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「あれ、牢の鍵は?」
「先ほど阿散井副隊長が持っていかれましたよ、」
「ああそっか、ありがとう」

 六番隊舎内の牢に向かう。牢のある部屋に入るには鍵が必要だが、阿散井が持っていったようだった。今日は本来なら非番の筈だけれど、どうしても気になってしまうのだろう。
 部屋の前まで差し掛かれば、疲れた様子の理吉が項垂れて立っていた。

「どうしたの」
「あっ、お疲れ様です! 小宇都さん」
「お疲れ様。……牢屋の様子はどう?」

 その言葉を聞いて、理吉は表情を曇らせた。
 どうやら、捕えられてからというもの、ルキアちゃんは食事も摂らずに椅子に座ったまま、ずっとぼんやりと外を眺めているらしい。「お腹空いてない、の一点張りで」と困ったような顔をする理吉に阿散井のことを聞けば、先ほど中に入っていったらしかった。

「……じゃあ、ここで待っていようかな」
「入らなくていいんですか?」
「二人で話させてあげたいでしょ」

 理吉は阿散井のことを大層尊敬している。眉に阿散井のそれを模した入れ墨を入れるくらいだから。そんな尊敬する死神のことを、理吉も心配しているのだろう。

「……ところで、何それ」
「ああ、これですか? ジェニファーちゃんです」
「じぇに……?」
「地獄蝶がすーぐ逃げちゃうので、これでおびき寄せようと」

 わたしの言葉に「そうですね」と頷いていた彼の手には、カラフルな蝶の玩具が握られていた。指摘すれば、自慢げに振り回してみせるので思わず笑う。

「……あ、笑いましたね」
「え?」
「最近小宇都さんも、恋次さんも、気を張っているみたいだったので」
「……顔に出てた?」
「いやあ、そういう訳ではないんですけど。心配だろうなって!」

 部下に不安を抱かせていただろうかと申し訳なく思いながらも、彼の気遣いは素直に嬉しかった。「ありがとうね」と一言漏らせば、理吉の表情が柔らかいものになる。
 その後も近況を面白おかしく話す理吉に耳を傾けていれば、暫くして目の前の扉が開かれた。バタン、と勢いよく閉じられて、出てきたばかりの阿散井の表情は歪んでいる。

「……あ、睦さん。……サボってんのか理吉」
「い、いやいやいや! サボってませんよお」
「理吉はわたしのお喋りに付き合ってくれたの。……どうだった、ルキアちゃん」

 阿散井は一瞬視線を逸らしたが、すぐに「どーもこーもないですよ!」と声を張り上げてみせた。大袈裟に声を張って、ぼりぼりと頭の後ろをかいている。

「牢にぶち込まれてるってのに、癪に障ることしか言わねえ」

 苛立ったふうに、阿散井が言う。そう、と返すと、阿散井は一瞬迷ったように口を開いたが、すぐに閉じてしまった。言いかけた言葉は何だったのだろう。
 阿散井は結局その後何も言わず、「生意気なことしか言わないんで、シバいといてください」と言うと、背を向け、どかどか音を立てて歩いていってしまった。




 牢の中は、思っているよりも暖かかった。再び開かれた扉に気づいているだろうに、ルキアちゃんは何も言わず、こちらに瞳も向けず、ただ窓の外を眺めている。

「……ルキアちゃん」

 迷ったが、牢のすぐ前に立って名前を呼んだ。ルキアちゃんの肩がびくりと震えて、彼女はゆっくりとこちらを振り向いた。驚いたように、彼女の瞳が見開かれる。

「小宇都、三席」

 うん、と、小さな返事は、わたしたちだけの部屋にはよく響く。ルキアちゃんはぼんやりとわたしを見つめていたが、はっとして、慌てて立ち上がった。

「どうしてわざわざこのような場所へ、」
「わたし、六番隊だよ」
「そ、それはもちろん存じておりますが」
「会いたかったの」

 わたしの言葉に、彼女はぐ、と言葉を詰まらせて、視線を足元へと落とした。表情には色がない。いつも、わたしと話してくれるときの柔らかな笑顔は、これっぽっちも無かった。
 ルキアちゃんに座るように言って、わたしも牢の前に腰を下ろし、柵へもたれかかる。冷たい鉄の感触が、これが現実だと嫌でも伝えてくるようだった。

「聞いたよ。本当に、人間に力の譲渡をしたんだってね」

 阿散井を伝って、大まかなことは聞いていた。
 ルキアちゃんが現世で遭遇した虚によって負傷し、その場に居合わせた霊力の高い人間に力を「奪われた」と。その子は身の丈程もある斬魄刀を持った、橙色の髪をした青年だということも。彼女を捕縛する前に、朽木隊長自ら処理したということも。

「……状況は最悪だった。被害を出さない為だったことを、上も汲んでくれると思う」

 彼女は何も言わない。瞳にはきっと、わたしでない、別のものが映っている気がした。

「それに、力を奪った人間は、朽木隊長が」
「…………!」

 ぱっと、ルキアちゃんが顔を上げてわたしを見た。その表情は悲痛さに歪んでいる。思わず息を飲んだ。暫く見つめ合い、彼女は何か言おうとして、そして口を噤んだ。
 嫌でも気づいた。彼女は別に、人間に力を奪われた訳では無い。本当に、その場に居たものを助けるために選んだ譲渡だったのかもしれない。そして彼女は、その人間のことを、とても大切に思っているのだということも、今回のことを酷く心に病んでいるのだということも、その表情で、嫌と言うほど分かった。

「……とにかく、朽木隊長も減刑を乞うだろうから、」
「…………」
「だから心配せず、ちゃんとご飯食べなさい」
「……腹が減っていないので」

 顔を俯かせて、ルキアちゃんはそう言った。握りしめた拳は震えている。
 何と言って良いのか、分からなくなる。わたしはその人間のことを何も知らないけれど、きっと彼女が気に入るということは、良い人なのだろう。きっと。
 帰ってきたら、かけてあげたい言葉は沢山あった。おかえり、も。お疲れ様、も。今だって、大丈夫、と言って抱きしめてあげたいのだ、本当は。

「ルキアちゃん、こっち来て」

 ゆっくりと、彼女が顔をあげた。わたしは彼女を牢の前まで手招いた。おずおずと、彼女が近づいてくる。
 牢の柵の間に手を通し、ルキアちゃんの手を取った。手首の細さに不安になる。そのまま無理やり掌を開かせて、中に包みを押し込んだ。

「あ、あの」
「ご飯食べないなら、なんでもいいから口に入れなさい」
「これは」
「金平糖」

 やちる副隊長にせがまれた時の為に、いつだって甘い物は常備してあった。それを伝えてみれば、ルキアちゃんの表情が若干柔らかいものになる。しかし返そうとするので、わたしはすぐに牢から手を引っ込めた。

「それ、ちゃんと食べ終わるまで見てるからね」
「えっ、」
「こんなのあげたってバレたらわたしもルキアちゃんも怒られるだけじゃすまないでしょ」

 だから食べ終わった包み紙回収して帰らなくちゃ。そう言うと、ルキアちゃんは暫く迷ったような顔をしていたが、わたしが本当にてこでも動かないことを悟ったのか、渋々口の中に金平糖を放り込んだ。

「…………美味しいです」
「でしょう?……副隊長になった後の阿散井の話してあげるよ」
「あやつはうまくやっているのですか?」

 ふ、と笑顔になった彼女に、阿散井が副隊長に就任したときの話やら、失敗談やらを語って聞かせる。以前のように元気はないながらも、口元を緩め、楽しそうに聞いているのを見て、わたしは安心してしまった。
 傍に居ることしかできないのが歯がゆい。でも、大丈夫、朽木隊長も居る。ルキアちゃんに言えないぶんの言葉を、自分の胸の内で唱え続けた。


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