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起きたら全裸で確実に私の部屋のものではないベッドで寝ていた。絶望した。一瞬本気で首をくくろうかと思った。本気で。
しかも昨夜の記憶が全くない...などと都合の良いことは起きていなかった。度数が強い筈のアルコールは私の判断力を消し飛ばしただけで記憶までは消し飛ばしてくれなかった。ばっちりはっきり覚えている、出会いから生々しいところまで。くそが。
隣を見ると昨夜の記憶と同じく見覚えのある男がそこに寝ていた。淡い期待と共に少し布団をめくってみたがこいつも同じく全裸であった。神は死んだ。わたしの表情筋も死んだ。
穏やかな寝息を零しながら眠る男はやはり特徴的な白く染まった髪。ただ寝顔はあどけない、小さな子供のようなもので少し笑える。愛しさなんていうメロドラマのようなものではない。つまり現実逃避からくる笑いである。普段と違い髪を下ろすとまるで高等学生のようだなこの男。これが世の女性を虜にするフラグ乱立ドンファン、エミヤシロウか。昨夜はあんなに男らしかっ......いやいや、やめろやめろ。よぎった考えに全力で蓋をして、もう一度じいっと隣を見つめた。

隣で眠る男は、エミヤシロウ、私の同僚である。面倒見も良くイケメンでえらくモテて言い寄る女は数しれず。泣かせた女も数しれず。こいつのせいで起きた幾つもの女同士のおどろおどろしい戦争を、恐ろしいことに本人は知らない。



昨夜は完全にどうかしていた。普段ならばひっそりと内に留めるはずの仕事の愚痴は、1度吐き出せばもう止められず、しかもそれを絶妙な相槌で聞く男がいた。酒も進むに進んだ。元々わたしはこの男はどちらかというと苦手で、同僚と言う間柄が性に合っているのを感じていた。こういう奉仕体質なのか自己犠牲が強すぎるのかは知らないが、女をホイホイするような男、超地雷である。女を慰めるのをボランティア精神でやってそう。フェミニストと言うにはタチが悪すぎるのだ。それだと言うのにわたしはいつの間にか心の内を溢れさせ、慰められなんかして。全く理解ができない。
飲んだ酒が4を超えたあたりで呂律が回らなくなり、6を超えたあたりで意識が朦朧とし始めていた気がする。本来わたしは酒には強かった気がするのだが、あそこまで酔うのは久しぶりだった。

そして気が付けばベットインしてこの有様。完璧に事後というこの風景。ダメな大人の代名詞かわたしは。

「まじで死にた…」

恐らくわたしの瞳は今酷く濁りきっている。もはやぼんやりと窓の外を眺めている。
空が綺麗だ。

「んん…」

エミヤが身じろいだ。瞼がふるりと何度か震えた後、ゆっくりと瞳が開かれた。目が合う。

「…………」
「…………」

状況が把握できていないのだろう。暫くお互いの瞳が合わさったまま時が止まる。もしかすれば、実際に時間が止まっていたのかもしれない。そう思ってしまうほどの長い時間、エミヤはぴしりと固まっていた。
エミヤの顔が面白いくらいに青く染められていく。

「…お、はよう」

やっちまった。そうありありと書かれたその顔に、わたしは気づけば人生で一番勢いのあるビンタを喰らわせていた。






「すまなかったッ!」

ホテルのベッドの上。男と女が向かい合う。しかも二人とも全裸。
この頭を抱えたくなる絵面に、男の土下座は更に目も当てられない。
ベッドのシーツにぐりぐりと額を擦りつけ、エミヤは美しいフォームで土下座を決めていた。これはやり慣れている。土下座もこんな朝チュンな状況も、きっとこの男はやり慣れている。

「…なにが?」

じっとエミヤのつむじを見つめてみたけれど、エミヤはそのポーズのままピクリとも動かない。因みにわたしはベッドの上で胡座をかいている。どこも隠さずどかりと座っているけれど、もはや羞恥という感情はなかった。

「君を、無理やり抱いてしまった」

更に、エミヤがベッドに額を押し付ける。そのままベッドに吸い込まれていきそうだ。
すまない、ともう一度繰り返された。

無理やり抱いたとこの男は言ったが、実際のところはそうではない。昨夜のわたしは確かに酒で判断力はゼロだったものの、エミヤにホテルに連れられて抵抗したり嫌がっていた覚えはない。確かに誰彼構わず抱くドンファンは地雷だが、わたしが拒絶しなかったのだから、エミヤが謝るのは筋違いというものだ。

「いや、私がちゃんと拒絶しなかったのが悪い。…むしろごめん、気を使わせて」
「えッ!? いや、そんな、違ッ」
「このことは忘れよう」
「えっっっっ!」

忘れよう、というか忘れたい。
そうきっぱりと言ったわたしにエミヤは大層驚いたのか思わずといったふうに顔を上げて、口があんぐりと開いている。
どうせ他の女に責任取れだのなんだのといつも詰め寄られているのだろう。モテ男も大変だなあと心中お察しする。
エミヤは暫く呆然とわたしの顔を見つめていたが、少し目線を下へ逸らした際にわたしが素っ裸のままで居ることを思い出したのか、もう一度ベッドに顔面をダイブさせた。すごい速さだ。

「きっ、みには恥じらいとかないのか!?」
「いや全裸で土下座してる奴に言われても」

わたしが冷静につっこんでやると、エミヤは気まずそうにいそいそと自分の来ていたシャツを自分の身体に巻き始めた。ズボンまでは結構距離があるから断念したのかもしれないが、視覚的な変態度はかなり高い。色々と遅い気もするが、相手がやり始めた以上自分だけ全裸でいるのも嫌なので、仕方なくそばのシーツを引き寄せる。
エミヤは未だに顔を赤らめたまま、またわたしの顔をじっと見つめた。

「何故…忘れたいんだ?」
「えっ?」

え、そこ聞いてきちゃう感じなんですか?
神妙な顔で問いかけてきたエミヤはかなり本気の質問でこれを選んだらしい。逆に何故忘れたくないのか聞きたい。こんな一夜の過ちお互い忘れた方が確実にいいに決まっているのに。

「事故みたいなものだし忘れた方がいいんじゃないですかね…」
「俺は嫌だ」

え、嫌なの?
真剣な眼差しで嫌だと主張してきたエミヤに最早ハテナしか浮かばない。何を考えているか全く分からない。ドンファンの思考を読むにはまだ修行が足りないのだろうか。しかしこの男の考えを理解するには厳しいものがあるなあ。

「…責任は取る。いや、とらせてほしい」

武士かこの男。どれだけ責任をとりたいんだ。
わたしは困り果ててしまった。この女たらし病と責任取りたくてたまらない病をあろうことか併発している男を説得するのはかなり厳しそうだ。
しかし、これは私達がお互いにノリとテンションで乗り越えてしまったハードルだ。そんな状態でエミヤに責任を取ると言われても、困る。どちらにも責任はあるのだ。そしてわたしは責任なんて取りたくない。修羅場の輪になんて入りたくない。これからも平穏無事に過ごしていきたい、切実に。
その思いを伝えるべく、わたしは慎重に言葉を選ぶ。

「…エミヤ」
「…なんだ」
「そもそも、エミヤは無理やりだと言ってたけれどそうじゃないよ」
「えっ」

目を見開き短く驚きの声を漏らしたエミヤは、口を魚のようにはくはくと動かしている。絶句、というやつである。酸素が足りないのか、顔が心做しか赤い気がする。

「わたしは酔ってべろべろだったし嫌がってなかったでしょ? それなのに責任をとる必要は無いよ」
「ああ、っそ、そういう事か…」

そう。わたしは拒否しなかった。それにエミヤもこのホテルにわたしを連れてきたものの、無理やり行為を進めていたような記憶はない。うん。やはりわたしも悪い。まあ手を出してきたのはエミヤのほうなので丸く収めて50/50ということで良いのではないだろうか。
まとまってきたわたしの考えをエミヤに納得させようと、畳み掛けるように次の言葉を言うことにする。

「それにエミヤもわたしとやりたかった訳では無いんだからさ」
「…ちょっと待てっ!?」
「ん?」

わたしの言葉を遮るようにしてエミヤが声を張り上げた。人二人分程空いていた空間を詰め寄って、強く肩を掴んでくる。
充血しているのか血走った目がこちらを覗いていて迫力がものすごくあって正直怖い。

「どっ、どういう意味だそれ!」
「…え? エミヤは朝チュンなんて日常だろうし、昨日もその場のノリで仕方なしにでしょ?」
「いやいやいやいやいやいや!!!」

エミヤは般若のような顔をもはや首が外れるのではないかというスピードで左右に振り続けている。
シャツで局部を隠した成人男性に肩を掴まれているのって結構絵面的にどうなのだろうか。まあわたしも全裸寄りの半裸だが。
エミヤはそのまま暫く「いやいやいや」を何遍も繰り返していたかと思うと、今度は深く長く深呼吸をして、ゆっくりとわたしに目を合わせた。情緒が不安定なのかもしれない。

「落ち着け、なまえ」
「いやお前が落ち着け?」
「俺の話を、よーく聞くんだぞ?」

わたしの言葉を完全に聞き流したかと思えば、嫌に優しい声で、エミヤはそう言った。耳に残る声は恐ろしいくらいに覇気があって正直な話怖い。肩にくい込みそうな手も怖い。どこが地雷でここまで怒っているのかは分からないが、怖い。

「俺は、君を、今夜限りの関係で抱いた訳じゃ、ないんだ」
「……?」
「そんな不思議そうな顔をしないでくれないかッ!?」

もはや悲鳴のような声を上げたエミヤは、泣き出しそうな顔でわたしの手を握った。

「そもそも別に俺はこういった状況に決して慣れてる訳じゃないし、」
「昨日も軽い気持ちで始めたことでは…ないんだ」
「それにそもそも昨日のは…俺も期待、していたし」

もごもごと口を動かしながら、エミヤは言葉を重ねていく。わたしはぼんやりとエミヤの赤くなっていく顔を見つめていた。もう理解が追いついてこない。エミヤは何を言いたいのだろう。今まで抱いた女一人一人を誠実に抱いていると言いたいのだろうか。

「…えっとつまり?」
「君が好きだッ!」

「…ん?」

まるで頭に彗星が飛んできたような衝撃、混乱。
わたしは考えることを放棄した。もはや頭の中はぐるぐると回るほどだった。
ドンファン、エミヤ。
女たらしで誰に対しても無意識に甘い言葉を囁ける、しかし決定的な言葉など何一つ言わない。そんな男が、今、なんと言った。
そしてわたしは、あまりに衝撃の大きかったそれに気づけば意識を失った。最後に悲鳴の混じった「なんでさ」を聞きながら。