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「ねえ」

 また面倒なことを言いだすぞ、こいつ。そうぼくは察したので何も答えなかった。しかしなまえは気にも留めずに「あのさ」なんて口を開く。こいつの話に付き合い始めたら疲れるだけだと分かっている。だから珈琲を啜りながらなるべく気のない振りをした。
 昼過ぎの時間帯だが、平日だからか行きつけのカフェは閑散としている。騒がしいのが好きなわけではないし別段構いはしないのだが、目の前に座る女が可笑しな話を始めるのは面倒だな、とは思う。

「わたしと……うーん、グッチの時計だったらどっちが好き?」

 何を言ってるんだ、こいつ。ぼくの訝し気な視線に気づいているのかいないのか、なまえはじっとぼくの腕に嵌められたそれに目を向けている。「なんだよ、やらないぞ」と言っても女は「そういうんじゃあなくて」と顔を顰めるだけだ。
 こういう問答はよく陳腐なドラマで「私と仕事、どっちが大事なの」だとか、可笑しなことをヒステリックに聞くときに使うものだろう。まあ、ぼくにとって「仕事」は「漫画」だし、「漫画とわたし、どっちが大事なの?」なんて聞かれた日には彼女の神経を疑うが。なにせ決まりきった答えだ。
 ぼくは腕に光る時計に一度目を向けてから「時計」と答えた。彼女は一瞬ぽかんと間抜けに口を開けて、そうして眉間に皴を寄せて唸る。

「信じられない」
「何が」
「彼女と時計並べて、時計を選ぶ人間なんて居るの?」

 居るだろ、ここに。そう思ったが言わないでおいた。なまえはそのまま目の前に置かれたアイスカフェラテを勢いよく煽る。水滴がぼたぼたとワンピースに落ちて一瞬不快そうな顔をしたが、誤魔化すようにハンカチで拭いていて、やっぱり馬鹿だなあと思った。
 グラスについた水滴を指先で拭ってから「じゃあ」と口を開いた。まさかまだ続けるつもりかと呆れる。

「わたしと車だったら?」
「車」
「最低だ」

 顔を歪めて、なまえが呻くように言った。
 不機嫌そうな顔のまま、彼女が手を挙げて定員を呼んだ。すぐにやって来た男に「これください」とメニュー表の最後のページを指さして、恭しく頭を下げて離れていくのに軽く頭を下げている。ぼくはその最後のページを見て顔を歪めるしかなかった。メニューの中では、見るからに甘ったるそうなパフェが、「季節限定」なんて文字と一緒に収められている。

「きみ、まだ食べるの?」
「誰かさんのせいでストレス溜まったから」
「ぼくも誰かさんのくだらない質問でストレス溜まってるけどな」

 む、と口を尖らせながら、彼女が頬杖をついた。そのまま親の仇を見るような視線でこちらを見つめているので流石に居心地が悪くなって、「拗ねるなよ」と声をかけてやる。

「拗ねてない、露伴が最低すぎて呆れてるの」

 そのまま暫く彼女が黙りこくったので、自然とぼくたちの間に無音の時間が続いた。カフェの客や通行人をぼんやり観察していると、彼女がぽつ、と口を開く。

「じゃあ」

 あれだけやってまだ続けるのか。げんなりしながら続きを待つ。

「わたしと………………猫」

 顔いっぱいに不満そうな色を浮かべながらも、そう絞り出された言葉に思わず笑った。ぼくが笑ったことに彼女はまた更に顔を顰めて視線を逸らす。わたしと猫、どっちが好き、なんて。暫く笑い続けていると、彼女が注文していた甘ったるそうなパフェがテーブルに置かれ、ついでに珈琲のおかわりを頼むと、彼女も付け足すように紅茶を頼んだ。

「きみ、そこまでしてぼくに好きって言って欲しいのか?」
「うるさい」

 そう言って彼女は目の前の甘い塊に意識を集中させることにしたようだった。長いスプーンが一番上の生クリームを掬う。いや、生クリームだけ食べるって変じゃないか? 普通何かにつけて食べるだろ。そう言ってもこちらに見向きもしない。
それにしたって、ぼくが猫嫌いなのは、長い付き合いで彼女も知っている筈だ。自分勝手で、わがままで、面倒だから。そう言った時にあまりにも信じられないものを見る目で見つめられたから覚えている。

「まあ確かに、猫よりはきみの方がマシだよ」
「……ふーん」

 パフェの一番上のイチゴを頬張りながら、なまえが無感情に言った。勢いよく突き刺されたスプーンが、ムースの辺りで帰ってくる。
 彼女はその後もゾッとするほど大きいパフェを黙々と食べ続け、しかし食べ進めるたびに機嫌が直っていたのか、一番下のゼリーに到達する頃にはいつものような間抜けな顔に戻っていた。単純な奴だ。

「ちなみに」

 パフェを食べ終わり、紅茶を啜りながら彼女が言う。

「わたしと漫」
「漫画に決まってるだろ」
「だよね」

 本当に聞いてくるとは。しかしまた不機嫌になるのかと思えば、今度はぼくの返答に、彼女は目元を緩ませて笑った。心底嬉しそうな顔をしているので意味が分からない。

「きみが考えてること、よく分からないな」
「露伴に言われたくないけど」

 なまえはそこから家へ帰る道すがらもずっと「わたしとあれだったらどっちが好きか」と目につくもの全てで尋ねてきた。それに全て彼女でないほうを選んで言葉を返しつつ、彼女のあちらこちらへ忙しなく動く視線を観察する。何度考えてみたって、ぼくが彼女のどこを好きなのか、ちっとも分からなかった。時計や車の方が、面倒なことを言わず実用的で、確実に彼女よりも「好きだ」とそう言える。しかし「どっちか大事か」なんて聞かれてしまえば、ぼくはきっと「彼女」だと答えてしまうのだろう。まあ漫画には勝てないし、彼女も勝つ気はないようだが。

「じゃあ…………交差点と、わたし…………」
「交差点」
「流石にそれは嘘だよね?」
「喧しいきみより人の役に立ってるだろ、うるさいなあ」

それにきみが何より大事だなんて、そんな三流ドラマみたいな台詞、絶対に言えるわけない。