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「出発前に再度注意事項を確認する、」

 教師の声を聞きながら、腰に差した浅打に触れた。指先に触れる冷たさを感じながら、胸に感じる鉛のような塊を飲み下そうと息を整える。ふう、と息をつくと、藤波が面白いものを見たとでも言いたげな顔でこちらを眺めていた。

「もしかして、睦、緊張してんのか?」

 珍しい、と間延びした声を漏らす藤波は全くもっていつも通りの様子で、わたしは少し苛立ってすぐ横にある足の先を踏んだ。いてっと声が上がったけれど、藤波はわたしの顔に滲んでいる不安が大層面白いらしく口許を緩めている。

「睦でも緊張とかするんだな」
「初めての現世実習なんだから、当たり前でしょ」

 現世実習とは言っても只の魂葬演習ではないかと、そう言われればそれまでだが、現世に実際に足を伸ばし、実際に整を尸魂界に送るというのは、わたしにとってはかなりの大事なのだ。藤波は初めての現世演習に気を取られているのか、「どんなとこだろうな」とむしろ緊張感が無さすぎるほどに思う。能天気な、と詰ってやりたかったけど、その能天気さに救われている自分も居ることに気づいて口を噤んだ。

「まあ、上級生もついててくれるんだから、そんなに心配するなよ」

 何故かこの場に居る誰よりも胸を張って藤波はそう言った。あんたが言うな、という気持ちを込めてもう一度足を思い切り踏むと、いてえ、と大げさに声をあげた藤波が先生に睨まれてやっと口をつぐんだ。
 魂葬実習は、特進組の一組なら既に何度も経験している実習だ。どうにか追いつかなくては、とわたしは一人拳を握りしめた。


△△△

 こつん、と整の額に浅打の頭を押し当てた。不意をつかれたように目を開いた彼は、次第にその姿が揺れ、溶けるように消えた。
魂葬は想像よりも簡単で、そして想像よりも面倒だった。黙って尸魂界に送られる者も居れば、未知への恐怖に震え拒む者も居る。しかし一々拒む整に懇切丁寧にこれから起こることを説明してやっていては日が暮れてしまう。かといって泣き喚く整を無理やりに押さえつけて魂葬するのも心苦しい。生徒によっては整に振り回されている姿も見えた。あとは体に力が入りすぎれば魂葬の際に整が痛がるらしく、頭を悩ませる者も居た。
わたしはいつの間にか緊張が解れていたが、時折「怖い」と涙を滲ませる整にあたってはそっと背を撫で、落ち着いたところをさっくり魂葬することを繰り返す。

「あなた、やるねえ」

 今回同行することになった上級生の女性がこちらに歩み寄ってくる。確か名前は青葉さんだっただろうか。彼女はさらりと艶のある髪を靡かせながらわたしの隣に並んだ。刀がかちゃりと揺れる。

「かなり順調だね、初めてなんでしょう?」
「ええ、まあ」

 わたしは初めての時てんてこまいだったわよ、と彼女が遠い目をして宙をみた。自身の初めての演習を思い出しているようだった。きっと彼女も整に振り回され目を回していたのだろう、と想像すると少し面白く、何年か先輩のこの人を身近に感じる。

「こういうのは、自分でも気づかない内に終わってるのが一番いいでしょう?」
「なるほどね、……あそこの同級生にも言ってあげたら?」

 そう言って浅打を軽く振ると、彼女は目を細め笑い頷き、少し目線を遠くへと移した。
彼女の目線の先には藤波の姿があり、先程から取り乱す整にどうにか尸魂界について説明をしようと躍起になっている。
尸魂界は怖くない、基本的にお腹空かないし。と顔を引きつらせる藤波から整は泣きながら逃げようとしている姿が見えた。
このままでは埒が明かないと、わたしはそっと二人に近寄って整の額にさっさと浅打の頭を押し当てる。ぽかんとした顔で消えていった整をそれ以上にぽかんとした顔で見つめていた藤波がこちらに目を向けた。

「藤波、何時まで経っても終わんないよ」
「もうちょっとだったのに!」
「そのちょっとは絶対にちょっとじゃない」

 不貞腐れたようにむくれている藤波には、魂葬という任務は向かないのかもしれない。少しの非情さを持つくらいで丁度いいと思うけど。
 溜息をつくわたしの横で、先輩が楽しそうに微笑んでいる。

「まあまあ、確かに納得してもらうことも必要かもしれないけど、そうこうしているうちに、彼らが危険になったら元も子も無いでしょう」

 彼女のごもっともな言葉に藤波は黙り込み喉の奥で唸っていた。

 それを笑いながら見えていると、肌にぴり、とした感覚がよぎり、わたしは動きを固めた。以前も感じたことのあるような、そんな気がする。肌のぴりつきは増し、背筋を寒いものが撫でた。冷たい掌に、背筋をそっと撫でられているような、そんな感覚。
 しかし後ろを振り返ってもそこに不審なものは何もなく、緊張故に気が立っているのだろうかと、暫くの間逡巡する。しかしその間にもその感覚は強くなってゆく。隣で笑う青葉さんに「……あの」と思い切って声をかけるが、彼女は不思議そうにこちらに目を向けただけだった。

「どうかした? もうそろそろ帰る時間だけど」
「いえ、あの……何だか、空気が変ではないですか」

 思っていたよりもずっと、自信が無い頼りなさげな声が出た。青葉さんはわたしの言葉に考え込むようにじっと動きを止めた。周りの霊圧を探っているのかもしれない。
 暫くそうしていた彼女はわたしを安心させるように笑った後口を開く。しかしその口が「大丈夫、」と言いかけたところで声を失った。

「……実習生は一か所に集まって、」

 そう呟いた青葉さんが驚きの混じった顔で尚もこちらを見つめている。

「虚が来るわ! 実習生はまとまって! 坂崎、柴! 私達で迎え撃つわよ」

 響き渡るその凛とした声は、一気にその場をぴりつかせた。体を強張らせたわたしたちに彼女が向き直って笑う。自信に満ちながら油断のないその笑みはわたしの瞳に焼き付くように美しく映った。
 初めは戸惑いを隠せなかった生徒が、彼女らに守られるような形で一か所にまとまる。虚の気配は強くなっている。時間の無い中で退避の形をとるよりもここで迎え撃つ方が安全で確実と踏んだのだろう。そう考えていると、目の前に、白い仮面が現れた。

 きっとほとんどの生徒が、知識では知っていても実際に目にするのは初めてだったのだろう。生徒の一人が悲鳴を零す。取り乱す生徒の背を撫でながら、彼女が戦う様子を見つめていた。
 幸運なことに、虚は大型ではなく、上級生三名は戦い慣れた様子だった。青葉さんが中心となって指示を飛ばし、三人で上手く虚の標的を移しながら立ち回っている。

「すっげ……」

 誰かがそう零した。思わず頷く。
 あの日、あの場所で、わたしを助けてくれた彼も、ああやって虚を倒したのだろうか。意識を飛ばしていたことを、今更ながら惜しく感じた。
 仮面を叩き切られた虚が、断末魔をあげながら、ぱらぱらと崩れるように消えていく。
 辺りをぴりつかせていた空気が緩み、辺りを静寂が満たした。

「……全員無事かな?」

 わあ、と歓声が上がった。あちこちから感嘆の息と拍手が起こる。初めて間近で見た戦闘にほとんどの人間が心を奪われていたのだ。
 点呼を取り始めた上級生の声を聞きながら、心臓が未だにばくりと音を立てている。

「……ねえ、君」

 夢の中にいるような気分で立っていると、そっと肩を叩かれた。振り返れば青葉さんが笑みを湛えながらわたしを見つめていた。

「よく虚の気配に気づいたわね……私たちも接近してくるまで気づかなかったのに」

 おかげで対応が早くとれたわ、ありがとう。そう言って微笑まれ、わたしは思わず緊張から体を強張らせてしまう。その様子に気づいたのか彼女は目を細め、優しくわたしの背を撫でた。




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