今探している方法は余所から来た旅禍のように力づくのものではない。彼女を奪い去るとして、壁は高く多すぎる。あまりにも無謀な策だ。……それに、向こうもきっと、目的の為に全員を斬り捨てる覚悟で来たはずだ。

「……敵は、敵でしょ。一角のこと斬ったし」
「ああ?」
「でもよくそんな傷で済んだね」
「…………」

 あからさまに一角の眉間に皴が寄る。舌打ちを漏らして、彼は視線を逸らした。

「……とどめ、さされなかったの、怒ってるの?」
「……舐められたもんだ」

 わたしは一角が生きて戻ってくれたことが嬉しくて堪らない。敗けたって戻ってきて欲しい。そう言いたいけれど、今言葉にしたらきっとありえないくらいに怒られるだろう。わたしは声が漏れないように口を引き結んだ。

「ねえ、弓親の居る部屋分かる?」
「さあな」
「……敗けたからって拗ねてる?」
「はァ?!」

 がばり、と身体を起こそうとした一角の傷口からじわりと血が滲んだ。慌てて彼の額を押さえつけて身体を横たえる。いってえ! と間抜けな声が響いた。

「傷開いたら、すっごい怒られるんだからね。その前にわたしが怒るし。大人しくして」
「………………」

 不服そうな顔をしているが、自分の傷口が浅くはないことは理解しているらしい。案外素直に一角は身体をそのまま横たえていた。

「わたし、もう戻るけど。……抜け出したら駄目だよ」
「わーってるよ」
「卯ノ花隊長、本当に怖いんだからね」
「……分かってる」
「一角、楽しかった?」
「…………おう」
「そっか」

 本当に楽しかったんだろう、そう思った。一角が楽しい戦いだったのなら、嬉しい。それと同じくらいに、一角が敗れたことは、悔しい。めちゃくちゃな気持ちだ。
わたしはなるべくこの情けない顔が見られないように、処置室を出た。
廊下に出て、すぐそばに居た隊士に弓親の居場所を尋ねると、すぐ隣の部屋を指さされた。しかし、困ったような顔で「ですが」とおずおずと続けられる。

「今は、誰も通すなと、仰られていて」
「誰も?」
「はい。ですので……」

 心臓がざわついて、苦しくなる。そんなに傷が酷いのだろうか。
 わたしの顔があまりにも情けないものだったのか、彼女は慌てたように「幸い、傷はそこまで深くありません」と続けた。

「ただ、その…………ええと、とにかく暫くお部屋には通してほしくないそうで」
「……そう、ですか……」

 理由は分からないけれど、傷が深くないと言うのなら、それを信じるしかないだろう。

「……あの、弓親に、……まあ、聞かないかもしれないですけど、安静にするように伝えてください」
「は、はい」

 承知いたしました。と、彼女の戸惑った声を聞きながら、弓親が居るという部屋の扉に目を向ける。姿が見れないことがこんなにも不安になるとは思わなかった。


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