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 お墓参りは、あんまり嫌いじゃない。むしろ好き。そう言うと、大抵の友達はすごく微妙な顔をする。まあ、お墓参りが好きか嫌いかなんてあんまり考えたりしないみたいだ。

「なんで好きなの?」

 不思議そうに首を傾けた友達には、小さい時に死んだおじいちゃんが好きだったからだと答えた。あとは、線香の匂いも好きだからとも。本当はもう一つ理由があるけれど、ちょっと不純だから、心の中に止めておいた。


 今年のお盆休みも、例に漏れず家族でお墓参りに行くことになった。お世話になっている空厳寺まで、今日は母が車を走らせてくれる。でこぼこと、中途半端に舗装された道の揺れを感じながら、外の景色をぼんやり眺めた。車内では、一昔前の夏唄が流れている。

「会うの、久しぶりでしょ?」

 母が、曲の間奏の辺りでそう言った。誰の事を指しているかはすぐに分かった。それは母が揶揄っているような色を瞳に乗せているからで、わたしはそれに居心地が悪くなって、誤魔化すように唸った。

「折角スマホも買ったんだし、連絡先くらい聞きなさいね」

 ふふ、と声を漏らして母が笑う。先日買ったばかりのそれに指先で触れた。父には聞こえていなかっただろうかと少し焦ったけれど、後部座席でうつらうつらしていてちっとも聞こえていないようだった。代わりに祖母が微笑まし気に笑っている。
昨日の夜は、少し高いトリートメントをつけて、パックもした。せっせとコンディションを整えるわたしを母はにこにこ笑いながら見ていたし、父は「なんでそんなに気合い入れてるんだ?」と不思議そうだった。父はすごく察しが悪い。

 母と祖母からの生ぬるい視線に耐えながら空厳寺に着いて、わたしはどきどきしながら車から降りた。門前の掃除なんてしているところに出くわしたら、多分心臓が止まってしまうからだ。きっと今までのお墓参りで一番、わたしは緊張している。花の入ったバケツを両手で抱えながら、ゆっくりうちのお墓まで歩いた。
 おじいちゃん達のお墓は墓地の中でも端のほうにあって、傍には大きな銀杏の木が立っている。おじいちゃんの眠る場所は、夏は木漏れ日の中で日向ぼっこをするみたいに穏やかで、中々の好立地だ。まあ、秋は銀杏の匂いでなんとも言えないけれど。すう、と息を吸うと柔らかな緑と、涼しげな石と、そうしてほのかにお線香の香りがした。
 バケツをお墓の傍に下ろす。定期的に来ているしお寺の人がお掃除もしてくれているから、あまり汚れている訳じゃないけれど、花が無いのはやはり寂しく見えた。久しぶり、そう心の中で呟いて、今度はお堂への道を歩き始める。石畳を歩いて行って、大きな鐘を通り過ぎると、いよいよわたしの心臓は酷くうるさく鳴り始めてしまう。落ち着かせるように深く呼吸をしながら歩き、ついに引き戸の前まで来た時に、わたしの手は無意識に前髪を直していて、それに気づいた祖母がくすくす笑う。恥ずかしくなって視線を逸らした。

「ごめんください」

 祖母の穏やかな声が、辺りに優しく響いた。少し間をおいて、奥の方から「はい」という凛とした声がする。落ち着いた足音が何度か聞こえた後に、灼空さんが顔を出した。

「ああ、こんにちは」

 灼空さんが美しく頭を下げる。この人の所作に混じる厳格さを感じると、わたしの背筋はいつも自然に伸びてしまう。ご無沙汰しております。今日は暑いですねえ。ご家族でいらしたんですか。そんな会話を聞きながら背筋をぴんとして立っていても、わたしはどこか落ち着かなくて、奥のほうの畳を、こっそりのぞきこんだりした。彼の赤い髪を探して、視線を彷徨わせる。今日、居るかな。会いたいな。高校に入って少しは大人っぽくなったって、言ってくれるかな。

「なまえちゃん、久しぶりだなあ」

 ずっとそんなことを考えていたらぼんやりしてしまって、わたしは灼空さんに話しかけられたことに気づかず、反応が遅れてしまった。数拍遅れで、慌てて笑って頭を下げた。びっくりするくらいに挙動不審だ、恥ずかしい。

「いやあ、うちのバカ息子と違ってしっかりしとるわ」

 けれどそんな風に言って、灼空さんは、目を細めて笑う。歯を見せる時のこの笑い方が、やっぱり親子で似ている。そう言えば、以前同じようなことを言ったら、彼にえらく嫌な顔をされた。ほんとうにそっくりなのに。喧嘩が多いけれど、そんな二人がわたしは昔から好きだ。

「なまえちゃんも、もう高校生か」
「はい。無事進学できました」
「おお、おめでとう」

 にこにこ笑うその表情を見ていると、彼をしかりつける時の形相とは全然違うから、びっくりもするけれど。

「ああ、そうだ、そうだ、」

 思い出したように灼空さんが頷いて、机の上に目を向けた。そこにはいつも来客のためのお茶菓子が、焦げ茶の籠のなかに用意してあって、わたしは小さな頃からそこに置いてあるおせんべえが好きだった。灼空さんもそれを覚えていてくれたのか、わたしへ渡そうと思ってくれたらしい。籠の中を大きな手が攫うけれど、しかしそこにはいつもの包みとは違うお菓子が置かれていた。灼空さんは酷く申し訳なさそうな顔をして、わたしのほうを向いた。

「ああ、今切らしていたんだった。すまないなあ。好きだったろう、あの煎餅」
「い、いえ。その、もう、流石に高校生ですし……」
「むかしっから、来るたび手に一杯持って帰ってなあ」
「すみません……」

 幼少のわたしが容赦なく大量のおせんべいを持って帰っていたことを暴露され、わたしはいよいよ耳が痛かった。恥ずかしいどころの騒ぎじゃない。顔を覆って項垂れていると、また灼空さんが笑って、「違う菓子でも良かったら、いくらでも持ってお帰り」なんて甘いことを言う。父も母も、祖母までもがくすくす笑っている。ほんとう、恥ずかしい。

「あら、」

 ぎしり、と廊下の方の、木の板が鳴る。懐かしいような、安心する香りがした。

「おー、なまえ来てんのか。久しぶり」

 その声を聞いて、わたしは覆っていた顔を勢いよく上げた。母が、「空却くんじゃない」と笑って、わたしの脇腹を肘でつつく。座敷の奥から、おおよそ僧侶とは思えない恰好をした空却が顔を覗かせていた。歯を見せて笑いながら、こちらを見つめている。
 すぐにそんな格好で、とか掃除はどうした、だとか、灼空さんから喝が飛んだけれど、空却は意にも返さなかった。そのままわたしにひらひら手を振って、祖母達には一礼して、また今来た道を戻っていく。あれ、いっちゃった。
ぽかんと口を開けながら、彼の消えていった先を眺める。来てんのか、久しぶり。それだけ? もっと、沢山お話したいのに。忙しかったのかな。
わたしは直ぐに居なくなってしまった彼に正直気分が急降下していた。その後もずっと、もやもやした心のままで、祖母と灼空さんの会話を流して聞きながら、彼の消えていった廊下をぼんやり眺めていた。


 挨拶と世間話を済ませたら、また墓地へ戻る。掃除の為の水を桶に汲んで両手にぶら下げながら、家族の一番後ろで、墓地への道をとぼとぼ歩いた。久しぶりに会えたから、いっぱいお話できると思っていたのに、あんなにすぐ奥へひっこんでしまうなんて、薄情だ。ひどい、ショック、悲しい、寂しい。怒りなのか悲しみなのかよくわからない感情が胸の中をぐるぐるまわっている。
 きっと、わたしの顔は今分かりやすく機嫌が悪い。多分仏様の前では絶対に出来ない顔。そんな仏頂面で桶をゆらゆらさせながら歩いていると、「おい、」という声と一緒に、急に右手の中から重さが消えた。びっくりして顔をあげる。その拍子に、ちょっとだけ水が零れた。

「あぶねェぞ、そんな顔下げてっと」
「……く、空却だ」
「なんだよ」

 わたしの家の名字が書かれた桶の片方を持ちながら、空却が不思議そうに目を瞬かせる。不意打ちで話しかけられたことで、わたしの心臓は可笑しいくらいにどぎまぎしていた。
 何て言っていいのか分からずに、何度か目を瞬かせて彼の顔をじっと見つめていると、空却が「ん、」といって、わたしに包みを差し出した。空いている方の手で受け取る。

「なまえ好きだろ、それ」

 ぽけ、と口を開けながら手の中の包みをまじまじと見た。わたしの好きな、おせんべえの包みだった。今は切らしていたんじゃなかったっけ。そんなことを暫く考えて、わたしは間抜けな顔のまま彼の顔を見つめる。

「……もしかして、取っておいてくれたの?」
「無かったら拗ねんだろ」
「す、拗ねないし!」
「前に無かったときピイピイ煩かったろーが」

 何年前の話をしているのだ、彼は。確かに小さい時にそんなことがあったような気も、しなくもないけれど。そんなのすごくすごく小さい時の話だ。
 思い出すと一気に恥ずかしくなってしまって、わたしは「いいのに、べつに」と顔を逸らした。ちょっとかわいくない言い方をしてしまったことに気が付いて、内心項垂れる。

「アア? いらねェって言うなら、拙僧が食っちまうぞ」
「えっ」

 それは嫌だ。せっかく空却がくれたのに。
 そんな感情が顔に出ていたのだろうか。思わず短い声を漏らしたわたしの顔を覗き込んで、空却が声をあげて笑う。

「別に盗りゃあしねェよ」
「…………もう、高校生なんですけど」
「へー、食い意地張ったコウコウセイだな」
「馬鹿にしてる!」

 声をあげると、空却が、空いているほうの手でわたしの頭をがしがしとかき回した。
 汗かいてるのに、とか、昨日良いトリートメント使ったのに、とか、今日頑張ってセットしたのに、だとか。一瞬現れた文句は、頭を撫でられるうちにしぼんで消えてしまった。

「偶にしか会えねェんだから、ちょっとは世話焼かせろ」
「そうやって子ども扱いする……、三つしか違わないのに」
「ワリィな」
「絶対思ってない」

 子ども扱いされるのは嫌だけれど、どうしてもこの心地よさに浸ってしまう。悔しい。けれどわたしはどうしてもこの手を跳ね除けたり、逃げようとは思えないのだ。
 ひとしきり笑って、もう一つの桶を攫っていった空却が、「掃除、手伝う」と言って前を歩いていく。

「いいの?」
「お前のじーちゃんには世話んなったしな」

 こう言って、毎年なんだかんだ掃除を手伝ってくれるのも、好きだった。前を歩いていた母が、なんだか柔らかい顔でこちらを見ていることに気が付いて、少し歩幅を大きくする。
 家族とは少しだけ、距離が開いている。ごくり、と唾を飲んで、「空却」と名前を呼んだ。

「おー」

 間延びした声で、空却が振り返る。

「ありがと」
「ほんとあの煎餅好きだよなァ」

 おせんべいがもらえたことよりも、空却がわたしのことを考えていてくれたことのほうがずっと嬉しかったけれど、どうにも上手く言葉にできなくて、何も言えなかった。

「あのね、その、スマホ買ったの」
「へえ」
「あの、……あのね、番号聞いてもいい?」
「ん、じゃあ後でな」

 さらりと言われて、思わず小さくガッツポーズをした。多分今わたしの顔は分かりやすいくらいに緩んでいる。だらしなくって、仏様の前では絶対できない顔だ。

「んふふ、また来るね」

 もっと会いに来たいからそう言ったのに、空却は「なまえ、墓参り好きだよなァ」と言ってちょっと変な顔をする。伝わらなくてショックなのに、けれど何だか可笑しくて、少し笑った。やっぱり彼にも友達にも、三つ目の理由はこの先も暫く言えないだろう。だって、バチが当たりそうなくらい、不純な理由だもの。