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14


「小宇都、体力は大丈夫か?」
「はい、問題ありません」

 今日行われるのは二人一組となって行われる簡単な訓練だ。極限まで気配と霊圧を消し、それぞれの組が腰につける布を奪い合う。刀や鬼道の使用は禁止されていて、歩法と霊圧の操作が要となるものだった。
 くじによって同じ組となった坂崎さんは、以前の魂葬演習で、青葉さん達と共にわたしたちの組の引率をしてくれた一人だ。鍛え抜かれた大きな身体が威圧的にも感じられるけれど、話してみればとても気さくないい人だった。今も下級生の上にこの訓練を始めて経験するわたしを気遣ってくれている。

「…………」

 林の中は、静まりかえっていた。この中に大勢の生徒が潜んでいるなど、信じられない。気を抜けば、身じろぎ一つで感づかれてしまうだろう。音を立てない移動の方法。気配を消しながら動く方法。呼吸の殺し方。霊圧の潜め方。今まで学んできたこととは言え、こうして全てに気を配りながら行動するのは、難易度が別物だと感じられた。
 坂崎さんが、軽くわたしに目配せをして、掌を動かした。訓練が始まる前に取り決めた、「敵が居た」という合図だ。しかしわたしには、どこに誰がいるのかなんて、全く―――

「小宇都! 後ろだ!」
「え」

 ぶわ、と風が吹いたようだった。違和感など微塵も無く、ただ髪が靡く程度の。坂崎さんの焦ったような表情に気づき、腰の布に触れようとしたときにはもう、そこには何も無かった。
 ぽかん、と口を開けたまま固まった。後ろを振り向いても、誰も居ない。当たり前だ。

「見事にやられたな」
「す、すみません、わたし、全く」
「謝ることじゃないさ。柴だな、今のは」

 柴さん。彼女もわたしたちの魂葬実習に引率として参加していた。彼女は確か、歩法の成績が一番だと言われていた気がする。実際に肌で感じてみたものの、それは速いなんてものでは無かった。
 瞬殺。その二文字が頭の中に浮かんだ。布を盗られた生徒から脱落。それがこの訓練のルールだった。つまり、終了だ。開始数分もしていなかった。



「あはは! 柴にやられたんだって?」
「あ、青葉さん……」

 終わった生徒が集合する場所へ向かえば、青葉さんが笑ってわたしを手招いていた。青葉さんも、布を奪われたのか、と一瞬意外に思ったものの、すぐその考えは打ち消された。彼女の手の中には五つの布が握られている。五人分の布を集めた者から抜ける、というのもこの訓練のルールの一つだった。

「は、はやいですね……」
「あんたもね」
「うっ」
「あはは、ごめんごめん。大人げなかったよ、ね、柴」

 うん、と頷いて笑ったのは、柴さんだった。ひらひらと手を振った彼女の手の中にも、五つの布がある。その中にはわたしが付けていたものもあるのだろう。

「あんまり無防備だったから、ね」
「すみません……」
「布取られた時の小宇都の表情、可愛かったよ」

 そう言い残して離れていった柴さんは、とても綺麗な笑顔を浮かべていた。あの一瞬で姿を消して、どこからわたしの慌てる様子を見ていたのだろうか。布を取られる前も後も、全く何も感じなかったのに。多分、わたしは今凄く苦い笑いを浮かべているのだろう。

「まあまあ、初回なんてこんなものよ」

 落ち込むわたしに、ばしばし、と背中を勢いよく叩いて、青葉さんは溌溂と笑って見せる。コツは無いのかと尋ねてみたけれど、「こういうのは慣れ」と一蹴されてしまった。何事も数をこなしていくしかないらしい。
 藤波に練習に付き合ってもらおうか、そう考えていると、「さて」と声を零して、青葉さんが勢いよくわたしの方へ身を乗り出した。

「それで?」
「……はい?」
「だから! アンタの好きな人のこと!」
「……だから、青葉さんが期待してるようなものじゃないですよ」

 む、と可愛らしく唇をとがらせているものの、青葉さんは、案外すごくしつこい人だ。この講義に参加するようになって気づいたことだけれど。彼女はわたしと会う度に例の「わたしが護廷十三隊に入る理由の人たち」について聞き出そうと、あれやこれやと聞いてくる。わたしはその度に適当に流していたのだけれど、今日の青葉さんはいつにも増してしつこかった。演習前にも聞かせてとせがまれたし、終わった今も逃がす気は無いというように顔を覗き込んでくる。
 傍に居た、呆れたような顔をした上級生が、「ほどほどにしてあげなさいよ」と青葉さんに声をかけていく。

「別に、無理に聞こうって訳じゃないの。ただ興味が抑えられなくて……」

 神妙な顔で、青葉さんはそう言う。彼女はきっと、わたしが本気で嫌だと言えば、追及を辞めてくれるのだろう。そういう人だと、ここ最近、わたしも分かるようになった。ただ気恥ずかしさが邪魔をして、誤魔化してばかりいるから、青葉さんもその爛々とした瞳の輝きを灯し続けているだけで。

「……何が気になるんです?」

 ぱっと、彼女の表情が華やいだ。にんまり、という音が付きそうな程に口元を緩ませた彼女は、追及するために近づけていた顔をやっと離して、してやったり顔でこちらを見つめている。……早まったかもしれない。

「どんな人なのかなあって」
「どんな人」

 青葉さんの質問は、案外あっさりというか、ざっくりというか、大雑把なものだった。どんな人。わたしは二人の姿を思い描いてみた。けれど、記憶を呼び覚まさずとも、わたしの脳裏には、いつだって二人の姿が焼き付いている。優しい弓親の掌も、一角の不器用な表情も。すぐに思い出せる。けれど一番に鮮やかに思い起こされるのは、やはり、赤だったのだ。

「喧嘩っ早くて、すごく強い人たち、ですかね」
「え」

 声を漏らし固まった彼女の顔は驚愕に染まっていた。どうにも予想外の返答だったのだろうか、不意をつかれたような、変な顔をしている。

「……変ですか?」
「い、いや、全然、そういうんじゃないの。違うのよ、ほんとに。……ただ」
「ただ?」
「小宇都って、そんな表情するんだと思って……」

 思わず、自分の頬に触れた。青葉さんはわたしの顔をまじまじと覗き込んでいて、そこにある揶揄うような色に、体温が上がっていく気がした。
 そんなに、わたしは今、変な顔をしていたのだろうか。というか、そんな表情って、どんな。

「なんていうか、好きで堪らないっていうか……そういう、」
「え、ええ……?」
「んもー、可愛いなあ!」

 んふふふ、と可笑しな笑い声を漏らしながら青葉さんはわたしに手を伸ばして、勢いよく抱きしめた。ぎゅう、と力強く抱え込むような抱擁は初めての感覚で、固まってしまうわたしに、また青葉さんが笑う。

「ふっふっふ、その人たちが大好きなのは今のでじゅーぶん伝わった」
「は、はあ……」
「それじゃあ、絶対入隊しないとね」

 柔らかな声が、鼓膜を揺らす。青葉さんに言われると、出来ると、そう思えるのだから不思議だ。「はい」と答えると、彼女は嬉しそうに笑って、わたしの背を叩いた。
 「もう一度やるぞ」という講師の声が聞こえてくる。今度こそ、とわたしは布を受け取って腰に巻き付けた。



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